【シーズンレビュー】有馬体制3年目を振り返る12個のトピックス~融合とその先へ~

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キャンプから模索した4-2-3-1で迎えた開幕戦

開幕から試行錯誤4-2-3-1

 有馬体制3年目となる2021シーズンは、開幕前のキャンプから新たな形を模索していた。2年間の主な布陣は[4-4-2]。堅実な守備と縦に速い攻撃の2つの要素を軸に、[4-4-2]は成熟しつつあった。総得点を60と設定したファジアーノは、攻撃力アップを図るべく[4-2-3-1]へトライ。従来の[4-4-2]と何が違うのか。それは前線の配置である。2トップを横並びに配置するのではなく、1トップの後ろに2列目の選手を3枚並べる。1トップが引っ張ったディフェンスラインの手前、バイタルエリアで個性あふれる2列目の選手がゴールを目指していく。ゴール前の崩し方を進化させるものだった。新システムのキーマンは、FC東京から期限付きで加入した宮崎幾笑。背番号10を与えられ、クラブからの期待を感じさせる左利きのテクニシャンが、狭いエリアでボールに絡んでいき、ワンタッチコンビネーションを織り交ぜて、相手をかく乱させる。2021シーズンから背番号を14に変えた上門知樹と『サッカー観が似ている』と若き2人の連係プレーには大きな注目が集まった。

 基本布陣を変えて進化を目指した[4-2-3-1]。守備は、これまでの積み上げである[4-4-2]ベースのものだった。攻撃時こそ縦関係になる前線の選手だが、守備時は横並びになり、[4-4-2]へと変化。前線の2人で相手ディフェンスラインにプレッシャーをかけながら、ボールを誘導。前と後ろの連動した守備で奪い取るベーシックな守備方法だ。

 新たな攻撃と積み上げてきた守備。有馬監督が掲げた『融合』を図りながら、上位進出、昇格を目指した2021シーズンは幕を開けた。

 迎えた開幕戦。アウェイに乗り込み、第1節栃木SC。結果は0-2。新たな[4-2-3-1]が機能した内容と勝利だった。トップ下でスタメンに入った宮崎幾笑が、左右にポジションを移して、サイドハーフを務めた左の上門知樹、大卒ルーキーで開幕スタメンを勝ち取った右の木村太哉と、近い距離感でプレーすることで栃木のディフェンスを崩していく。サイドに選手が集まって密集を作りながら、良い距離感で関わり合うコンビネーションプレー、新戦術“オーバーロード”が炸裂。攻撃時にサイドで孤立するという昨シーズンの課題を解決するために準備してきたものだったことが伺えた。

 守備では積み上げてきた[4-4-2]で主体的に守りながら、最後は[5-4-1(3-4-2-1)]に形を変えて逃げ切ることに成功。ゴールを奪うための新しい方法と、リードを守り切る策を用意した有馬体制の3年目は、アウェイで主導権を握っての勝利という最高のスタートを飾った。

増えないゴールとキーマンの不調

 [4-2-3-1]は開幕戦後、メインシステムにはならず、短命なシステムになってしまった。要因としては、思い描いたように得点が取れなかったことと、キーマンである宮崎幾笑のコンディション不良が考えられる。

 開幕戦こそ右サイドのオーバーロードで獲得したPKを宮崎幾笑が決め、左サイドで数的優位を作っての崩しからこぼれ球を喜山康平が押し込むなど、変化への明るい兆しは見せた。しかし、第2節は0-1で敗れ、第4節は0-0。第5節は0-1で勝利したものの、セットプレーがきっかけになった得点。流れの中から、2列目の流動性でなかなかゴールを奪えなかった。

 守備では最前線の1人として献身的なプレスをかけながら、攻撃ではコンビネーションプレーの中心になる背番号10は、ボールタッチが乱れたり、ボールロストが目立ったりなど、本来の力をなかなか発揮できない時間が続いてしまった。細かいドリブルでゴールに向かって行ったり、狭い局面で決定的な仕事をしたりという持ち味が次第に影を潜めていく。開幕戦こそ10番にふさわしい輝きを放っただけに、彼に対する期待感は大きかった。そんな期待感が小さくなっていくようなコンディション不良は、見ていて本当につらかった。もっと10番が輝く姿が見たかったからだ。

若手の台頭

 4月からはフォーメーションを[4-4-2]に戻したファジアーノだったが、勝てない試合が続く。第6節磐田に0-1で負け、第7節愛媛に引き分けたものの、第8節水戸、第9節群馬に負けて連敗。4試合1分3敗で挑んだ第10節北九州戦。木村太哉の嬉しいプロ初ゴールで、2021シーズンのホーム初勝利を飾った。

 勝てない試合が続いたが、収穫もあった。怪我人が続出し、チャンスを得た若手が期待に応える活躍を見せる。第7節の愛媛戦では大卒ルーキーの疋田優人がスーパーゴールでチームを救うと、第8節の水戸戦では下口稚葉がJ2初ゴール。清水エスパルスから期限付き移籍で加入した当時19歳の川本梨誉もスタメンに名を連ね、プレータイムを増やした。若返りを図ったシーズンにおいて貴重なベテラン選手が相次いで負傷し、起用できる選手も限られ、若い選手を起用するしかなかった。チームとしては苦しい時間を過ごしたけれど、若い選手たちが気を吐いて、チームのために一生懸命に戦ってくれた。直面した困難、苦しみながらも、若い選手の成長を促す貴重な時間はチームの財産になったはずだ。

川本梨誉が残したインパクト

 5月最初の第11節秋田戦をバウンドする難しいFKを合わせる山本大貴の今季初ゴールで勝利。今季初の連勝を飾り、逃げ切りを図る5バックも日に日に自信を高めていった。ホーム2連勝&3連勝を達成すべく迎えた第12節の町田戦。17分に先制を許したものの、27分に今季初ゴールとなる川本梨誉の強烈なミドルシュートが炸裂。同点に追いつき、逆転への期待を募らせたが、決め切れずに試合終了間際に失点。ホームで悔しい敗戦となった。

 中3日で臨んだ第12節千葉戦。今季最多の4失点で、自慢の守備が崩壊してしまったと言えるショッキングな敗戦。ディフェンス陣は悔しい思いをしたはずだ。そんな苦しい試合でも、若い選手が奮起してくれた。川本梨誉が左足を豪快に振り抜き、2試合連続となるゴールを決めると、試合終了間際にはシーズン途中で加入した宮崎智彦のサイドチェンジから疋田優人が一矢報いるゴールを決めた。最後まで諦めない、ファジアーノらしい姿勢を加入して間もない若い選手から感じたことはクラブにとって大きなことで大事にしていかないといけないことだ。

 この2試合で川本梨誉が残したインパクトは強烈だった。開幕から前線の起点役としてプレーしていた齊藤和樹が怪我で離脱し、起用できる前線の選手は限られている状況で、当時19歳の若武者が巡ってきたチャンスをものにしたのだ。

 前からの守備、瞬間的にスペースに入ってタメを作る、前を向いたら強気に足を振り抜く。器用な選手という印象だったが、2つのゴールから力強さを感じた。器用なだけではない。『俺がやってやる』と言わんばかりの思い切りの良いミドルシュート。それを枠に飛ばして、ゴールを決めてしまう能力の高さには脱帽した。さらに、ゴールを決めた後に、喜びを爆発させない。『これくらい決めて当たり前』と感じるような、落ち着いた振舞い。良い意味で図太い。たくましいメンタリティを持つ背番号20には、これからどんな選手になっていくのだろうかと大きな期待を膨らませた。

勝てない5月の最後に最多の3ゴールで快勝

 若い選手の台頭は、近年あまり見られなかったファジアーノにとってうれしいことではあった。川本梨誉こそ清水エスパルスからの期限付き移籍ではあるが、怪我人が多いという難局で、有馬賢二監督が生え抜きの若い選手を積極的に起用したことで成長を促したのだ。ファジアーノをプロのスタートの場として選んでくれた選手が十分に力を発揮し、主力になってチームを引っ張るということは決して多くはなかった。だからこそ、大卒ルーキーの木村太哉や疋田優人が1年目からコンスタントに出場機会を勝ち取り、ファジアーノのユニフォームを着て実戦経験を積んでいく姿は本当に価値あること。100年続くクラブのDNAに必要不可欠な要素なのだ。

 しかし、勝てない。第14節大宮に引き分け、ホームで第15節長崎に競り負けた。4チームが降格する厳しすぎるレギュレーションにより、監督交代に踏み切るクラブも出てきた。ファジアーノを取り巻くファン・サポーターからも有馬監督への不満の声が聞こえてくる。降格への焦りに煽られる人が現れたのだ。

 5月最後の第16節松本山雅戦、喜山康平、上門知樹、山本大貴と主力選手がゴールを決めて、1-3で快勝。第15節の結果で17位に沈んでいた不安を払しょくするような今季最多の3ゴール。内容・結果共に松本山雅を圧倒し、これから上昇気流に乗っていくんだという希望に満ちた。

 9試合ぶりのゴールを決めた上門知樹。松本戦のゴールは、華麗なダブルタッチで相手をかわして、ゴール右隅を狙い撃つコントロールショットだった。背番号を19から彼自身が自分のラッキーナンバーと称する14に変えて臨んだ2021シーズン。持ち味を存分に発揮したスーパーゴールを簡単にやって見せた松本山雅戦のゴールからは、今シーズンの覚醒を予感させるものだった。

 第13千葉葉戦こそ4失点したものの、ほかの試合は最少失点に抑えている。得点さえ取れれば、勝ち試合をもう少し増やせたはずとジレンマが残る5月となった。

勝てない不安を払しょくする2連勝と守護神の交代

 6月の初戦、ホームでの第17節東京V戦は後半のアディショナルタイムに失点して、0-1。勝点がこぼれ落ちた。前節のホーム戦はリモートマッチだったため、Cスタに帰ってきたサポーターに勝利を届けたかったが、次節以降にお預け。ホームで勝てない歯がゆさが続く。

 当時首位を走っていた第18節新潟とのアウェイ戦。ボールを保持されながらも、意思統一された守備組織で対抗。リーグ屈指の新潟の攻撃を完封し、上門知樹が奪った虎の子の1点を守り切った。岡山でのデビュー戦となった安部崇士と怪我から復帰した廣木雄磨の新戦力が勝利に貢献。安部崇士は身体を張る守備ももちろんだが、ビルドアップで違いを作った。相手ブロックを切り裂く左足での縦パスは、今までの岡山では見られなかったプレー。横の揺さぶりに、背番号22が縦の揺さぶりをもたらし、ビルドアップが改善する兆候を感じた。廣木雄磨は、新潟が誇る“稀代のドリブラー”本間至恩から自由を奪う活躍。足からボールが離れるわずかな瞬間を狙って、身体を入れて奪う守備で、本間至恩が得意とするカットインを封じ込めた。長らく試合から遠ざかっていたことを感じさせない。試合勘の存在を疑うような圧倒的なパフォーマンス。守備職人と呼ばざるを得ない安定感だった。

 この試合から今シーズンから新設されたエリートリーグが、実戦経験を養う、あるいは実戦経験を取り戻す場として非常に有意義なものになっているのだろうと感じた。

 そしてホームに迎える第19節琉球戦。首位から奪った大金星を自信に、3-0で快勝。3106人が集まったCスタは、上門知樹、白井永地、木村太哉が決めた3つのゴールで多くの笑顔に包まれた。

 また、梅田透吾が初めてリーグ戦で岡山のゴールマウスを守った試合でもあった。絶体絶命のピンチを防ぐビックセーブを連発。淡々とゴールを守る若き守護神は冷静沈着。17本中7本の枠内シュートを浴びながら、無失点で終えることができたのは背番号31がしっかりと力を発揮してくれたからだ。

 さらに、ビルドアップでも違いを見せる。昨シーズンのポープ・ウイリアム(大分)とは違い、短・中距離のパスを確実に繋ぐ“止める蹴る”の基礎技術の高さは、最終ラインでのボール回しの潤滑油のように働いた。ベールを脱いだ梅田透吾がすぐさまファン・サポーターの心を掴んだのだ。

 これまで開幕からゴールマウスを守ってきたのは金山隼樹。32歳の背番号13が大きな声で指示を出し、チームを鼓舞してきたからこそ、若い選手たちが力を出しやすい環境ができあがっていた。セービングというプレーと、コーチングという声でチームを引っ張ってきた金山隼樹は琉球戦から、守護神の座を梅田透吾に譲ったものの、第2GKとしてベンチからチームを励まし、選手たちを勇気づけた。梅田透吾がスムーズに力を発揮できたのも、金山隼樹という良いお兄さんがいたからこそ。シーズン終了まで一度もピッチに立つことはなかったけど、大きな拍手を送りたい。

京都と甲府から感じた力の差

 当時上位を走っていた新潟と琉球に連勝し、勢いに乗るファジアーノ。ボールを保持したい相手チームを、強固な守りで引き込んで、カウンターを仕留めるという戦い方を確立しつつあった。

 天皇杯も含めると、公式戦4連勝を目指して乗り込んだサンガスタジアムby KYOCERAでは、力の差を痛感する試合になってしまった。襲いかかるような京都のプレスの前に、自分たちでボールを繋いで攻められない。真正面から強烈な圧力を受けてしまい、京都サポーターの手拍子と拍手が大きく反響する要塞のようなスタジアムで自分たちの力を発揮できない。梅田透吾を中心に何とか耐えしのぐが、幅を使って空けたスペースを1タッチコンビネーションで突いてくる京都の攻撃が、次第にファジアーノの防波堤を壊していく。完全アウェイな雰囲気に圧倒されたのか、前半に安部崇士と梅田透吾の連携ミスからウタカにゴールを許すと、後半にはウタカのヒールパスを川崎颯太に押し込まれて0-2。力の差を感じる、悔しい試合になってしまった。

 スコア以上に差を感じたショッキングな敗戦から1週間。ホームに甲府を迎えた第21節は、野津田岳人に直接FKを沈められ、先制点を献上。相手を上回る16本のシュートを打つも、枠内に飛ばない。枠内に飛んだシュートも河田晃兵に防がれる。追いかける展開でも、なかなか得点は奪えず、2点目、3点目と失点。最後の最後に上門知樹が反撃の1点を決めるも、万事休す。ホーム3勝目とはならなかった。

 前半戦を終えて13位。新潟、琉球との対戦で身につけた自信を打ち砕かれるかのような2連敗。2試合とも、自分たちから先制点のきっかけを与えてしまった。ゴール前での身体を張ったシュートブロック、梅田透吾のスーパーセーブと守備力には一定の手ごたえを掴んでいたが、得点がたくさん取れるチームではないため、勝つか負けるかは先制点が鍵を握る。改めて、先制されると試合は難しくなることを感じたし、作れているチャンスをものにできていたらもう少し違っていたのかもしれないと、得点力不足に嘆いた。

夏の補強でやってきた救世主

 その後、第22節金沢にアウェイで引き分け、第23節群馬にホームで競り負けて、五輪の中断期間に突入。夏の移籍期間に、現役オーストラリア代表のミッチェル・デュークとかつてファジアーノで輝きを放った石毛秀樹が加入。違いを作り出せる個の能力を持った前線の選手の加入は、得点力不足に悩むファジアーノの攻撃をテコ入れするものだった。

 石毛秀樹は加入後すぐに怪我をしてしまい離脱することになったが、ミッチェル・デュークがそれを補うようにすぐに力を発揮してくれた。五輪の中断開け、第24節ホーム山口戦。スタメンに名を連ねた背番号19が屈強な身体を生かしてロングボールを収め、激しい競り合いに勝っていく。まさしく有馬賢二監督が欲しかったおさめることができるフォワードだった。さらに、前からの守備で献身性を見せると、サイドのスペースに流れたり、背後を取ったり、ドリブルで突破していくなど力強さだけでなく、速さと巧さ、賢さも兼ね備えていた。多くの引き出しを携えた背番号19の隣でプレーした上門知樹も『よく来てくれた』と新たな相棒とのコンビネーションに、いきなり手ごたえを掴んでいたのは印象的。

 そんな上門知樹がコーナーキックの流れから太ももで押し込んで決勝点を決めた。試合後のインタビューでは『このチームが勝つには僕がゴールするしかない』と力強い言葉で自分がエースであることを宣言。自信に満ちた言葉が出てきたのも、ミッチェル・デュークがいることでのやりやすさを試合中に感じたから。背番号14が充実した時間を過ごしていること、ミッチェル・デュークの加入が上門知樹のように、色んな選手に自信を与えていくような存在感を発揮してくんだろうなと思った。

 ミッチェル・デュークは岡山での2試合目となる第25節アウェイ町田戦で、早くも移籍後初ゴールをマーク。木村太哉のクロスを圧倒的な高さを生かしたヘディングで合わせるゴールでチームに勝点1をもたらした。

 初のホーム2連勝を目指した第26大宮戦では宮崎智彦のクロスを押し込んだ河野諒祐のヘディングが決勝点。サイドバックのクロスをサイドバックが決めるという、今までのファジアーノを考えると、非常にめずらしいゴールの形。この試合から、河野諒祐のゴールへの強い意識を感じるようになる。結果を出したことで、封印されていたものが解き放たれたのか。右サイドから積極的なプレーがどんどん見られるようになり、やっと河野諒祐が持つ本来の姿が露になったと感じた。

 個人的には8月からレビューの形を、マッチレポートとコラムの構成に変更。まるでスタジアムの記者席にいるかのように、テレビの前でパソコンを広げて、速報性を突き詰めて、試合日の当日中にレビューを投稿するスタイルを確立させていく。

15周年記念と12試合負けなしへの布石

 ミッチェル・デュークが加入してから負けなしが続き、9月に入ると、クラブは15周年を記念したユニフォームを発表。岡山城を彷彿とさせる漆黒フィールドプレーヤーのユニフォームと、初となるファジレッドを採用したゴールキーパーユニフォーム。J2昇格を知る喜山康平と椎名一馬が広告塔に採用され、長きにわたりチームに在籍してきた選手が着る節目のユニフォームに感動を覚えた。

 15周年は勝って喜びを分かち合いたい。記念ユニフォームに身を纏い戦ったホーム2連戦。第28愛媛に引き分け、第29栃木に敗れた。いつもと違う黒色に包まれたCスタで、15周年と勝利の喜びを味わう瞬間は思いのほか遠かった。栃木戦に関しては、攻め続けていたにもかかわらず、一瞬の隙を突かれてしまって敗戦。内容と結果が伴わないことにやきもきして、すごく悔しかった。15周年ユニフォームを身に纏った選手とサポーターが作るいつもとは違う特別な一体感を楽しみにしていたから。

 ショッキングな敗戦から立て直したいファジアーノは第30節、首位を走る磐田のスタジアムに乗り込んだ。シーズン途中に加入した石毛秀樹がスタメンに名を連ねると、相手ゴールに向かうプレーで攻撃を牽引する。首位相手にカウンターとビルドアップという多彩な攻撃にトライするが、1点が遠い。前半に警戒していたルキアンにゴールを許すものの、60分にコーナーキックの流れから河野諒祐の積極的な仕掛けがオウンゴールをもたらし、貴重な勝点1を持ち帰ることができた。

 勝つことはできなかったけど、ワクワクする試合だったことは間違いない。首位相手に堂々たる戦いぶりを見せたことや石毛秀樹の創造性も心を躍らせる要因ではあるが、デュークとヨンジェが2トップを組んだことに大きな期待感を抱いた。パワフルでゴールに向かってプレーできる2人のストライカーが最前線に並ぶ起用は、短い時間だったが、ゴールへの予感と、相手へ与えていた圧力。“歴戦の猛者”大井健太郎を中心とする磐田の守備陣に対しても十分なものだった。シーズン終盤に、得点力に振り切ったツインタワーが多くの得点と勝点をもたらしてくれる。当時抱いた高揚感は忘れない、2021シーズンのトピックになるかもしれない。

 Cスタに帰っていたファジアーノは第31節秋田を迎えた。15周年記念ユニフォームを着る最後の試合。前半序盤に先制点を許して、追いかける展開になって苦しかったが、このままで終わらないのがファジアーノの魂。試合終了間際、ロスタイム。おそらくこの日最後のチャンスであろうコーナーキック。GK梅田透吾もゴール前に上がる。石毛秀樹の蹴ったボールをGK梅田透吾が競り、相手ゴールキーパーがこぼしたところを安部崇士が押し込んだ。

 ファジアーノのために自分が…という熱いメッセージを発し、気持ちを前面に出してプレーし続けていた安部崇士。Jリーグ初ゴールがチームを救う劇的同点弾。喜びのあまり席を立ち、サポーターも立ち上がり、スタンディングオベーションで選手たちの最後まで諦めない姿勢を称えた。

 勝つことは叶わなかったが、誰ひとりとして諦めなかったから、最後にドラマが待っていたと思う。勝ってお祝いしたかったけど、最後まで諦めない姿勢を貫き、勝点1を獲得する。これもファジアーノらしい。15周年を迎えたファジアーノはこれに満足することなく、100年続くDNAに向かって、これからも歴史を紡いでいく。そこには、選手、監督、スタッフ、サポーターなど人の入れ替わりは間違いなくある。しかし、最後まで諦めない姿勢は変わることなく”ファジアーノのアイデンティティ”として受け継がれていってほしい。日本一諦めの悪いクラブ。今後の歩みに注目したい。


石毛秀樹と上門知樹の覚醒

 10月は5試合を戦い、2勝3分。負けなしを継続。好調と評されるようになり、自分たちよりも上にいるチーム相手に勝点を確実に積み重ねることができた。そんなチームを牽引したのが石毛秀樹と上門知樹だった。

 石毛秀樹は第32琉球戦でデュークのゴールを精度の高いクロスでアシストすると、第33節東京V戦ではボールを浮かせて相手をかわしてボレーシュートを決め、第35水戸戦では試合終了間際に同点ゴールとなるミドルシュートを突き刺した。止める・蹴るの精度の高さは言わずもがな。背番号48の正確無比なキックがチームにプラスをもたらした。衝撃的だったのは東京V戦のゴールで魅せた創造性だ。瞬間的に独創的なアイディアを思いつき、誰にもまねできない難易度の高いプレーを高い技術で実現させる。怪我に悩まされながらも、レベルの違いを感じる選手への成長を遂げた石毛秀樹のたくましさは以前所属していた時に比べて、桁違いだった。

 10月度のJ2月間MVPを獲得した上門知樹は名実ともにチームを引っ張る目覚ましい活躍ぶり。5試合で4ゴール。強烈なシュートを武器に加入した背番号14はファジアーノでの2年目、リーグを代表するアタッカーへと成長を遂げた。

 10月に決めた4ゴールは、今シーズンになってから身につけた裏抜けで2点、抜け目なくゴール前に入っていき山本大貴からのパスを押し込む1点、独特な落ちるミドルシュートで1点と、彼の成長を示すようなゴールパターン。2トップの一角として起用されるようになり、古橋亨梧をお手本にしているという裏抜けでゴールネットを揺らし、前田大然を参考にしているというプレッシングを完全に自分のものにした。

 最前線で攻撃だけでなく、ゴールを決めるだけでなく、最初の守備者としてもチームのために走れる選手へと進化を遂げた上門知樹。来シーズンは活躍の場をJ1に移すことが濃厚とされている。ファジアーノで大きく飛躍を遂げた上門知樹のこれからの活躍にしたい。そして、どこまで成長できるのか。ファジアーノを選び、ファジアーノのために戦ってくれた上門知樹はずっと心の中に残り続ける。

自分たちのサッカーを最大化させたプレッシャーからの解放

 第37節甲府相手にアウェイで、第38山形相手にホームで勝利。奇跡の昇格に向けて勝つしかないというプレッシャーを受けながら戦う両チームに対して、ファジアーノの自慢の堅実な守備と素早い攻撃が通用し、結果に結びついた。

 3連勝をかけた第39節アウェイ相模原戦。相模原も降格圏から脱出するという至上命題のあるチーム。残留争いに向けた強い覚悟とサポーターの声援が相模原に勢いをもたらし、2度のリードを許す苦しい展開に。リードされても諦めずに戦う、勝利を目指す。ファジアーノのアイデンティティがこの試合でも現れた。先制された10分後に石毛秀樹がボレーシュート(J2月間ベストゴールに選出)で同点に追いつくと、2点目を決められた17分後にイ・ヨンジェがこぼれ球に執念の反応を見せてしがみつく。最後まで勝利を目指すのがファジアーノの魂。攻撃の手を緩めることなく、河野諒祐のクロスに上門知樹が合わせて、決勝点。リーグ屈指の堅守を誇り、ロースコアゲームをものにしてきたチームだけに、リードされる展開、ましてや2度も追いかけなければならない展開は苦しかっただろう。しかし、粘り強ゴールに向かって行き、アウェイにもかかわらず試合をひっくり返して見せた。

 試合後『こういう試合で負けると自分たちもダメージが大きいので、みんなでゴールへ向かっていき、それが得点と勝利につながった』と石毛秀樹が振り返ったように、全員が勝利という一つの方向に向かってプレーできたからこその勝利だったに違いない。

 3連勝を達成し、今シーズン成し遂げることができなかった4連勝を目指すファジアーノは第40瀬とホームに京都を迎えた。2位につける京都は勝てば昇格が決まる状況。『目の前で昇格させてたまるか。』『何としてでも胴上げは阻止してやる』という強い想いがピッチの選手からスタンドのサポーターに広がり、Cスタが要塞と化した。一体になったスタジアムでファジアーノの選手たちは躍動。京都の攻撃に耐えるどころか、主導権を握る。試合終了間際には安部崇士のビッグチャンスにスタジアムは沸いた。試合はスコアレスドローに終わったが、今シーズンのベストゲームと言える内容だっただろう。。前回対戦時には手も足も出なかったと感じるくらい力の差を感じていた相手に、堂々と渡り歩いた。京都との差を感じ、昇格は遠いことを悟り、悔しい想いで亀岡の地を去ったことは忘れてはいないが、それを塗り替えるほど、大きな充実感を抱きながらCスタを後にした。正直言えば、勝ちたかった、勝てる試合だった。京都との激闘をこれからのスタンダードにしないといけない。昇格するために、良いモノサシを手に入れることができたのではないだろうか。

 負けなしで終えた11月は最高の1か月だった。3連勝は本当にうれしかったし、京都戦後は第41節長崎にアウェイで勝利を収めて、過去に圧倒的な差を感じたチームと互角以上に渡り合えたことは来季への自信になった。特に11月前半の3連勝。“何か”を懸けているチームとの対戦は、熱量で上回れることもある。ファジアーノの選手たちは相手の熱量に、その熱量を鼓舞するサポーターが作る雰囲気に、飲まれることなく、自分たちの力で勝利を手にしたのだ。

 プレッシャーがなかったということが良い方向に働いたのは、チームの雰囲気が良かったからだろう。11月24日に有馬賢二監督の今シーズン限りでの退任が発表されてからは顕著だった。長崎戦の石毛秀樹のゴール後にできた大きな輪。選手と監督、スタッフが一体であること、有馬賢二監督のためにと奮闘したみんなの想いが円陣という大きな花を咲かせた。最高の雰囲気の状態でシーズンを終えたい。最後はホームで有終の美を飾るべく最終戦へ向かった。

思い通りにいかないのがサッカーと託された夢

 有馬賢二監督のために。今シーズンで契約満了となった選手にために。最後まで応援して切れたファンやサポーターのために。自分のためだけでなく、誰かのために頑張る。きっと良い結果をもたらしてくれると信じていた。しかし、そんなに甘くないのが、相手がいるサッカーだ。最終節、Cスタに乗り込んできた千葉も12試合負けなしの好調。最後に勝って、負けなしを13に伸ばしてシーズンを終えるという目論見は両チームにあった。勝利を目指すファジアーノだったが、想いが強すぎたのか、ファウルが増えてしまい、相手にセットプレーのチャンスを多く与えてしまう。J2屈指のキッカー田口泰士にキックのフィーリングを合わせるのに十分な機会を与えてしまい、セットプレー絡みから2点を許す難しい展開に。追いつこうとする意識が強くなったのか、前への矢印が強くなり、自慢のプレスバックは発動せず。きれいなカウンターで3失点目。さらに苦しい展開になってしまった。どんな時でも諦めない、最後まで戦う。これが今シーズンのチームを表す言葉なのかもしれない。イ・ヨンジェが右足を振り抜いて、一矢報いた。

 試合には負けてしまった。最後に勝利を一緒に喜ぶことができなくて悔しかった。しかし、試合後の椎名一馬が訴えた『勝っても負けてもこのスタジアムに来てほしい。晴れでも雨でもこのスタジアムに来てほしい』という言葉。13年間苦楽を味わった椎名一馬だからこその言葉は重くて、胸に刺さった。椎名がチャントを歌い、サポーターが拍手で応えて締めくくったスピーチがスタジアムを一体感に包み込んだ。

 有馬賢二監督の試合後インタビューや最終戦セレモニーでの挨拶は愛で溢れていた。いつも必ずサポーターの感謝を言葉にし、愛のある指導で選手の成長を促す。昇格こそ達成できなかったものの、有馬賢二監督はファジアーノに成長と愛情をもたらした。『苦しいときも、困っているときも、どんなときでも、常に温かく、常に熱く、われわれの横に寄り添って背中を押してくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。おそらく、Jリーグの中でもファジアーノのサポーターの皆さんはトップクラスです』この言葉に救われ、この言葉を胸にしまったサポーターは少なくないだろう。

 有馬賢二監督は来シーズンからサンフレッチェ広島のコーチに就任することが決まった。隣の県になるクラブ。距離こそ近いが、カテゴリーは違う。J1だ。対戦相手としてではあるが、また再会したい、またCスタに来てほしい。強みだと言ってくれた応援が最大の敵となって立ちはだかる絵をイメージするとワクワクしないか?そのためにも昇格しなければならない。

 椎名一馬をはじめ退団する選手から、有馬賢二監督から託されたJ1昇格という夢を叶えるために。最終節は2021シーズンの最後ではなく2022シーズンの始まりだったに違いない。


有馬ファジ最終形態4-4-2

有馬ファジ3年目の最終形態1(怪我人の状況も考慮)

有馬ファジ最終形態3-4-2-1

有馬ファジ3年目の最終形態2(怪我人の状況も考慮)


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