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雨・のち・シフォンケーキ


雨粒が隣の家のトタンに落ちて
ぱたぱたと、せわしなく音を立てています。

こんな雨の日は
こまごまとした片付けが捗ります。

古いアルバムの整理をしていると、
初めてシフォンケーキを焼いた日の、
ニカッと笑う私と母の写真が出てきました。

図書館で借りたお菓子作りの本に載っていた
不思議な形のスポンジケーキ。
純白のホイップクリームが
フチにぽってり乗っかっています。
なにやら可愛く、美味しそうで
小学生だった私は、母にせがんで
このケーキを一緒に作ってもらうことにしました。

その週末はあいにくの雨で
窓の外は薄暗い空。
空気もしっとりと重たいのですが、
揃えた材料と初めて見る道具を前に
私の心は遠足の日のように弾んでいます。



「サックリ混ぜるのが大切やけんね」

母は私の後ろに立ち、
体をやさしく包むようにして
私の手を取りながら作リ方を教えてくれました。
平日忙しく働く母を
今日は、独り占めできていることが
うれしくて、
ほんのりあったかい母の体温に
抱きしめられていることが
うれしくて、
私は一段と張り切って手を動かしました。

焼きはじめると、
閉め切っている窓のおかげで
部屋いっぱいに、甘い香りが
ふっくら充満して
そこかしこが、幸せの匂いです。


まだかまだかと待ちわびて焼きあがった、
雲みたいな、ほわほわのケーキ。
それは、本で見たものより
ずいぶん不格好な出来でしたが、
私にとっては
何より特別なケーキでした。

***

皮が厚く、親指の太い、
働き者の手をしていた母。

大人になるにつれて
母の手を握ることも
側でその体温を感じることも
すっかり
無くなってしまいました。

でも、考えてみると
何かあったとき
手を重ねたり、背中をさすったり、
ぎゅっと抱きしめたり、
そんなことができる間柄の人って
人生の中で、
どれくらいいるでしょうか。


恥ずかしさにかまけて、出来ずにいましたが
遠くで暮らすようになる前に
ちゃんと母の手を取って
気持ちを伝えてみようかと思います。

玉子、薄力粉、サラダ油、お砂糖。
探してみると材料は家に揃っています。
一緒にシフォンケーキを
プレゼントすることもできそうです。

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