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【グルメエッセイ】失敗飯のはなし~暇なときは料理って楽しいって思うし、忙しいときは料理ってめんどくせえって思う~【原賀平太】

『失敗飯のはなし~暇なときは料理って楽しいって思うし、忙しいときは料理ってめんどくせえって思う~』
                         著 原賀平太

簡単・時短・レンチン……
今や家庭料理の代名詞ともいえるこれらに「チッチッ」と人差し指を振るヤツがいた。ヤツの名は原賀平太。美味いものを食うために生まれてきたと言っても過言ではないヤツは得意げな顔でこう言った。
「ウマいもののために骨折る時間は最上の幸福。
下茹で、漬け込み、弱火でコトコト、これら全部で旨くなる。
手間暇惜しむこともなし」
湧き上がる歓声。ヤツは両手を広げてその歓声に応える。
「ありがとう、どうもありがとう。
これからも時間と手間をたっぷりかけてウマいものを追求していきます」
それは簡便さに何よりの価値を置いてきたこれまでの時代に終止符が打たれることを意味していた。これからは“時は金なり”ということわざにこう付け加えられるだろう。“ただし金は幸福の価値にあらず”と。
まさに新時代の到来だ。それを牽引するひとりとなるであろうと言われているのが、コイツだ。ヤツは国民の期待を一身に背負い、今、白いワンボックスカーの窓から手を振っているのだった。

朝から晩まであいさつ回り。声張り上げて、笑顔で握手。腕はプラプラ、頬はヒクヒク、喉はガサガサ。ワンルームマンションの暗い部屋に帰り着く頃には満身創痍で気力なんて一片も残ってない。気の利く仲間が弁当を注文してくれたのはいいものの、「あ、平太さんはご自分で作られますよね」と気を回しすぎるおかげで食い物にありつけず、すきっ腹だけを抱えてたたずむ一人寝の住みか。
となれば平太といえどもこうなるわけで……
「くっそー! 料理なんてしちめんどくせえ! やってられっかこんちくしょう! 何でもいいからはよ食わせろー!」
とにかく調理時間を短縮しようと三品を同時に作った結果、失敗しました。
どうしてそうなったのかといえば、猛然と冷蔵庫に突進し家の中の小さな市場をのぞいてみれば、腹の虫が騒ぐ食い物の影。野菜はある。肉は……作り置きのひき肉がある。よしよし、十分。
まずは一品。タッパーにあるひき肉の甘辛煮をキャベツと合わせて炒める。
それからツナサンドに使ったツナが残ってる。これと冷凍の油揚げでピザにすればいい。
あとは卵があるから卵焼きだな。本当はネギの卵焼きが食べたいけど、ネギがないから青さでいこう。見た目は似てるって。
メニューは決まった。
何を作るか決まっちまえばあとは時間との大勝負。ぜんぶ同時に作り終えるには結構頭を使う。一番時間のかかるものから始めて、出来上がり時間を逆算して他の二品も挟み込んでいく。このメニューならキャベツ炒め→油揚げのピザ→卵焼きって順番がいいんじゃないかな。
調理台の余計なものを端に寄せて、腕まくりオッケー。手洗いオッケー。エプロン? 知るか。
おっしゃ、始めるぞー! オー!
まずはフライパンを火にかけ換気扇のスイッチオン。
そしたら超特急で冷蔵庫からタッパーを取り出し、さらにケチャップと油揚げとツナとチーズも出しておく。
油揚げその他は一旦置いて、ひき肉の甘辛煮をざざーっとフライパンにあける。ひき肉は冷めると脂が白く固まるからね。まずはそれを溶かそうって寸法です。
溶かしてるうちに油揚げにケチャップをピューっと塗り、ツナを乗っける。さらにチーズをたっぷり乗せたらグリルにゴー。キャベツ炒めに少し時間がかかりそうだからグリルの火も弱めにしておこう。
ここで流れるような動作でフライパンを煽り、ひき肉にまんべんなく熱を通してやる。さあ、いい感じになって来た。ここでキャベツを入れて……ん? キャベツどこ?
原賀選手、痛恨のミス! 時間勝負でこれは痛い!
冷蔵庫とガス台の往復ダッシュ。キャベツは一枚一枚綺麗にはがしたりしない。もう適当にむしり取っちゃう。節水の二文字を都合よく忘れて蛇口全開でざばざば洗っているうちに、焦げ臭いにおいが鼻につく。
あかん、肉が焦げよる。
原賀選手、余裕がなくなって来ました!
キャベツを手で引きちぎって小さくしたら、水気を切る手間も惜しくフライパンにぶち込んでやる。一刻も早く焦げ付いた肉を救出せねば。キャベツの上にひき肉が乗るようにフライパンをざっこざっこ煽ってるうちに、焦げ臭いのはグリルからだと気づいて慌てて火を消したけど時すでに遅し。思ったよりも火の通りが早かった!
ムワッと顔に来る焦げ臭さをやり過ごして、キャベツ炒めのフライパンをもう一度振る。
あー、卵焼き忘れてた! 急いで卵焼き器を火にかけ油をタラリ。
それから冷蔵庫から出したもの――キャベツにケチャップにチーズを持って冷蔵庫に走り、卵と青さを抱えて戻る。
さっきキャベツを洗う時に使ったボウルに卵を割り入れ、明らかにボウルが大きいけどそんな細かいことは気にしません。青さと塩をがっと混ぜて面倒だから全部一気に卵焼き器に流し入れちゃいます。卵一個で作る一人分卵焼きならこれで結構うまくいく。
一人分卵焼きは普通の卵焼きとはちょっと作り方が違う。まず縦にぱたんと二つ折りにしちゃうんです。それから普通の卵焼きみたいに奥から手前に巻いていく。
あー! キャベツに火が入りすぎだよ!
菜箸を持ったままガスの火を消し、ついで卵焼きの火も消して、ふう……完成。いや、”完了”と言うべきか。
キャベツと肉は炒めすぎ、油揚げは焦げ焦げ、卵焼きはまあ何とか。
これが今夜の夕食です。

『失敗は成功の基』
『失敗しても次に生かせばいい』
『失敗を恐れるな』
ええ、よく言いますね。そうは言っても、言うは易し行うは難しで失敗はやなものです。特に料理の失敗は。何しろ自分にダイレクトに返って来ますからね。
でも食べ物を捨てるのはもっといや。それは本当の本当に最後の手段。やむを得ない犠牲だとか言って涙をちょちょぎらせながら死の淵に追いやる、そんなものです。だからたとえくそまずかろうと失敗を噛みしめて飲み込みます。時々おでこを押さえながら、「うっ」とえずきながら……。
食事は楽しく美味しいのが一番です。料理の失敗はその後の食の楽しみを損ないかねない。だからダークマターを生成した日なんかは猛烈に、それこそ前髪がうまく決まらんかったと同じくらい猛烈に落ち込みますが、失敗しない人はいないとも言いますからどうせなら笑い話にして失敗も前向きに捉えられるとよかやなあと思います。
今回は油揚げの焦げを落とせばまあちょっと苦くはあっても問題なく食べられたし、食事に苦痛を覚えるほどではなかったのが幸いです。とは言っても、見栄えとは無縁の料理。間違ってもSNSで見られるような料理じゃなかったですねえ。何しろSNSはきらびやか~な写真で溢れてますからね。
発信と共有が簡単になった現代、失敗よりも成功を共有して欲しい、笑われるより感心されたいと思うのが人心でしょうけど、ぼくは案外失敗の話が好きです。料理で失敗したことのない人はきっといないでしょうから、聞けばきっと「あるある」って言いたくなる事いっぱいあるんじゃないかなって思います。
綺麗なもの、美味しそうなものはたしかに人目を惹きます。でもべチャッとしてて見た目も悪けりゃ盛り付けもへぼ。それでも「わるくねえよ」とか言いながら食べる。とことん家飯。そういう発信されない、家という空間に覆い隠されて絶対外に出てこない”映えない家飯”ネタがぼくは結構好きです。おまえそりゃねえよとか言いたくなるけど絶対自分も同じようなことしてて笑えるやつ。
光が強くなるほど影が濃くなるとは言いますけど、華やかな発信社会のべールの裏側に今もしっかりある失敗飯の話がたまには聞きたいものです。

「あれっ、平太さん、これは一体……」
事務所に足を踏み入れ男は早々に気づいた。事務所の壁にでかでかと貼られているポスターに不自然な修正の跡がある。それどころか演説する平太の隣で男が掲げ持つことになっている看板や、机に積まれているチラシの一枚一枚に至るまでことごとく修正が入っている。早朝の事務所には平太しかいない。
平太は未修正のポスターの最後の一枚に、今まさに新たな文字を印刷したコピー用紙を張り付けようとしている所だった。他の人が来る前に終わらせてしまおう。そしてあわよくば誰にも気づかれませんように。虚しいそんな願いを胸にいそいそと働いていた平太は首だけを後ろにねじって、「いや、あのさ」と言い訳がましく笑った。
「やっぱり今までの言葉じゃ、ぼくの言いたいことが三分の一も伝わらないと思ったんだ」
「スローガン変えるんですか」
「うん、まあね」
「なにを今さら……」
とはっきり言葉にした男は、本来平太のために尽くす立場であるにも関わらず主従逆転とばかりの態度で腕を組んだ。
「それで? 一応聞いてやりますよ」
と顎をしゃくる。平太はいそいそチラシを一枚手に持つと、深呼吸して読み上げた。
「手間暇かけるもたまにはいいが
時短簡単レンチンは疲れた時の救世主
失敗したならネタにして食おう」
満面の平太に男は無表情に言い放った。
「ブレブレじゃないですか」


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