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迷惑をかけてもいい社会を目指して

初めまして。東京都健康長寿医療センター研究所「福祉と生活ケア研究チーム」の池内 朋子です。

みなさんは、「他人(ひと)に迷惑をかけたくない」と自分自身で感じたり、「他人(ひと)に迷惑をかけてはいけない」と言われた経験はありませんか?

私は仕事柄、高齢者の方とお話しする機会が多く「迷惑をかけたくない」と、非常にたくさんの方が口にする場を見てきました。

子どもに迷惑をかけたくない
周りに迷惑をかけたくない

といった言葉が、頻繁に出てくるのです。

ある時ふと、「彼らの思いの背景には何があるのだろう」と疑問に感じました。

行き過ぎた他者への配慮が、高齢者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)やwell-being(幸福感)になんらかの悪影響を与えているのではないだろうかーー

この問いが、私の研究の出発点です。
本記事では、高齢者の「迷惑をかけたくない思い」が引き起こす孤立へのリスク、解決策を考えるための調査研究についてご紹介します。高齢者に限らず、孤立や孤独の問題は全ての世代に関連します。ぜひ最後までご覧ください。

日本人は、悩みごとを相談できる友人が身近に少ない?

画像引用:中高年男性の孤立(日本経済新聞 2022年8月2日)

この記事をご覧のみなさんは、身近に悩み事を相談できる友人をお持ちですか?

「中高年男性の孤立(日本経済新聞 2022年8月2日)」によると、日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデンの60歳以上の男女で「悩み事を相談できる友人(同性・異性の友人)がいずれもいない」と回答した日本人の割合は高く、男性は4割にものぼりました。

「悩み事を相談できる友人(同性・異性の両方の友人)がいる」という回答は、他国と比較すると低くなっています。

本調査は2020年12月〜2021年1月、コロナ禍で内閣府によって実施されたものですが、日本の自殺率の高さや孤独に関する調査結果は以前から出ており、問題視されてきました。

Kaiser Family Foundationが2018年4月から6月の間に実施した調査によると、「困ったときに頼れる人が近くに全くいない、あるいは少しだけいる」と回答した人は、「孤独・孤立者」の77%、「孤独・孤立ではない者」の44%を占め、いずれもアメリカやイギリスより高い数値です。

画像引用:Kaiser Family Foundation(2018年4月〜6月)の調査

背景にあるのは、「人に迷惑をかけてはいけない」思い

なぜ日本人は、欧米諸国と比較して周りの人に頼ることができないのでしょう。私は、これには日本の文化的なものがあると考えています。

みなさんは、「自助 (self-help) 」「共助 (mutual help) 」「公助 (public help) 」という言葉を聞いたことはありますか?災害の現場でも使用され、災害時に被害を少なくするために取る対応を指します。

「自助」...自分の身は自分で守ること
「共助」...地域や身近にいる人どうしが助け合うこと
「公助」...国や地方公共団体が行う救助・援助・支援

自助で解決できないときは共助、そして共助でも解決できないときに公助の出番です。

しかし、「自己責任」や「自助努力」といった言葉がテレビや社会のなかでも頻繁に使われているように、日本人は「自助」を重視する傾向があります

内閣府が2004年に実施した調査結果によると、近年、自助を優先するべきと考える日本人が増えてきています。災害時においても、「自分の身は自分で守る」という自助の考えを重視する傾向が強くなっています。これは、介護を必要とする方や経済的に困窮している方にも言えることだと私は考えています。気軽に他者や公的なサービスに助けを求めることができず、自力でなんとかしようとするメンタリティが根付いているのです。

問題は、「自助」の前提条件が備わっていない人たちも「自助」で解決を試みようとしてしまう現状です。前提条件が備わっていない人とは、主に経済的な基盤がなく、困窮しているような方々、身寄りが全くない方などです。 

「迷惑をかけたくない」に包まれた3つの意識

迷惑をかけたくない思いは、一体どこからきているのでしょう。

原因の一つとして、私は対人関係に着目しました。「迷惑をかけたくない」という思いは、相手がいなければ発生しません。

日本は、個人間の協調と互いに忖度する関係が重視される文化を持っています。このため、他者との関係悪化を懸念して困りごとの相談や助けを求めることができないのでは?と考えました。これは、国に対しても同様です。国から支援をもらうことで「国や社会の負担になりたくない」と考える方が一定数いるように感じます。

2点目は、権利意識の希薄さです。個人の権利意識が高い欧米諸国と比較して、日本人は個人より他者への配慮を優先する傾向があるように感じます。
自分が生きていくため、幸せに暮らすために主張しても良い必要最低限の権利より、他人を優先してしまうのです。

共助、公助を受けることは、この権利意識にも繋がっていると私は考えています。
自己中心性や自己愛が強すぎても良くありませんが、生きるために必要な支援や自分自身への配慮について、もっと私たちは普段から意識をしても良いのかもしれません。自己に配慮することは、個人の幸福にもつながります。

3点目は、自立意識です。広辞苑によると、自立とは「他の援助や支配を受けず、自分の力で判断したり身を立てたりすること」。他者の干渉や支配を受けず、自分で決める力を持つことは、本来素晴らしいことです。

しかし、高齢期においては、子供や家族など大切な人に迷惑・負担をかけないために自立したいと考える方が少なくありません。この背景には、彼らと良好な関係を維持したいという「情緒的な支援への期待・依存」が混在していると私は考えています。こういった高齢者の複雑な心理状況が、支援を求めず「できる限り自分で頑張る」状況につながっています。

重要なことは、他者からの物理的な独立(自立)ではなく、精神的自立、自己決定する勇気、そして自尊心です。

調査からみえてきた、高齢者の「孤立リスク」

「自分への配慮」より「他者への配慮」を優先した結果、どのようなことが起こるのでしょう。調査結果から、私は「孤立のリスク」を危惧しています。

  • 支援への躊躇や自らの行動を抑制することにつながり、セルフ・ネグレクトを引き起こす可能性が高い

  • 必要な支援を得られずに、結果的にQOL(クオリティ・オブ・ライフ)やwell-being(幸福感)が低下する

  • 対人関係の希薄化やネガティブ感情(心配や恐怖心)の増加にも影響

自力でなんとかしようとしたものの、どうしようもならないーー。
「支援を求めたら、周りに迷惑をかけてしまうのでは?」と躊躇してしまう。

私は、この「躊躇」の段階にいる方々を、なんとか支援につなげられないかと考えています。社会の仕組みを変革するとまではいかなくとも、研究の結果「何が必要か」を明らかにできれば、この「躊躇」をなくすことができるかもしれません。
それが共助なのか、公助なのか、あるいは全く別のものが必要になるのかはまだはっきりと示すことはできていませんが、大切な周りの人々の負担にならず、個々のニーズに応じたサービスの充実が必要だと考察しています。

「迷惑をかけてもいい社会」を目指して

本研究はまだ調査途中ではありますが、皆さんのご意見やご感想も取り入れながら、研究を進め、少しでも生きやすい社会を作ることに活用していければと考えております。
もしご意見・ご感想がありましたら、コメント欄や以下のアドレス宛にご連絡いただければ幸いです。

また、これまで見てきたように、自助を推奨する社会の空気や権利意識の希薄さは、日本人全体に根差す文化的な背景の上にあります。

SNSを介して世界中の人と繋がることができるようになった反面、ブロックしたらすぐにでも終わってしまう脆い関係性は、孤独と隣り合わせとも言えます。孤立や孤独に関する問題は今後、年代関係なくより深刻になっていくでしょう。

どうやって解決するかは非常に難しいですが、本研究を通して問題を掘り下げることが、その解決の一助になれば嬉しく思います。

池内 朋子 |Tomoko Ikeuchi,  Ph.D.
メール: ikeuchi [at] tmig.or.jp 
*[at]を@に変えてください
電話: 03-3964-3241 (内線 4268)

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