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【ショートショート】試作品4「三振の裏に」

 グラウンドの土で汚れたユニフォーム姿の翔太が、半べそを掻きながら、駄菓子屋の前を通り過ぎる。

――おい、なんだ。また、三振して帰ってきたのか。

 煙草を吸いながら、油を売っていた駄菓子屋の親父の声に、翔太が足を止める。

――お前は知らないだろうが、あのミスターはな、初めての試合は4打席連続三振だったんだぞ。

 翔太は、心ここにあらずと言った表情で、ぼんやりと足元を見つめていた。

――良いか、翔太。お前が三振した代わりに、誰かがヒットを打ったと思え。お前がヒットを打ったなら、その陰で誰かが三振してる。世の中、そんなもんだ。

 ゆっくりと面を上げた翔太の瞳に、一瞬、精気が戻る。

――自分の失敗を、自分だけのものにするな。同じように、自分の成功を自分だけのものにするな。

 ごくり、とつばを飲み込んだ翔太が、視線を親父の方に向け、若干どもりながら、言葉を紡ぐ。

――じゃ、じゃあ、おじさんは?

 親父は、人差し指で煙草の灰を落とし、ひとり肩を震わせ笑った後、

――見ての通り。商売あがったりさ。地球の裏側で、たんまりと儲けてる野郎がいるんだろうな。

――それで良いの?

――そいつが幸せなら、まあ、良いんじゃねえか。

 翔太は納得がいかない様子だったが、親父に気を遣うように、

――分かった。なら、また全力でバットを振ってくるよ。例え三振でも、そのおかげで誰かがヒットを打てたなら、三振するのも悪くないかもしれない。

 その日の夜だった。読売ジャイアンツ対ヤクルトスワローズの23回戦。3回裏1アウトで迎えた第2打席、フルカウントから、ピッチャーの鈴木康二朗が投じた6球目のシンカーにタイミングを合わせ、王が一本足でバットを振り抜いたのは。打球は瞬く間にライトスタンドに飛び込み、ハンク・アーロンが持つホームランの世界記録を塗り替えた。

                               おわり

※みなもすなるしょふとしょふとといふものを、われもしてみむとてするなり。『灰かぶりの猫日記』より

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