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田中緑紅の『郷土趣味』を吸収した?加賀紫水の『土の香』ーCiNii Booksのあやまりを正す

 拙noteで度々紹介している加賀紫水の編集していた雑誌『土の香』はCiNii Booksにも登録されており、所蔵している施設を調べることができるが、その書誌情報に誤りがある。CiNii Booksの書誌情報では、『土の香』の吸収前の雑誌として『郷土趣味』が紹介されている。この『郷土趣味』は京都の田中緑紅が編集していた雑誌で発行されていたのが1918年から1925年であること(注1)を考えると、1928年に発行が始まった『土の香』が吸収するのは時系列的に不可能である。(注2)

 なぜこのようなあやまりが起こったのかを疑問に思っていたが、『土の香』第19巻第1号(1937年1月)を確認して疑問が解決した。この号の「編集室より」で加賀が「今度同趣味誌「郷土趣味」と合同し益々活躍する事になりました」と述べており、CiNii Booksの書誌情報はこの部分を参照していると思われる。しかし、ここで加賀が言及している『郷土趣味』は緑紅のものではない。正しくは、以下の記事で鷲見東一が投稿していた雑誌として紹介した愛知の郷土趣味研究会から発行されていた『郷土趣味』であろう。(注3)この『郷土趣味』は山下俊男によって編集・発行されていた雑誌でCiNii Booksにも登録されている。発行されていたのが1936年となっているので、時系列的にも矛盾がない。

『土の香』第19巻第1号の奥付を確認すると、発行者が加賀から『郷土趣味』を編集していた山下に、発行所が土俗趣味社から白水荘に変更になっている。(注4)白水荘の住所は「小牧」としか表記されていないが、山下の住所も小牧なので白水荘は山下の自宅と思われる。合同したことで山下も『土の香』の作成に協力することになったのだろう。奥付の編集は加賀のままなので、特に山下は編集以外の実務面で協力していたと推測される。また、『郷土趣味』第2集を確認すると、「白水荘より」という編集後記にあたる欄があり、『土の香』の発行所となった白水荘という名前は『郷土趣味』時代から使用されていたことが分かる。以上から『土の香』と合同したのは山下の『郷土趣味』であることが分かった。

 緑紅の『郷土趣味』は復刻版も出版されているためよく知られているが、山下の『郷土趣味』はほとんど知られていないため、CiNii Booksのようなあやまりが生じたのではないだろうか。同じ雑誌名の雑誌が複数あり、その中のある1冊が有名であると残りの雑誌は影に隠れてしまうため、注意が必要である。民俗学で同じような例を挙げると、『民間伝承』という雑誌は柳田国男が関わっていた民間伝承の会が発行していたものがよく知られているが、それ以前に同じ雑誌名の雑誌を佐々木喜善が発行している。さらに『民間伝承』という雑誌名は『俚俗と民譚』を発行していた福原清八も採用しようとしていたようである。(注5)初期の民俗学では、雑誌名の被りはしばしば起こった、もしくは起こりうることであったのかもしれない。

(注1)『民俗学関係雑誌文献総覧』竹田旦編(国書刊行会、1978年)

(注2)緑紅の『郷土趣味』は復刊させる計画もあったようだ。実現していれば、時系列的に矛盾が発生しなかった可能性もある。

(注3)愛知で発行されていた『郷土趣味』については、MR様にご教示いただいた。

(注4)この変更はCiNii Booksでも確認できる。

(注5)「雑誌と民俗学史の視角 : 石橋臥波の『民俗』と佐々木喜善の『民間伝承』」小池淳一『国立歴史民俗博物館研究報告』165巻 47~62ページ(2011年3月)より。


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