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隠し味は、ひと匙の心意気
町の台所として親しまれる、
古い商店街のすみっコで
おばあちゃんたちが営んでいるお惣菜屋さん。
赤いチェックのテーブル掛けが広がる机には
小松菜と油揚げのお浸し、塩鯖、
胡瓜とわかめの酢の物、ひじきの煮物、
唐揚げ、いりこの甘辛煮など
昔ながらの素朴なお惣菜がパックされ
山になって並んでいます。
***
大学一年の春。
入学式を終えた日の帰り道に
そのお惣菜屋さんを見つけました。
店頭に並ぶ顔ぶれの中でも
かぼちゃの煮物は、ひときわ美味しそう。
ごろんと大きめに切られたかぼちゃが
山吹色の粉を吹き、
見るからにほこほこと炊けています。
その日は一日、気が張っていたせいもあり、
お腹はぺこぺこで
かぼちゃの煮物をふたパック手に取り
買って帰りました。
*
お醤油とお砂糖の煮詰まった、
なつかしい香り。
煮汁を含んだ実は、舌で押すと
やわらかくつぶれてとろけ
お醤油の塩味に際立つ甘みが
まったり濃厚に、口いっぱいに広がります。
ホクホクとねっとりの加減が丁度よく
無くなるのが惜しいと思いながらも
ひとつ、またひとつ、、
箸は止められません。
初めてのひとり暮らしで
心細さの募る胸には
手作りの、この気取らないおいしさが
とてもうれしく、ありがたいものでした。
*
どうしてこんなに美味しいんだろう。
お店に通うようになってしばらく。
ある時、お店のおばあちゃんに
美味しさの秘訣を聞いてみました。
「でっぷり太った立派なかぼちゃを選んだら、
うちはそれを、水気がしっかり飛ぶように
最後までよぉく炊きあげるんよ。
鍋の中とにらめっこしながら
火加減やら煮る時間やらをその時々で
ちょっとずつ変えてあげるのネ。
まあ特別なことは何もしとらん。
ここらは学生さんも、お年寄りも多いから
お家の味に近いような
美味しくて、ほっとできるものを
食べてほしかけんね。
食べる人のことを思って、作っとーとが
美味しさのいちばんの秘訣かもしれんわ。」
そう言って、
カッカッカと笑うおばあちゃん。
これ、おまけやけん、と
大根の煮物を持たせてくれました。
*
あれから数年。
しばらくぶりに訪れた商店街は
おおよそあの時のままで
お惣菜屋さんの店先は今日も賑やかです。
懐かしさを胸に買うのはもちろん
かぼちゃの煮物を、ふたパック。
おばあちゃんたちの想いを知っていると
余計に恋しく感じられます。
この美味しさのヒミツ、
隠し味のひと匙は
「おいしいもので人を笑顔にしたい」
という心意気。
何を買っても、どんなお店でも、
美味しいものが食べられる時代だけれど
心意気のある人が
その手を動かして作ってくださった料理を
私は選びたい。
なにかまたひとつ、
自分のふるさとが増えたような気がしながら
山吹色にこっくり炊けたかぼちゃを
頬張りました。
これからもあたたかい記事をお届けします🕊🤍🌿