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TKda黒ぶち×HRSMインタビュー「 異色のコンビが目指す音楽とは?」

TKda黒ぶちが、今年になってリリースした楽曲には嶋崎宏ことHRSMが関わっている。嶋崎は作編曲家やプロデューサーとして活躍している音楽家。過去には、映画『カノン』(KADOKAWA)の音楽を担当した他、バンドCue:Spec、maymeでも活躍し、X JAPANの元プロデューサーだった津田直士氏のユニットi.o.youにも参加していた。また最近では参加作品であるBFI(英国映画協会)のJAPAN2021がNEW YORK ADC(ニューヨークを拠点とするArt Directors ClubによるADC Annual Awards)のIllustration部門でブロンズを受賞した。

こうしたさまざまな分野で活躍する作曲家とラッパーのタッグは一見異色のように見える。2人はなぜ制作を共にするようになったのか。どのような志のもとで制作しているのか。今回は、出会いから7月27日リリースのEP『The 1st Encounter』まで、TKda黒ぶち自叙伝を執筆したライターの本多カツヒロの司会で、存分に語ってもらった。

Photo:Shunichi Oda

1st Encounter

──そもそもですが、HIPHOPのトラックメイカーではないHRSMさんと、ラッパーのTKさんがなぜ作品を制作するようになったのか。きっかけから伺いたいと思います。まず出会いについてですが、初めて出会った日のことを覚えていますか?

TKda黒ぶち(以下、TK) NAIKA MCさん(編注:「ULTIMATE MC BATTLE 2016」の王者。TKが10代の頃から交流がある群馬在住のラッパー)も交えて、3人でHRSMの家で飲むことになり、待ち合わせ場所に行ったら、チンピラみたいなガラの悪いシャツを着たデカい男が立っていて、それがHRSMだったんですよ(笑)。

HRSM いやいや、それはこっちのセリフだよ。「デカっ」て思いましたもん(笑)。

TK 直接会うのはこの日が初めてなのに、NAIKAさんが遅れるということもあって、2人で先にHRSMの家へ向かいがてら色んな話をしたんですよね。

──それ以前は電話などで話したことはあったんですか?

TK NAIKAさんは6年に1回くらいやる気全開になる時期があって、そのときはパンチラインフェチズ(編注:『フリースタイルダンジョン』二代目モンスターでTKの地元、春日部の先輩ラッパー崇勲、三代目モンスターTKda黒ぶち、NAIKA MCがゆるーく結成したユニット)を再始動しようということになったんです。

そのパンチラインフェチズ復帰作の『EDMOND』のトラックをHRSMが制作してくれたんです。でも、コロナの感染者が増えていた時期だったから、直接会うのは避けて、NAIKAさん、崇勲、自分、HRSMと4人で『EDMOND』の打ち合わせをリモートでしていましたね。

『EDMOND』パンチラインフェチズ

きっかけは勝手に送られたデモ音源

──HRSMさんとTKさんやNAIKAさん、崇勲さんの関係はいつから始まったんですか?

HRSM 俺は元々、小学校の途中まで音楽大学の附属小学校に通っていて、中学からは進学校に通っていたんですよ。その後、バンド活動をはじめて、プロになってからはアイドルのプロデュースや映画やドラマの曲などを作るなどのさまざまな活動をしてきました。

そうした中で条件や制限の多い創作物を作るだけではなく、自由に制限なく、やりたい事やカッコいいと思う事をやりたいとの想いが膨らんできたんです。そこで、以前から密かに考えていたソロ名義でのHRSMというプロジェクトを始めました。ボーカルが入った曲を数曲リリースし、初のインストのみの曲が『The Green Shadow』だったんです。

それを俺のことを慕ってくれている後輩に渡したら、勝手にNAIKAさんのマネージャーさんに送っちゃったんです。親やお姉ちゃんが勝手にジャニーズ事務所に履歴書を送って、アイドルになりました、みたいな感じです(笑)。突然なのに、受け入れてくれたNAIKAさんには感謝しかないですね。

新しい音を模索している時期の出会い

TK NAIKAさんのマネージャーさんから自分にも『The Green Shadow』が送られてきて、”かっけえーな”と思ったんです。ちょうどその頃、自分は一度立ち止まって、これまでのHIPHOPではない別のカッコいい音を作る人と曲を作りたいって考えていた時期だったから、どうしてもHRSMと直接会ってみたかった。それで3人で飲むことになったんです。

HRSM でも、俺はNAIKAさんから「俺と崇勲はトラックにそんなにうるさいことは言わないけど、TKはうるせーからな」ってアドバイスされていて(笑)。会って飲むのはいいけど、審査されるのかと思ってたんだよね。

TK 自分は『The Green Shadow』を聴いて「今、一旦立ち止まって、これまでとは違う方向性を考えてます。この音を作る人なら間違いないから会わせてください」とNAIKAさんにはきちんと伝えたよ。

HRSM そんなことは一言も言ってなかった(笑)。「時間ある?忙しいよね?」みたいな感じで。うるせーやつだと言われてたから、「TKda黒ぶちとはどんなもんじゃい?」と会う前に曲を聴き込んだら、思いのほか「いいじゃん」となった。

でもHIPHOPを聴いてきたわけじゃないし、当時は若干ラッパーに偏見がなかったかと言えば嘘になる。今はだいぶ解消されてきましたけど。それでもNAIKAさんにしろ、崇勲さんにしろ、TKにしろナメていたわけではないですよ。だって、俺はフリースタイルなんてできないですし。一度、2時間だけリリックを考えたけど、下ネタしか出てこなかった(笑)。

実際に会ったら、必死だし、音楽のことを物凄く勉強していることがわかった。俺の性分として、頑張っている人には協力したい。それで一緒にやりましょうとなったんです

TK ありがたいですよ。幼い頃から音楽を学んでいて、その後、X JAPANの元プロデューサーさんと活動したり、映画の音楽を担当していたりとすごい経歴の持ち主ですしね。自分のようないちラッパーが一緒に曲を制作してもらえるような音楽家ではないんですよ。だけど飲んだ時に意気投合して、もっといろんな話をしたくなり、1週間後にまた自宅に遊びに行ったんです。

『The Green Shadow』HRSM feat NAIKA MC

音楽は時間経過の芸術

──HIPHOPを聴いてないどころか、ラッパーにも若干の偏見があったということでしたが、その理由について教えてください。

HRSM クラシックから音楽に入っているんですよ。別にクラシックが好きなわけでもないんですが、音楽は「時間経過の芸術」だと自分は考えています。たとえば、ある1点があり、その次の1点が来ることで流れができる。でも、HIPHOPをはじめとするループを主体とした音楽には、ラッパーがリリックを乗せて、フローの盛り上がりでなんとなく曲が構成されているようで、俺が好きな音楽とはまた別物だと感じる曲もあったんです。

──クラブミュージックと言われるものに顕著ですが、ループが主だったり、時代とともに音がどんどん変化していくのはひとつの魅力かなとは思うのですが。

TK 文化的背景や流れみたいなところは自分も大好きで魅力的なところですね。

HRSM もちろんそういう魅力があるのはわかります。でもループミュージックはずっと同じことを繰り返しているように見えてしまうんです。

「わかりやすさ」が善とされる風潮

──HRSMさんはクラブミュージックではないジャンルの音楽をメインに制作されていますが、他のジャンルの最近の特徴はありますか?

HRSM 音楽的なトレンドではなく、マーケティングの話になってしまうのですが、音楽を生業としている者として、20年前に流行った音を作ってくれとか、もっとわかりやすくしてくれという発注が稀にありますね。

──わかりやすくというのは具体的にどういうことでしょうか?

HRSM 一番最初にインパクトが欲しいから、サビから入ってくれとか、ここで手拍子を入れられるようにとかですね。他にもいろんなオーダーがありますよ。こちらとしては理由があってそうしていないのに。たとえば、純文学を書きたい小説家にラノベを書けと言っているようなもの。

でも、リスナーが悪いわけじゃなくて、音楽業界の一部には経済的な困難さから目先の利益を確保したい思惑がある。そのために目線を下げて、わかりやすくしてください、とおっしゃるディレクターもいる。でも、目線を下げる、わかりやすくというオーダーの内容をよくよく考えると、単純にディレクションが上手くいっていないだけなんじゃないかなと思うことも稀にありますね。

──それは僕らの世界でもわかりやすく、短く、イージーな文章が特にウェブでは求められる傾向がありますね。

HRSM ただ、誤解してほしくないのは高尚な音楽を作りたいと言っているわけじゃない。商業音楽をやる以上はそうした状況からは逃れられない。需要と供給上、リスナーに響く音楽を作るのは当たり前のこと。プロとしてリスナーがついてこれないような音楽を作った時点でアウトだと思いますしね。

異色のコンビが織りなす化学反応

──お互いまったく違うジャンルを専門としているわけですが、そのことで化学反応というか刺激になるところはあるのでしょうか?

TK まず勉強になりますね。自分がこれまで聴いてきた中で、ワンループではない楽器編成の音楽はソウルやジャズ、ファンクくらい。あとは基本的にワンループで構成されている音楽ばかりだった。それって音楽という大きなフィールドがあるとすれば、ほんの一部にすぎない。だから、HRSMと組むとリズムの乗せ方ひとつにしてもそうだし、構造にしてもHIPHOPのスタジオでは見たことないようなものばかりで勉強になります

その中でRAPの居場所はどこなのかを探すのが楽しみみたいなのはありますよね。海外に出て初めて日本のことを知る、じゃないけどHIPHOP以外の世界に飛び込んであらためてHIPHOPの魅力を感じています。

あと、RAPって音楽的なフィールドの中では本筋からはかなり遠い距離にあると思っていて。まず基本的にメロディーがないじゃないですか。RAP自体は歌とスピーチの間に位置するものだけど、どちらかというとスピーチに近い。それが音楽というフィールドの中でどこに居場所があるのかを今は探っています。

HRSM TKがやるからには当然HIPHOPとして成立することを考えつつも、しっかりと音楽を作ることにも注意してますね。HIPHOPを作るんだったら、クラブで聴いた時に心地が良いとか、ビートがしっかり乗っかっているのは最低条件。そこを満たしつつも、俺が好きな音楽を作っています。

──NAIKAさんや崇勲さん、そしてTKさんと初めてラッパーと仕事して、これまでの作業とはまったく違うものなのですか?

HRSM それがそうでもないんですよ。ただ、メロディーがないからそこは違うかもしれないですけど。俺が歌手のレコーディングの時に気をつけている注意点とは別のところで気を遣いますが、やっていることは一緒ですね。

たとえば、ボーカルディレクションは、ボーカリストが一番輝く瞬間をどう見つけて、その瞬間を彼、彼女らが再現できるようにどう伝えるかが大事だと思っているんです。それでも自分の理想と違う場合もある。その時に次の一手をどう打つかも考える。TKの場合は、それがRAPで、俺が余計な口を挟むべきか、引くべきかは考えますね。

TK 経験値がケタ外れだから、そのアドバイスがすごく的確。一言一言が腑に落ちるんですよね。

瞬間消費ではなく普遍的な音楽を

──2人で目指すべき音楽性は合致しているのでしょうか?

TK 2人が積んできたキャリアを通じて出しきた答えの中にはいくつか共通項がある。そこがバッチリとハマるから一緒に作っているんです。自分は自分なりにHIPHOPを通じて、創作物に対してどう捉え、どう残していくかというマインドを養ってきた。HRSMとは次元が違いますけど。

HRSM 俺としては売れるからと言って瞬間的に消費されてしまわないものを作ろうと思っています。そういうものを作って、瞬間的に消費されないような音楽を皆さんに聴いてもらえたらいいですね。

──目指している曲を1曲挙げるとすれば?

TK やっぱり坂本龍一さんと韓国のラッパー、MC.Sniperさんの『undercooled』ですね。日本でリリースされたHIPHOPの曲では最高峰だと思う。

HRSM あれは圧倒的だよね。

TK あれは今でも聴いてカッコいいと思うし、その理由をHRSMに音楽的見地から解説されると納得する。

『undercooled』Ryuichi Sakamoto 

コロナで中等症IIになった2人の憤り

──7月27日に二人の名義によるEP『The 1st Encounter』がリリースされました。3曲収録されていますけど、特に注目してほしい曲はありますか?

TK 自分的には『Man-Made Disaster』かな。

HRSM あの曲には前段階があって、まず2021年にHRSMのインストで曲を作りましょうとなったんです。だけどそんな時に、2人ともコロナに罹って、中等症IIと診断され、ほぼ同時期に入退院をしたんですよ。入院中にコロナが蔓延していることや政治の動き、投票に行かない人とか、そういうことに物凄く憤りを感じていたんです。

その後、幸いなことに2人とも回復して退院したけど、俺の場合、後遺症がひどかった目眩や倦怠感、大量の口内炎、ブレインフォグ。今のスタジオに引っ越したばかりで部屋を片付けようとしても2時間もすると気持ちが悪くなり、動けなかったんです。それでもなんとかこのスタジオでHRSMの曲を最初に作ろうと決めていたので、コロナに罹って感じた憤りが曲にも反映されている。

TK そのインストをすぐに送ってくれて聴いたら、やっぱり同時期に同じ経験をしているからフィーリングがめちゃ合ったんですよ。ちょうど渋谷を歩いているときかな。すぐにリハーサルスタジオに入ってフックだけ完成させた。ビートジャックというか、インストジャックみたいな感じですよね。今回のEPのキッカケはそこなんですよ。だから、メインはRAPじゃなくて、あくまでHRSMのインストなんです。元々、インストだけで聴かせるために作られた音楽の上に、無理やりRAPを乗せてお邪魔します、みたいな感じです。

HRSM そうそう。だから、若干RAPの部分が聞き取りづらいかもしれないですね。

──これまでもTKくんは、自分のRAPのスタイルについてコンシャスなスタイル、つまりは社会問題などに対して意識的なスタイルだと表明してきたわけですけど、それがこの曲ではより伝わりやすいかなと思います。

TK 無理してコンシャスにしたつもりはないんですよ。死んでしまうかもという状況に一度追い込まれたからこそ、そうするしかなかったというのはありますね。

一過性で終わらない

──今後もどんどん2人で作品をリリースしていくのでしょうか?

HRSM ビートジャックシリーズはさておき、月1くらいのペースで年内はリリースする予定ですね。7月15日にリリースした『FiREE HRSM OMEN Remix 』はビートジャックシリーズとは真逆で、元々あったTKの曲を聴いて、リリックを理解して作ったんです。

もうひとつ『it’s your world』のリミックスもリリースする予定だけど、それも『FiREE』と同じくビートジャックとは真逆の方法で作りました。だから、その2曲に関しては、しっかりとTKのRAPがメインになっているので、ファンの皆さんはご安心を(笑)。

TK そうは言っても、今後アルバムもリリースするけど、スピーチではないから、音を作る人が絶対的にマスターなんですよ。自分ら2人は一過性で終わりたくないって想いで取り組んでいるんので、今後の作品も楽しみに待っていてください。

『FiREE HRSM OMEN (Remix)』 TKda黒ぶち&HRSM


取材・構成 本多カツヒロ 編集協力 イトー 写真 小田駿一

HRSM&TKda黒ぶち楽曲一覧
『Loyalty as a human like (feat. 宮前優花)』
『FiREE HRSM OMEN (Remix)』
『The 1st Encounter』

TKda黒ぶち自叙伝『Live in a Dream~夢の中で生きる』バックナンバー

第1回「笑わない子ども」
第2回「邂逅と疎外」
第3回「孤独な少年  居場所を見つける」
第4回「RAPで知った  人に認められるということ」
第5回「青春の幕引き  そして新たな旅へ」
第6回「New York で変化したHIPHOPへの認識」
第7回「LIFE IS ONE TIME, TODAY IS A GOOD DAY.」
第8回「Don’t Let the Dream Die」
第9回「夢の続きを創りに行こう」


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