今日の夕飯9 (焼きそば)
仕事から帰ると
浴衣姿の嫁が出迎えた
「おかえりなさい。今日はお祭りですよ」
楽しみにしていた地元の祭りが
台風の接近で中止と聞かされた週末
我が家では即席の、小さなお祭りが始まった
「祭りの日は大人も童心に帰って許されるのです」
箸に刺したリンゴを持ちながらそう言う嫁は
去年おみくじで当てたおもちゃの機関銃を肩に担ぎ
アンパンマンのお面をつけている
久しぶりに出した机の上のホットプレートを前に
まだ準備もままならない中
完全に子供返りした嫁が近寄り一言
「おいちゃん、たこ焼き出来た?」
どこかに置かれたタブレットからは祭囃子が流れ
何としてでも雰囲気を出そうと考えたんだろう
「材料が無いし、焼きそばしか作れないなぁ」
「なんでぃ、屋台と言えばたこ焼きしょ!?」
キャラ設定が謎すぎるまま
嫁は飴のコーティングもされていない
巣のままのリンゴをひとかじりした
「金魚でもやっつけてくらぁ」
部屋を一周して、また戻って来て
「えいや!」と持っていたスーパーボールを
思い切り床に投げつけると
床を跳ね天井と壁を往復し
鉄板の上に落ちて異様な匂いを放って溶けた
少しの沈黙の中に豚肉の焼ける音が響く
「はしゃぎすぎましたごめんなさい」
と素直な子供のように謝る嫁に
仕方ないと祭りを続ける事にする
部屋の奥へと行きごそごそと
今度はピカチューのお面に変わった嫁は改めて
「わたがしとフランクフルトとイカ焼きと
かき氷にラムネにチョコバナナくださいな!」
「うちは焼きそばしかやってないよ」
そう言ったら「ちぇっ」といじけるので
冷蔵庫から酎ハイを出して紙コップに入れ
ソーセージを焼いて紙皿に入れて渡した
「おー、祭りっぽいね!」と満足気だ
「ちょいそれ貸してみ」とリンゴを奪い
チョコを溶かして軽く塗ると
「これは噂のチョコリンゴだね」
と口の周りを汚した
「おいちゃん、花火は何時から?」
「花火?そうだなー」と考えていたら
窓の外が一瞬光って
嫁は「花火だ!」と勢いよくカーテンを開ける
と同時にゴロゴロと
大きなカミナリの音が轟いた
カミナリが大の苦手の嫁は
後ずさりしながら部屋の隅へと身を潜め
ピカチューの顔で銃をかまえる
1分ほどの緊張感が部屋に張り詰めた後
次の砲撃がなかなか来ないとわかると
祭囃子の音量を上げて
見よう見まねの盆踊りが始まった
「えんやーこらこら♪おでーん、でんでん♪」
焼きそばが完成したので紙皿に入れ
「出来たよ」と呼ぶと踊りながら椅子に座り
お面をつけたまま食べかけて
さすがにそんなことしないよとニヤついて
ただその直後に
チョコのついたリンゴが箸から落ち
浴衣に夏の思い出を刻んだ
まぁこれくらいは想定内だし
外で食べていたらもっと汚していたに違いないし
チョコを塗った自分が悪いと受け入れる
作りすぎたと思った焼きそばも
あっという間になくなりそうな勢いで
ふと
「来週の花火大会行ってみようか」
思い出をもっと作りたくなってそう言ったら
「ぜひ!」と嫁は前のめりになって
焼きそばのソースで浴衣を染めた
「新しい浴衣買わなきゃな」
「浴衣は一年物って言うしね」
「初めて聞いたわ」
次は濃い色の浴衣を選ばせよう
「これお気に入りだから洗ってパジャマにする」
「朝には半分脱げてそうだな」
その言葉を聞いた嫁は真っ直ぐにこちらを見て
上目遣いでにやりと笑いながら
「あら、いやですか?」
と急に大人の女性の目を見せるから
なんだか急に暑くなって
エアコンの温度を三度下げた
窓の外は何度も光っていて
でも音は遠く、気にならない程度で
部屋の電気を消すと
非日常で幻想的な夏の夜空が広がっていた
ただ電気をつけたらまたいくつもの
新たな思い出が浴衣に染みついているんだろう
カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。