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誘拐犯にしてあげる

バイト帰り、家への細い路地
電灯さえもまばらな薄暗い道で
駅からずっと同じ方向に
僕の前を歩く女性がいた

辺りに人がいなくなると
彼女は急に振り返り
僕の目を真っ直ぐに見てこう言った

「誘拐犯にしてあげる」

そして薄っすら微笑んだ表情で
僕の前に立ちはだかった

まだ未成年だろうか
幼さの残る顔立ち、それを隠すように引かれた赤い紅
不審すぎると言っても相手はか弱そうな女性だ
いざとなれば体当たりでもすればすぐに逃げられる

張り詰める緊張感の中しばし向かい合って
「なに?」と切り出した

彼女は鞄からおもむろにロープを取り出し
それを僕に押し付けるように手渡すと
綺麗な両手を目の前に差し出し
「縛って」と言った

ためらう僕に優しい声で彼女は言う
「大丈夫、めんどくさいことにはならないから」

決して自分は悪い人間では無い
出来るだけ喧嘩やトラブルを避けようと
主張せず押し切らず、日々目立たずに生きている

ただ正直、目の前にいる女性は可愛く害は無さそうで
家に帰れと説得したり保護するべきか、などを考える

繰り返す飽き飽きした日常に
少し冒険したい気持ちが心のどこかにあったのだろう

「お願いします」

強く言われると断れない性格もあって
あれよあれよと彼女の言われるままに
自分の家へと連れてきてしまった
僕は誘拐犯になってしまった


ただ寝るだけの小さなワンルーム
雑誌や空き缶が転がっている雑然としたこの部屋には
僕以外誰も足を踏み入れたことは無い
呼ぶ友達もいないし恋人だって何年もいないから

でも今この部屋に
隅っこに女性がひとり手足を縛られて座っている
女性と言うより少女と言った方がしっくり来る
縛ったのは僕だがそれを促したのは彼女だ

もちろん軽く縛るつもりだったが
彼女がもっと強くとせがんだ
ちなみに僕はこの手の趣味は持ち合わせてはいない

とりあえず飲み物でもとお茶を入れ渡すと
縛られた手で器用に飲んだ

少し距離を取って壁にもたれて話しかけた
「なんでこんなことしてるの?」
「早く帰った方がいいんじゃないかな?」
「やっぱりほどくよ」

彼女は何か言いたげに、でも無言で
ロープをほどこうとすると抵抗された

とりあえずその場の雰囲気をなんとかしたかった
でも何を言えばいいのか全く思いつかない

「だめだよ誘拐犯がそんなに優しかったら」

彼女はそう口を開いて反対側に向き横になった
腕と脚のロープに加えて目隠しも要求された

脅されてるのはどっちだろう?

この非現実なシチュエーションは何だ?
バイト先の誰かのドッキリか?
部屋のどこかにカメラを仕掛けられていて
モニター越しにみんなで見て笑っているのか?

もし違ったら
彼女が未成年で、ましてや女子高生だったら?
これは本気で捕まるやつだ
家に入れた時点でアウトのやつだ

横になったまま体勢を変えようとする彼女の
スカートがめくれそうになっていて
目隠しをしているからバレることは無いはずだが
覗き込みそうになる衝動を必至で抑えた

「楽しくないの?」
体をこっちに向けて彼女が言った
「楽しむどころか戸惑ってるよ」

「わたしのことタイプじゃないんだね?」
彼女は少し悲しそうな顔をした
「いやそれは」
「こんな変な奴相手にしろって方が無理あるよね」

幼い顔立ちに白い肌
抱き締めたくなるようなほどよい肉付き
それは申し分のないほどに魅力的だった

「駅でよく見かけててこの人なら大丈夫だって思って」

いや何が大丈夫なのかがわからない
目的さえも全くわからない

すでに彼女のスカートはめくれパンツが見えていた
凝視はしないものの何度か見てしまうのは許してくれ

事件になる前にさっさと家から放り出すか
いやもう手遅れか
少しだけ様子を見てみるか
人助けをしているんだと思えば

「誘拐犯はこの先はどうしたらいいの?」
彼女の要望を聞いてさっさとこの茶番を終わらせよう

「何がしたい?」
「悪いけど全くわからない」
「そっか」
そして彼女は続けてこう言った
「誘拐犯は何してもいいんだよ」

その状態でしばらく時間が経過し
ますます頭が混乱しはじめた
そりゃいろいろとしたい気持ちはあるさ
でもここで手を出したら人生が終わる

そこまで悪人にはなれなかった、だから

「ん?何されるのかな?」そう言う彼女を
傷つけないように変なところを触らないようにと
慎重に座らせて固く絡まったロープをほどいた

最後に目隠しを取ると彼女は困惑した表情をしていた

「何かのいたずらか罰ゲームなのかな?」
少しだけきつい口調でそう言った
「違うよ」
「じゃあ誰かに脅されてるとか?」
「脅す人なんていないよ、わたし友達いないし」
「じゃあなんでこんなこと?」
「してみたかったから?」
理解するには時間がかかりそうだ
「巻き込んだのはあやまります、ごめんなさい」

怯える様子も無くその場に座り直す彼女
手についたロープの跡はなかなか消えそうになかった
少しの沈黙、その割には居心地の悪さは感じなかった

手を伸ばせばその白い肌にすぐに触れられた
このまま押し倒しても受け入れられると思った
欲望に負けそうになる

彼女の唇がゆっくりと動き
「同じ匂いがしたの、あなたと」
「でも友達の作り方がわからなかったの」
「仲良くなりたかっただけなの」
辿々しい口調で言葉を羅列した

そして潤む目を手で隠した
威勢の良かったさっきまでと違い
小刻みに震え唇を強く噛んでいる
親に叱られた子供のようだった

ゆっくり立ち上がり深くお辞儀をして
部屋を出て行こうとする彼女の
赤く跡のついた手首を咄嗟に掴んだ

「お腹空いてる?大したものは無いけど」
考える前に口から出た自然で正直な言葉だった
そして頭に浮かんだことを立ち続けに言っていた

「こんな回りくどいことしなくても」
「素直に話しかけてくれればよかったのに」
「こんな部屋でよければいつでも遊びにくればいい」
「いや部屋はまずいか」

「とりあえず、はじめましての挨拶をしないかい?」

涙目で微笑みを見せる彼女は悔しいくらい可愛かった

改めて珈琲を入れて差し出す
用意した砂糖を入れずにそのまま口にしたことで
彼女のことがひとつだけわかった

また無防備な座り方をしているから目のやり場に困る
僕の不自然な視線に気づいたのか彼女は一言
「別に減るもんじゃないしね」
そう言って珈琲を飲み干した

誰かに必要とされることで
誰かに身をゆだねることで
生きている実感を得られる人間が世の中にはいて
こんな小さな部屋にも二人

「それにさ」
「ん?」

「誘拐犯は何したっていいんだよ」

まだ誘拐犯としては解放されていないらしい

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