私と温泉と湯治⑧【肘折温泉へ~山形蕎麦と偉人の音楽】
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かみのやま温泉での連泊がちょうどこの旅の折り返しでした。
この辺りから、所々抜けていますがちゃんと記憶があります。肘折温泉の御宿は14時チェックインだったので、どこにも日帰り入浴はせずに向かいました。
小野川温泉からかみのやま温泉にかけては積雪がありましたが、山形市内はほどんどありませんでした。街中を離れ北へ進むと雪は深くなっていきます。
山の中は別として、市街地で雪が積もる中を走るのは人生で初のことです。生活圏を関東から出たことのない私は、頻繁にラッセルが走り、消雪パイプからお湯が出ている光景を生で見て驚いていました。
昼食は山形市にある「竹ふく」というお蕎麦屋でいただきました。師走も下旬、これが年越しそばになると思いました。
親しい同僚が山形市出身で、彼の実家からすぐのところにある店でした。彼は私に駅近くにある「観光地価格」の店や、口コミの評価は高いけど地元の人は行かない店などを教えてくれました。
長くこの街で育った彼が、「竹ふくは美味い」というので、私はここを選びました。
ちゃんと店の外観と山形名物「板蕎麦」の写真を撮っています。
LINEで写真を送りました。この頃は同僚とコミュニケーションが取れています。私が倒れて闘病している間、上司も部下も「気にしないでゆっくり休んで」と励ましてくれましたが、気にしないのは無理です。
仕事に穴を空けた罪悪感や、会社に対して申し訳ないという気持ちをゼロに出来る人は一部の鋼鉄ハートを持っている方だと思います。
この旅を終えて数か月後、長野県の沓掛温泉にある「叶屋旅館」という御宿に行きました。こちらの宿の館主は私と同様、原因不明の病に侵された経験をお持ちです。不眠や痺れ、痛みを抱え休職に追い込まれ、その期間中に東北を転々と湯治されていました。私と全く同じ体験を10年前にしていたのです。
初めてお会いした時、随分と話し込み「会社に対して申し訳ないという気持ちは捨てた方が良いですよ」と声をかけられました。お別れした後に部屋に籠り、ポロポロ泣いてしまいました。
私の苦しみを理解してくれる仲間に会えたと思いました。この日以降、「仕事よりもまずは自分の身体を守ろう」と考えるようになりました。
同じ言葉でも誰が云うかで伝わり方は違う、確かイチロー選手がそのようなメッセージを残されていました。その通りだと思います。
山形市内から新庄方面へ。途中「道の駅むらやま」で休憩を取りコーヒーを飲みました。車に戻りエンジンをかけます。この時、入っていたCDを大滝詠一の「A LONG VACATION」から山下達郎の「for you」にスイッチしました。
ここまで何時間運転していたか分かりませんが、カーオーディオからは延々と大滝詠一が流れていました。出発時は無気力状態です。天使の様な優しい歌声は、まるで鳥のさえずり、川のせせらぎを聞くように、実にナチュラルに耳から心へと響いていました。
この道の駅でふとCDを変えようと思い、旅の後半は「for you」のみ。
擦り切れるほど聞くとはまさにこのことです。結局この旅はたった2枚のアルバムでロングランを終えています。温泉と同様、音楽にも目には見えない不思議なパワーを秘めていると思います。
1枚のCD、一曲との出会いで人生が変わる人もいれば、ストレスで摩耗した心が癒される人もいるかもしれません。埼玉から転々と温泉地を経由したこの旅、この時期私の身体の状態で運転をするのはイージーではありません。
この2枚は私の旅を支えてくれた本当の名盤です。
今でもドライブの際は基本はこの御二方と松任谷由実です。たまに曲を聞いていると、道中の情景や匂いがフラッシュバックします。山下達郎の「ヘロン」を聞くと、「これから旅に出る」「現地で素敵な出会いが待っている」という希望が湧いてきます。
無粋ですが、2枚のCDの内どちらかを一つを自分の棺桶に入れるとすれば、僅差で「A LONG VACATION」です。素晴らしい音楽を残して旅立たれた大滝さんに感謝気持ちを忘れず、これからも旅を続けたいものです。
(合掌)
つづく
令和4年10月19日
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