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2019参院選、「圧力団体」はどう戦ったか。〜候補者の当落を分けたもの〜

概要

令和元年7月21日執行の参院選について、世の中の喧しさが一段落したので、ひとつ書いてみる。

ここでは、与野党勢力の話や、その総括、政治公約や政争、争点、消費税、改憲などについては、一切書かない。いわゆる「圧力団体」が候補を送り出すに至った経緯や、その候補の当落などについて調べ、落選した候補にはなにが足りなかったかを探っていきたい。特に、私が所属する福祉職出身の立候補者について、最後にまとめを行いたい。

そもそも「圧力団体」とは?

私なりの理解で、なるべくわかりやすくまとめてみる。

「圧力団体」は、その団体に所属する人の利益のために、国や地方の議員に対して「ロビー活動」を行ったり、政府や都道府県・市町村に対して「請願」を行ったり、選挙の際には「組織票」としての働きをしたりする。

「組織票」という言葉には、ネガティブな印象を抱く方もおられるやに思われるが、選挙区の候補が「地盤を固める」「地域の企業を中心に票をまとめる」こととは、少し違ってくる。それは、本論で書きたい。

海外を見ると、アメリカでは、「ロビー活動によって政治が動く」とも言われるほど、圧力団体の存在は無視できない。銃規制が進まない一因に「全米ライフル協会」の猛烈な抵抗があり、日本への原爆投下を正当化する動きも「傷痍軍人会」の主張から発生している。アメリカの政治は、もはや圧力団体なしには動かないようになっている。

日本にも、さまざまな圧力団体が存在する。典型的には「連合」をはじめとする労働組合だが、それ以外にも、同業者の団体や経営者の団体などがこれに含まれる。だから、日常的に政治行政に口を出している「経団連」もまた、圧力団体といえる。

ここまで、「圧力団体」について、ふわっと掴んでいただいたところで、本論に入りたい。

では、なぜ圧力団体は国会に議員を送り込みたいのか

圧力団体は、もちろん国会議員がいなくても活動できるし、実際にロビー活動や請願で団体の利益を達成している団体は、いくらでもある。

しかし、一部の圧力団体は、最近になって、その団体に所属していたり、関係が非常に深かったりする、「団体の利益を代表する候補者」を立てて、国の選挙で当選させようとする行動をとるようになっている。

では、圧力団体が、自分たちの利益を代表する国会議員を当選させたい理由はなにか。それは、国会議員がいれば、他の議員との「実効性のある折衝」が格段にやりやすくなるからだ。

700人以上の国会議員がいる中で、圧力団体が持つことができる国会議員は、たかだか1人、多くて2、3人である。しかし、議席を得た圧力団体のパワーは、議員ゼロのときとは比べものにならないものとなる。それはなぜか。

国会議員というと、ともすれば「党議拘束に縛られた頭数」のようなイメージがあるが、実際には、国会議員には誰でも、自らが志す国や社会のあり方や、それを実現する意欲がある(それが正しいか、モラルに即しているか、国益や国民の利益にかなうか等は、ここでは評価しない)。

個別のアイディアや構想、まだ政策として実現されていないもの、今ある法律の修正などに関する意見など、各議員の自由裁量に任されている部分は、意外と大きい。また、ある議員の志が、多くの国民や議員に賛同されて力を持てば、党の主張や政府に対する要求として、いわば「格上げ」されていくこともある。

議員がもつ志を、実効性をもつものとしていくためには、その志を他の議員に賛同してもらい、協力してもらえる議員を増やしていくのが、一番効率的である(その対価として、私の志の実現にも協力してくれよ、ということも、当然ある)。

国会議員は、直接法案に賛否を投票したり、予算案や税制の修正を要求したりできる。両院の国会議員半数以上が賛成してくれる志であれば、それは法律となり、政策として実現するのだ。圧力団体にとって、こんなに力強い支援者はいない。

圧力団体出身の国会議員は、他の議員に、自分の議員票1票を対価として、他の議員に対して賛同を得て回り、団体の利益を実現することができる。しかし、議員ゼロの場合は、そう簡単にはいかない。

議員がいない圧力団体は、その利益を代弁してくれそうな議員をたくさん探して、粘り強くロビー活動を実施しなければならない。それが成功している団体もある。(たとえば、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」など。)

しかし、たくさんの国会議員が団体の活動に理解を示し、協力する、と約束してくれたとしても、それぞれの議員には、その議員自身の志もあれば、支持層からの要望もあり、また他の圧力団体からのロビー活動もある。

つまりそれぞれの議員にとっての「優先順位」があるから、ロビー活動が成功するかどうかは、非常に心許ない。だから、できるだけ多くの議員に会って、働きかけを行わないといけない。あらゆる面で、負担が大きいのである。

それに、議員の協力を得る見返りに、圧力団体は何を議員に差し出すことができるのか、という問題もある。議員に対して、自らがもつ組織票なり、政治献金なりを差し出すとしても、相手方となる議員は、何十何百もいるのである。はっきり言えば、現実的ではないし、団体内のコンセンサスを得ることも必要であり、難しい問題となる。

つまり、やや乱暴に言えば、国会議員の議決における1人・その1票がもつ価値以上の利益を差し出すことができなければ、団体の利益を代表してもらうことは、大変に難しいのである。だから、一部の圧力団体は、団体所属の者を国会議員として送り込もうという戦略をとるようになっていったのである。

圧力団体出身者は、どうやったら国会議員になれる?

衆議院には、圧力団体が推す候補者や議員は、ほとんどいない。なぜなら、小選挙区で戦う候補は、国益はもちろん、地域の利益や発展を考えなければならない。一部の団体の利益や発展だけを主張し、そのためだけに戦って勝つことは、まず無理である。比例代表制にしても、ほとんどが選挙区候補の復活当選の場として使われてしまっているため、このようなところに各種団体の入り込む隙間は、ほとんどない。

では、参議院はどうかというと、選挙区については、やはり、地域全体の票をまとめ、多くの住民や地域団体の利益を考慮する必要があるため、事情は衆議院と同じである。

しかし、圧力団体が、従来のロビー活動にとどまらず、議員を立候補させ、当選させることができる制度が、衆院選にはなく、参院選にはある。それが2001年から導入された「非拘束名簿式比例代表制」だ。

非拘束名簿式比例代表制のしくみ

「比例代表制」は、簡単に言えば、たとえば自民党なり共産党なり、各政党・政治団体への投票数をもとに、議席を配分する方式のものである。従来の比例代表制では、各政党・政治団体が候補の順位を決め、上位から当選者が自動的に選ばれていく方式をとっており、有権者が、当選者を能動的に選ぶことはできなかった。(衆院選の比例代表制は、今でもこの方式である)

そこで、「非拘束名簿式比例代表制」は、比例区に立候補した候補について、順位をつけないこととした。(順位を2位まで決める「特定枠」という制度はあるが、これを使うかは各党・各政治団体の選択制であるため、ここでは措いておく)

たとえば自民党に投票する場合、投票用紙に「自民党」と書いても、比例代表で立候補している自民党候補の名前、たとえば今回なら「橋本聖子」と書いても、いずれも自民党の票としてカウントされる。その上で、投開票の結果、配分された議席は、個人としての得票数が多い候補から獲得していく。

各党とも、これまで政治実績のある人や、タレント候補など、知名度が高く票を取れそうな候補を揃えて全体票を増やそうとし、比例代表の候補者が「党名ではなく、私の名前を書いてください」と有権者に訴えるのは、このような制度設計だからである。

しかし、比例代表制は全国区である。充分な選挙運動をすることは不可能だ。参院選比例区の候補は、たとえ現職であっても、当選できるのかどうか予断を許さない。

逆に考えると、全国レベルで強固な支持母体がある候補は、たとえ新人でも、知名度がなくとも、当選することができるのである。それこそまさに、「圧力団体」が推す候補である。

これらの候補は参院選前から全国を巡って支持を訴える一方、圧力団体は、その構成員に対して「党名でなく、この人の名前を書いてください」とお願いして回る。圧力団体の構成員が全国にいることで、全国の組織票を積み上げ、有名候補とも対等以上にわたり合うことができるのである。

「非拘束名簿式比例代表制」によって、圧力団体は、候補を送り込んで当選させ、議員として活動してもらうチャンスを得ることとなったと言える。

2019参院選、圧力団体の戦いの結果は

実際に、今回の参院選において、候補を送り出した圧力団体がどんなものであったか、まとめてみよう。立候補者の氏名は省略する。なお、実際に圧力団体が推していない候補である可能性や、そもそも圧力団体ではない団体が混じっている可能性はあるが、そこはご容赦願いたい。

自由民主党全国郵便局長会、全国農協中央会、全国商工会青年部連合会、日本看護連盟、日本薬剤師連盟、日本医師会、全国土地改良政治連盟(ここまで当選)、日本歯科医師連盟、日本理学療法士協会、日本衛生検査所協会、全国老人福祉施設協議会、全国小売酒販組合中央会、日本青年会議所

立憲民主党自治労、日本教職員組合(日教組)、JP労組、情報労連、私鉄総連(ここまで当選)、女性と人権ネットワーク/パープルユニオン、全国悪質運転ZEROの会

国民民主党UAゼンセン、自動車総連、電力総連(ここまで当選)、東芝グループ労組連合会、JAM(ものづくり産業労働組合)

正直に言うと、私の印象は「こんなにいたのか」。そしてこの中から、およそ半数の15名が当選している。これもまた、驚くべき結果である。

圧力団体の集票力・威力は、いったいどれほどのものか。知名度の高い候補と比べてみよう。

自民党では、圧力団体の候補の多くが、元科学技術庁長官の山東昭子氏(当選)、元横浜市長の中田宏氏(落選)など、実績や知名度のある候補を上回る票を集めている。特に、トップ当選となった「全国郵便局長会」の柘植芳文氏は60万票弱、「れいわ新選組」の山本太郎氏に次ぐ第2位の得票数であり、和田政宗氏や佐藤正久氏、橋本聖子氏(いずれも当選)の2~3倍の得票である。

立憲民主党においても、タレント候補として出馬した市井沙耶香氏や奥村政佳氏、おしどりマコ氏などが落選する中、労働組合の当選者が、彼らの2倍以上の票を集め、1位から5位までずらりと並ぶ。

国民民主党は、さらに状況は明確である。比例代表の当選者3名すべてが25万票以上を固めた労働組合の候補、さらに、4位と5位も労働組合の候補が占め、民主党の副代表まで務めた円より子氏を完全に蹴落とす形となった。

このように、きちんと票をとりまとめることができる圧力団体であれば、参議院に議員を送り込み、自らの利益を国政に組み込むことができるようになったのである。

そして、本参院選の福祉系候補は、福祉系団体は〜福祉業界団体、福祉職、これでいいの?

今回の参院選において、高齢者福祉事業の経営者団体である「全国老人福祉施設協議会」が自民党公認候補として送り込んだ角田充由氏は、自民党の当選ラインの半分ほど、7万票しか集められず、落選した。

落選の理由はさまざまあるが、角田氏は高齢者介護の経営者団体から出た候補であり、現場の職員には経営者寄りの候補として映り、親近感や信頼感を得られなかったのが最大の理由ではないか、というのが私の推測である。現場職員は、角田氏が当選することによって待遇がよりよくなるという意識をもつことができないまま、選挙当日を迎えてしまったのだろう。そして、角田氏以外に投票したか、あるいは選挙に行かなかった。

また、角田氏が利益を誘導してくれるとわかっていても「名前を書けば自民党に一票入る」と嫌がった人も、無視できない割合で存在するだろう。日本看護連盟や日本薬剤師連盟の候補は、全国の看護師や薬剤師から「あの人なら間違いない。党派は関係ない」という安心感を得て票を積み上げ、当選したが、角田氏には、そこまでの安心感がなかった。

全国老人福祉施設協議会が、業界全体を代表する組織でないところも弱点である。そこに所属するのは社会福祉法人が大多数であり、株式会社は蚊帳の外である。

他の問題もある。あるいはより深刻な問題かもしれない。一言で言うと、「福祉に関わる人間は、政治に対して潔癖すぎる」

今回の角田氏の立候補について、高齢者福祉職員の当事者団体である「日本社会福祉士会」や「日本介護福祉士会」が、組織として呼応する動きは、まったく見られなかった。本来ならば、当事者が候補として立った方が、現場職員からの共感や信頼性は段違いだから、これらの団体から候補者が出た方がいいのである。(日本看護連盟や日本薬剤師連盟のように)

しかし、そんな動きはこれまでなかったし、たぶんこれからもないだろう。組織率が低く、活動は低調、資金の問題が一番深刻であり、そして、政治には関わりたくないという意識がある限り。

それは高潔さの証しであるかもしれないが、現実としては、高齢者介護の職員の給与の9割ほどは、税金と、官製保険である介護保険から支払われているのである。政治や行政の意向にこれほど左右されやすい業界は、そうそうあるものではないにもかかわらず、政治に関心を持たない、または避けようとするのである。

そして、福祉から政治にコミットする動きが見られないのは、高齢者介護だけではない。

「日本公認心理師協会」「日本臨床心理士会」は、ロビー活動の結果、心理職の国家資格の創設にこぎ着けたが、待遇改善までは勝ち取れていない。心理業界を代表する議員はいない。

もっと深刻なのは保育業界で、「全国保育連盟」「全国私立保育園連盟」「全国保育士会」、これだけの団体がありながら、選挙に関する運動も、ロビー活動すらも、全くといっていいほどトレースできない。結局、幼保無償化の政策が先にできてしまい、保育士の給与や待遇の改善はほとんど進んでいない。

むしろ、福祉職が国会議員になると、不信感をもたれてしまうほどの風潮がある、と言っても、過言ではない。

結論めいたことを書けるわけではないが、福祉に携わる当事者は、自らが政治や行政なしには成り立たないことを認め、よりよい福祉事業や待遇改善のために、政治や行政に対する意識を高め、「じぶんごと」としていく必要があるのだろう。

このままでは、国を支えるこれらの人たちは、自分たちのせいで、自分たちを、そして国や社会をを、傍観したまま滅ぼしかねない。

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