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斎藤昌三の趣味誌『いもづる』を読む南方熊楠

 以下の記事で斎藤昌三南方熊楠の間に交流があったことを紹介したが、熊楠の蔵書には斎藤が発行していた趣味誌『いもづる』が含まれている。『南方熊楠邸資料目録』(南方熊楠邸保存顕彰会、2005年)で確認すると、『いもづる(以茂随流)』第5巻第1号、第5巻第2号が所蔵されている。熊楠が実際に『いもづる』を読んでいたかが気になっていたが、先日熊楠の論考に『いもづる』が引用されているのをたまたま発見して熊楠が『いもづる』に目を通していたことが分かった。『熊楠研究』第7号(南方熊楠資料研究会、2005年)より「鶏の父なし子」の一部を以下に引用したい。

昭和二年五月の『以茂随流』十一頁に、牝鶏が牡なしに卵を産む事あるを知ぬ人が多い様書きある。是は今日余り珍らしくはなく、現に拙宅の長屋にすむ人は南京種の牝鶏一羽を二年来飼て、牡なしに続々卵をうませ食用しおり。他にもこの田辺町に、夥しく牝鶏斗り飼て卵をうませ売て活計を助けおるのが数人ある。味は牝牡交つて産だのに余り劣らず、無難雛を生ぜぬ。(後略)(昭和二年六月十四日)

 熊楠が『いもづる』を参照して議論を始めている。以下の記事で紹介したように斎藤の『いもづる』は復刻版が出ているので、『斎藤昌三編集『おいら』→『いもづる』―郷土研究的趣味雑誌の1920~1941年』(金沢文圃閣、2022年)で該当箇所を参照してみたところ、熊楠が言及しているのは第5巻第1号(昭和2年5月)の以下の文章であることが確認できた。

閑話 吐志樓
前号に、牝鶏だけでも卵を産むことを書いたところ、俺と同じく鶏に就ての常識が欠乏して居る連中が、案外多くて、「牝鶏だけで卵を産むとは初めて識った」と告白する奴が、続々出現したには、一寸驚ろいたが、同時に俺だけが低能でなかったことに、いさゝか気を強くもした。(後略)(筆者により現代仮名遣いにあらためた。)

 吐志樓は『いもづる』の同人の1人であった法月俊郎(吐志樓)である。熊楠が引用したのは「牝鶏だけでも卵を産むことを書いたところ、俺と同じく鶏に就ての常識が欠乏して居る連中が、案外多くて」の部分である。熊楠は少なくとも第5巻第1号には目を通していたようだ。しかしながら、上記に引用した熊楠の「鶏の父なし子」は『熊楠研究』の解題によれば未発表原稿のため、斎藤や法月はこのことを知ることはできなかったと考えられる。もし斎藤や法月が知ったならば『いもづる』誌上で熊楠との何らかのやり取りが実現したかもしれない。

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