飛田建人

とびた・たけひと 1983年生まれ。岡山県出身。

飛田建人

とびた・たけひと 1983年生まれ。岡山県出身。

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  • 書類上

    小説 約8万8千字 完結済

記事一覧

《小説》 文体練習  日常と転落

 まず最初にきみは電話をかけるだろう。電話による連絡がきみの人生を変える。  美術館へ行くためにタクシーを呼ぶのがいいか。あるいは心機一転のために容姿の変更から…

飛田建人
3週間前
3

《小説》 燃料

 話を聞いてくれ。これは本当の話だ。嘘じゃない。  夕焼け模様の空が夜空に変わりはじめる、それくらいの頃合いだった。正確な時刻なんてわからない。それはどうでもい…

飛田建人
1か月前
7

《雑記》 散文形式 「である」

 である、である。この不思議な言い方。  なぜ不思議だと感じるのか? それはこの言い方が流通するくらい固まるまで・できあがるまでの経緯を知らないからだろう。日本…

飛田建人
1か月前
9

《雑記》 散文形式  リズム

 なにを書けばいいのか。そんなことはわからない。わからなければ何も書かなくていい。書かずに済むならそれでいい。そうもいかないから困って書き出す。書きたいという衝…

飛田建人
1か月前
3

《小説》文体練習  リズム 呪い ベケット

 通信の難しさについては周知の通りだ。それは困難だ。至難の業である。技術があればどうにかなるのか? 俺はその技術をもたない。持たないまま育った。赤子のようだ。通…

飛田建人
2か月前
5

《小説》文体練習  鏡

 おまえはひとりでそこにいる。だれも助けには来ない。  周りは壁だ。家具はない。部屋の隅に穴がある。小さな深い穴だ。穴に耳を近づけると悪臭とともに水の流れる音が…

飛田建人
2か月前
4

《小説》文体練習  ゆらめき

 旅行先で耳にしたのがその噂というか怪談めいたものだったのだが実際のところそれは単にひとが道を踏みはずしてしまうさまの描写であって、どこにでもあるといえば確かに…

飛田建人
2か月前
3

《小説》文体練習  カフカ 逃走 リズム

 それが謎だった。どうしてもわからないものが頑として僕の目のまえに存在していて、なにをするにしてもその謎が邪魔をしてうまく生活ができないのだった。謎がなければう…

飛田建人
2か月前
2

《小説》書類上 〈最終回〉

 ネットの暗がりに接続することができたとしても、そこからさらに先へ進んで取引を行うとなれば、その壁は高いのだった。別の国へ行って調達することも考えた。けれども私…

飛田建人
2か月前
1

《小説》書類上 〈第7回〉

 プログラミング言語とはコンピュータに行わせることを記述するために開発された人工言語である、とそのウェブサイトには書かれていた。わかりにくいので他のサイトでの説…

飛田建人
2か月前
1

《小説》書類上 〈第6回〉

「もしもし、わたしです。別のだれかじゃない。わたしがこれを喋っているんです。聞こえてますか? 理解していますか? わたしにはわからない。わかることなんてないんで…

飛田建人
2か月前
4

《小説》文体練習  リズム 海 メロディ

 ひとを殺した。  もちろん嘘だ。と書いておけば安心するだろう。だれが?  ひとまず逃走のことを考えねばならない。冷静に考えることができているように見えるかもし…

飛田建人
2か月前
4

《小説》書類上 〈第5回〉

 私は受話器を置いた。知らない男の声だった。事務所の電話番号は公開しているので見ず知らずの人間から電話がかかってくることはめずらしくない。そもそも今のはある種の…

飛田建人
2か月前
2

《小説》書類上 〈第4回〉

「地下?」と私は言った。ドア付近の女が「そうです。ここは違います」と言ってまたコンピュータのキーをたたき始めた。私は混乱した。《彼》が勤めていた会社のオフィスは…

飛田建人
2か月前

《小説》書類上 〈第3回〉

 詩はあまり読んでこなかった、と私が言えばすぐに彼女は「終わってるね」と言った。「なにか欠落してるよ、それは」  欠落、と私は言った。「それを言うなら僕は古典的…

飛田建人
2か月前
1

《小説》書類上 〈第2回〉

 階段を降り切って左に曲がれば、簡素な金属製のドアがあった。いかなる装飾も標示もない灰色のドアを開けて、私はそのビルの中に入った。左右に廊下が伸びていた。片方は…

飛田建人
2か月前

《小説》 文体練習  日常と転落

 まず最初にきみは電話をかけるだろう。電話による連絡がきみの人生を変える。  美術館へ行くためにタクシーを呼ぶのがいいか。あるいは心機一転のために容姿の変更から入ろうとして美容院の予約をとるのもいいだろう。気になっていた女性を食事に誘うことも視野に入れていい。でたらめに飛行機や船のチケットを買って、ここではないどこかへ旅行するのも楽しそうだ。きみの前にはいくつもの選択肢が待機している。それらは選択されることを待っている。おおよそ、どれを選ぶことも可能だ。きみの倫理観と貯金の

《小説》 燃料

 話を聞いてくれ。これは本当の話だ。嘘じゃない。  夕焼け模様の空が夜空に変わりはじめる、それくらいの頃合いだった。正確な時刻なんてわからない。それはどうでもいいことだ。時計を持っていなかったし、持っていても見る暇なんてなかっただろう。それくらい切羽詰まっていたんだ。追い詰められていた。なにしろ暴力を振るうことが仕事の一環である組織、つまりそういう類いの集団だ、わかるだろ、それに属する男たちから追われていたんだ。走って逃げていた。あいつらも当然走って追ってくる。だって車じゃ

《雑記》 散文形式 「である」

 である、である。この不思議な言い方。  なぜ不思議だと感じるのか? それはこの言い方が流通するくらい固まるまで・できあがるまでの経緯を知らないからだろう。日本語の歴史の「である」にまつわる部分を知っていれば、「ああ、それはね」と言ってしたり顔で語ることができ、この言い方を不思議に思うこともないはずだ。そんな「である」の成立の経緯を調べてみた結果を以下にお届けする、わけもなくただこの由緒ある道具を手に持って、何をするでもなくもてあそぶことが今回の趣旨である。  非常に便利

《雑記》 散文形式  リズム

 なにを書けばいいのか。そんなことはわからない。わからなければ何も書かなくていい。書かずに済むならそれでいい。そうもいかないから困って書き出す。書きたいという衝動を抑えられないのか? そういう側面もある。確かになくはない。あると言えばある。こうやって冗長な感じで言葉を連ねてゆくことは心地いい。まるで自分がなにかを書いたような気持ちになる。実際には何も書いていない。なにも言っていない。何かを言わなければならないのか。何も言っていない文章に価値はないのか? そんなこともないだろう

《小説》文体練習  リズム 呪い ベケット

 通信の難しさについては周知の通りだ。それは困難だ。至難の業である。技術があればどうにかなるのか? 俺はその技術をもたない。持たないまま育った。赤子のようだ。通信における赤子。それが俺だ。このように言葉を扱うことができている? これは違う。これはできているとは言わない。できているうちに入らない。だってこれは通信じゃないから。通信ではあるのだが、俺の意図するところではない。俺の思い描く通信じゃない。これは空中へ、アパートの4階の窓辺から外の空中へ向けて紙飛行機を飛ばすような行為

《小説》文体練習  鏡

 おまえはひとりでそこにいる。だれも助けには来ない。  周りは壁だ。家具はない。部屋の隅に穴がある。小さな深い穴だ。穴に耳を近づけると悪臭とともに水の流れる音がする。つまりそういうことのための穴だとわかる。窓はある。自分の影が床にできている。ふり返れば上のほうに小さくて細長い窓があった。開きそうにない。天井には細い溝のたくさん並ぶ四角形があって、それはおそらく換気口であろう。立ちあがっても窓や換気口に手は届かない。跳びはねてみたところで無理だろうと思える高さの天井だ。つまり

《小説》文体練習  ゆらめき

 旅行先で耳にしたのがその噂というか怪談めいたものだったのだが実際のところそれは単にひとが道を踏みはずしてしまうさまの描写であって、どこにでもあるといえば確かにどこにでもある、人がそこに複数いるかぎりかならず起こりえるような事故あるいは事件の話だった。  車で橋を数分かけて渡ればすぐに山が始まって曲がりくねった道を前の車や後ろの二輪車とピストン運動のように追いつ追われつしてのぼってゆく。そのあいだわたしの車のなかでは大きな音でテンポの速いジャズをかけていたのだが意外とそれは

《小説》文体練習  カフカ 逃走 リズム

 それが謎だった。どうしてもわからないものが頑として僕の目のまえに存在していて、なにをするにしてもその謎が邪魔をしてうまく生活ができないのだった。謎がなければうまく生きてゆけるかと問われればそうでもないのだが、でも僕の生活におけるさまざまな障害のうちでそれこそが最も大きくて硬いものであるのは間違いないと言うことはできる。なにしろああいうことをされてしまっては常人はとまどうばかりだろうし、僕だって動揺した。これで自分の人生は終わりかと思う瞬間さえあった。結局終わりではなかったし

《小説》書類上 〈最終回〉

 ネットの暗がりに接続することができたとしても、そこからさらに先へ進んで取引を行うとなれば、その壁は高いのだった。別の国へ行って調達することも考えた。けれども私はインターネットの暗部に身を置いてみたかった。おそらく《彼》が日常的に活動していたであろうその場所で時間を過ごしてみたかったのだ。それで何が得られるわけでもない。事の真相がそこに書かれているわけでもない。ただ《彼》と同じ体験をしてみようと考えた。探偵業をやめ、昼は近所の企業の事務方をしながら、夜は暗い世界の探索をした。

《小説》書類上 〈第7回〉

 プログラミング言語とはコンピュータに行わせることを記述するために開発された人工言語である、とそのウェブサイトには書かれていた。わかりにくいので他のサイトでの説明も見た。プログラミング言語とはプログラムを書くための、言語のかたちをした約束事の集まりである。そしてプログラムとは計算機への指示・命令の構成物である、と書いてあった。計算機とはコンピュータのことだろう。指示・命令の構成物とはなにか? 私は混乱してきたのでコーヒーを飲んだ。しばらくぼんやりしているとディスプレイが暗転し

《小説》書類上 〈第6回〉

「もしもし、わたしです。別のだれかじゃない。わたしがこれを喋っているんです。聞こえてますか? 理解していますか? わたしにはわからない。わかることなんてないんですよ。ひとまず喋ってみて、とりあえず実行してみて、それで初めて理解するんです。というか理解したふうなふりをします。理解するってことはそれの深みにはまるということでもあるんです。それの領土を承認するということです。なにか理解されたがっているものがあるとして、それのことがわかるというのはそれに割り当てられた境界線を認めて、

《小説》文体練習  リズム 海 メロディ

 ひとを殺した。  もちろん嘘だ。と書いておけば安心するだろう。だれが?  ひとまず逃走のことを考えねばならない。冷静に考えることができているように見えるかもしれないが、それはもちろん後になってからこれを書いているためだ。つまり今はすでに殺害直後ではない。直後の自分はひどい状態だった。まともではなかった。考えることが困難であった。首をしめたときの感触をどうしても反芻してしまうのだ。反芻とは一度体内に取り込んだものをふたたび咀嚼すること、だったかと思う。正確な意味は知らない

《小説》書類上 〈第5回〉

 私は受話器を置いた。知らない男の声だった。事務所の電話番号は公開しているので見ず知らずの人間から電話がかかってくることはめずらしくない。そもそも今のはある種の間違い電話のようなものであって、本来あの男が語りかけるべき相手は私ではないはずだった。社会の隅に取り残された孤独な男が空中へ石を投げるようにしてでたらめな電話番号へかけてきただけかもしれない。あるいは病人を演じながら他者に襲いかかることで自分の中のある種の堆積物を昇華させようと試みたのかもしれない。いずれにせよ何も気に

《小説》書類上 〈第4回〉

「地下?」と私は言った。ドア付近の女が「そうです。ここは違います」と言ってまたコンピュータのキーをたたき始めた。私は混乱した。《彼》が勤めていた会社のオフィスはなぜ地下に設置されたのか? 通信回線を引くのに不便はなかったのだろうか。なにか特別な理由があるのかもしれない。あるいは何も不可思議な理由はなく、ただ空いている物件と起業の時期の関係でそこに決める以外なかったのかもしれない。しかし実際、そこが地下である理由はどうでもよかった。私はとにかく《彼》のオフィスへ行く必要があった

《小説》書類上 〈第3回〉

 詩はあまり読んでこなかった、と私が言えばすぐに彼女は「終わってるね」と言った。「なにか欠落してるよ、それは」  欠落、と私は言った。「それを言うなら僕は古典的な音楽にも美術にも触れてこなかった。これも一種の損失かな」  そうだよ、と少女は答えた。「だからわたしだって損してるわけだ」わたしの損失、わたしの連続、などと彼女はつぶやいた。継続するわたし、接続するわたし。それからまた例の赤い手帳を取り出してなにごとか書き留めていた。私は貯水槽のそばから離れて手摺のほうへ歩いてい

《小説》書類上 〈第2回〉

 階段を降り切って左に曲がれば、簡素な金属製のドアがあった。いかなる装飾も標示もない灰色のドアを開けて、私はそのビルの中に入った。左右に廊下が伸びていた。片方は行き止まりになっているのが見えた。背後でドアが閉まる。その重い音は冷えた空気の廊下に響きわたった。私は進むべきほうへ歩きはじめた。  私の事務所へあの男が入ってきたとき、彼は私の生活の範囲内へ入ってきたことになる。私がつまらない習慣と平凡な方法で築きあげた秩序のなかへ侵入してきた。過去の私があちこちへからだを接触させ