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ポエマーがポエマーとして生き辛い世界の片隅に生きる夫婦の日常〜ショートショートVol.2

前作(↓)から2週間後の夫婦の物語。

夫婦の日常の夜

夫、ソワソワと玄関で靴ひもを結んでいる。
妻が背後から「どこいくの?」
夫、ビクン!と跳び上がり
夫「ちょ、ちょっとコンビニに……」
妻「もう夕食できるけど」
夫「すぐ戻るね」
妻「冷めちゃうから早く帰って来てよ」
夫「うん」と小さな声で呟き、そそくさと出ていく。
30分後、夫が帰ってくる。
妻「遅いじゃん! ご飯冷めちゃったよ」
夫「ごめんごめん!」
妻「あれ、何か買わなかったの?」
夫「え?」
妻「コンビニ行ったんでしょ」
夫「あ! そ、そう、そうなんだけど、買うもの無くて」
妻「は?」
突然、夫の携帯が鳴る。
夫、ビクーンと驚き、ダッシュで妻から離れる。
妻「……」
夫、部屋の奥で小声で話して、食卓につく。
妻、無表情で「どこ行ってたの?」
夫「コンビニ?」
妻「誰からの電話?」
夫「会社の上司?」
妻「なんで私に聴くのよ」
妻、さっと卓上の夫の携帯を奪う。
妻、夫にLINEの画面を見せて「何これ?」
夫、凍りつく。
妻「君の瞳はアップルパイ、君の香りはバレンシア、君の胸は巨峰の……何これ、超キモいんだけど!?」
夫、手を伸ばし携帯を取ろうとするも
妻、さっとかわし、着信履歴のボタンを押す。
野太い男の声「どうしました? さっきのはエモすぎですよ~、特に巨峰なんて、エモとエロの境界線を軽く超えちゃってますよ~、来週も例の場所で……」
妻「あなた誰ですか?」
野太い声は動揺して「え? あの? どなたで」
妻「妻ですが」
野太い声「え? あ、あ、奥様ですか、失礼しました。私、板橋ポエムの会副会長の鍋島と申します。いつもお世話になっております」
妻、夫を鋭くにらみ「板橋ポエムの会?」
夫、携帯を奪おうとするも動揺して空振りし、変な踊りのようになっている。
鍋島「はい、ポエマーが、ポエマーらしく、ポエマーとして生きていくための、ポエマーによる、ポエマーのための、ポエマーの会でございます」
妻「はぁ……で、例の場所って何ですか?」
鍋島「私ども、週に1度、夜の公園でポエム100本ノックを行っておりまして……まあ、参加はいつも私と会長だけなのですが」
妻「会長って……」じろりと夫を見る。
夫、戦意喪失のまま、うなだれている。
鍋島「会長のお陰で、定年後、途方に暮れていた私の日常に眩い光が……」
妻、プチっと電話を切る。
妻「会長さん、どういうことかな」
夫、「ポ、ポ、ポエマーって言うのはね、本当に孤独なんだ」
妻「……」
夫「会社にも、妻にも、友達にも言えない、本当に深い心の奥をさらけだすのがポエマーなんだ」
妻「……」
夫「ポエマーって言うのは……」
妻、夫を軽く制して、ふぅーっと、深いため息をつく。
妻「だから、ポエマーの会を立ち上げて、夜公園でおっさん2人でポエムを言い合っているわけね」
夫「う、浮気じゃないし……」
妻「そうね、浮気じゃないかもしれない。でもね、浮気より遥かに……」
夫、ゴクリと唾を飲み込む。
妻「キモ過ぎるだろーが! 夜の公園でポエマーおっさん密かにボーイズラブって、完全に公序良俗に反するでしょうが!」
妻の拳がみぞおちに深く打ち込まれて、夫は気を失った。

ポエマーの道は遠い……

夫は薄れゆく意識の中で悟った。

遠くから囁きが聞こえるような気がする。

「早く食べなさいよ」
夫、ふと目を開ける。

妻「もう完全に冷めちゃったよ。早く食べなさいよ」
妻、夫をじっと見つめている。
夫、妻の瞳に吸い込まれるように、身動きができない。
妻「あのさ」
夫「は、はい」
妻「そんなにポエマーになりたいなら、こそこそしないで堂々とやれば」
夫「え?」
妻「ま、どーでもいいけどね。こそこそやるのは、かっこ悪いよ」
夫、涙目で「う、うん」

夫は、目の前の冷めきった味噌汁をすすりながら
美しい一筋の涙を流した。

夫「あ、これってやっぱりポエム?」

妻「アホ」


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