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名前を呼んで

自分の名前が嫌いだった
そのせいで軽くいじめられた過去もあったから
あまり口に出して言いたくなかった

だからここでも伏せておこうと思う
しいて言うなら有名人や漫画のキャラと似ていて
それがあまり印象のよくない人だから
安易にからかわれてしまう、とそんな感じ

でも生きていると名前を言わなきゃいけない状況は
普通に生活しているだけでもいくらでもあって
そんな時僕は、公式な場所でもない限り
その場の思いつきで本名を偽った

目についた看板を文字ったり友達の名を借りたり
だから僕は沢山の嘘の名前を持っている

名前を変えると不思議な物で
気のせいか性格も少し変わったりもして
それはそれで自分なりに面白くもある

その中でもよく使う名前は大体決まっていて
最近よく会う人たちからはその名前で呼ばれ続け

そんな事をしていたら、ある時
自分の本当の名前を忘れてしまった
咄嗟に頭に浮かばなくて、何だっけ?と

さすがに少しすれば思い出せはするけれど
その瞬間僕は、誰でもない何かになる

この世界のあらゆる物には名前が付けられていて
例えば空気や数字のゼロのように
誰かから名前を与えられた瞬間に
それらは初めて認識をされて見えるようになる

だから名前を忘れた時の僕は
この世界に存在すらしなくなり
誰の目にも映らなくなるのだろう
その時の僕は透明人間になっているのかもしれない


そんな僕にもある日恋人が出来て
凄く想ってくれて大事にされて愛し愛されて

でも友達の一人から始まった関係だから
自分の本当の名前をまだ教えられずにいた
言うタイミングを失っていた
嫌われないかと怖かったのもある

ある日、意を決して彼女に打ち明けた
自分の本名が嫌いで違う名前を使っていて、と

彼女は真剣に聞いてくれた
そして「本名を知りたい」と言った

もちろん正直に本当の名前を教える
久しぶりに声にした名前は違和感しかなかった

彼女は「これからどう呼ぼうか?」と
二人で一緒に考えた

でも僕は、彼女が呼んでくれるのなら
何でも、本名でも変な名前でもかまわなかった
嘘の名前でも新しくつけてくれてもよかった

だから「好きな風に呼んでよ」とそう言った

彼女が付けてくれる名前なら
自信を持って名乗れると思ったから

「じゃあ」と
僕に向かって彼女の唇が動いた

真っ直ぐに目を見て
まるで飼い始めたペットに名前をつけるように
僕の名前を呼んだ

それは本名を崩して、呼びやすくされていて
馴染みと新鮮さと優しさを感じた

「どう?」と尋ねる彼女に
「うん」と一言答える

こんなにしっくりする呼ばれ方は初めてだった
彼女が言ったからそう思っただけかもしれない

でもそれと同時に
ようやく自分がちゃんとここに存在していると
偽らない自分のありのままでいていいんだと

そんな実感が芽生えたんだ

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