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魔法のステッキ

何か欲しい物があると
僕はそれを絵に描いた

素直に「これが欲しい」と言えない子だった

「いらないでしょ?」「だめだめ」

一度も言われた事も無いのに断られるのが怖かった
だから絵だけ描いて部屋に放置して
親がそれを見て察してくれるのを待った

もちろん上手くは描けないから
何度も何度も書き直して細かく観察をして
誰が見てもそれがそれであると
見てわかるくらいの物が描けた時
決まって親は話を切り出して買ってくれた気がする

物心つく前からそんな事をしていたから
欲しい物は絵に描くと言う習慣が出来ていた

描いているうちに自分の中で
別に欲しくないかも、と熱が冷める事もよくあって
衝動的な欲を押さえるにもちょうどよかった

そのおかげで学生時代は
他の人よりは絵が上手い人、になっていた

中学の頃に密かに想いをよせていた子の
横顔を授業中にノートの隅に描いた事があって
それが友達に見つかってその子にバレた事がある

その場はなんとかごまかしたけど
何日か過ぎた掃除の時間に偶然二人きりになって

どこから聞いたのか
「欲しいものを絵に描くって本当?」
そう言われた

たぶん僕の事をよく知っている人
幼馴染が口を滑らしたんだろう

ほうきを両手で握りしめて返事を待つその子に
僕は戸惑いながらも答える

「まぁ、うん」

「この前描いてたの見せてよ」

「そんな見せられるような物じゃないし」

「いいよそれでも」

「…じゃあもっと上手く描けたら」

その子は大きくうなずいて微笑んだ

なんとも言えないその場の空気の中で
ちり取りを持ってしゃがんで構えてくれた時
スカートの隙間から見えそうになった白い何かに
思わず顔を背けた自分がいたっけ

それから何度か描き直して
何も言わずにその子の机の引き出しへと
完成した自分なりに納得の行く絵を忍ばせた

授業中にそれを見つけて僕の方を見て
「ありがとう」と口を動かすその子の

その時の嬉しそうな顔は今でも鮮明に覚えている


何故今、そんな事を思い出したんだろう?
そんな記憶が急に思い出されて
ノスタルジックな気持ちになっていた

たった今、細部を塗り終えて
ワインラベルのデザインが完成した所だった

メールに添付して取引先へと送ると
一仕事終わった後の解放感から伸びをすると
大きなあくびがひとつ出た

それを待っていたのか
いや、おそらく隠れて見ていたんだろう

五歳の娘が仕事部屋へと入って来て
手に持っていた絵を僕に見せた

この歳にしてはよく描かれていて
それが何かわかっていながらも

「うーん、これはなんだろうなー?」
と少し意地悪をすると

娘はその場に座っておもちゃの広告を広げ
魔法少女のステッキと絵を照らし合わせながら

「ここがこうで、ここがこうなってて」

と説明をしながらその場で書き足した

自分から欲しいと言わないのは僕に似たんだろう

「仕事の邪魔しちゃダメでしょ」
妻が部屋に入って来てそう言った

「いいよ、今終わった所だから」

「おつかれさま。じゃあお茶でもしない?」

娘をひょいと持ち上げてリビングへと行く

「そのステッキがあれば魔法が使えるのかな?」
「うん使えるよ!いろんな事ができるの!」

「どんな事ができるんだろ?」
「欲しい物をね、ポン!て出せたりするかも」

「それは見てみたいなー。今度探しに行こうか?」
「うん、行こう!」

欲しい物を絵に描かせているのは妻の教えだろう
絵が上手くなって困る事など一つもないし
人や物をしっかりと見る事で視野も広がる

あの時、授業中に描いた横顔の絵は
今でも額に入れて寝室に飾られていて
その、まだまだ雑で上手くもない
でもまっすぐで純粋な絵

目に入るたびに恥ずかしくなるけれど
この絵を描いた事が今に繋がってるなんて
当時の自分が知ったらびっくりするだろう

「美味しい紅茶をもらったのよ」
そう言う妻を見て

またあの時の
当時と変わらない妻の顔が脳裏に浮かんで
軽く苦笑いをした


カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。