【連載】「灰かぶりの猫の大あくび」#18【アイドル編~なんとかしてアイドルに!~】第四話
前回のあらすじ
真っ暗闇の中で始まった、アイドル候補生たちによる「アイドルを哲学せよ!」の討論。夏目グループの5人は、それぞれが思うアイドルについて語り合った後、このオーディションに対する疑義を持ち出し、結果、オーディションを否定するという結論を導き出すのだった。
登場人物
夏目愛衣
黄昏新聞の新米記者。アニメ好き。『学校編』のエピローグで、モノリスが無断で義体を購入したため、急遽「100万円」を用意しなければならなくなり、アイドルの育成補助金目当てに、385プロダクションのアイドルオーディションに参加する。
モノリス
灰かぶりの猫の自宅のAIスピーカー。知らぬ間に、猫と夏目の会話を学習してしまい、時々おかしなことを口にする。『アイドル編』では、夏目の自宅で大人しくお留守番。
東野陽子
385プロダクションのアイドルオーディション参加者の一人。オーディションの常連か?
みぽりん(小倉未歩)
秋葉のメイド喫茶で働く。年齢不詳。本人曰く、アイドルの神に選ばれた真正のアイドル。
武藤真木
現役高校生。某アイドル事務所に囚われた妹を助けたい一心で、オーディションに参加する。
上垣優楽
インディーズのガールズバンドのボーカル。
綾波はるか
元子役。一念発起でアイドルを目指す。
冬元康史
385プロダクションの敏腕プロデューサー。昨年、紅白にも出場したアイドルグループ『とぅーゆー』(五人組)を手掛ける。
※各固有名詞にリンクを添付。
※この物語は、桜が散ってもフィクションです。
――「特別試験」開始から数時間が経過。それぞれのグループで行われていた、侃侃諤諤の議論が煮詰まった様子を感じ取った陽子が、独り言のように声を上げる。
陽子 「――どうやら、各グループで相応の結論が出たようね。じゃあそろそろ、頃合いかしら」
――陽子、おもむろにスカートの中に手を入れ、右太ももに括りつけていた短刀(模造刀)を手に取ると、つかつかつかと前進。立ち止まると、短刀を大きく振り上げ、闇を切り裂くように振り下ろした。
夏目 「え?」
――斜めに切り裂かれた闇の隙間から、スリットの光が差し込む。陽子は短刀を投げ捨てると、闇の隙間に手を入れ、思い切り左右に押し開いた。闇の向こう側の光の世界に現れたのは、何と観覧席を埋め尽くす一般客の姿だった。フロアを包んでいた闇のベールがすっかり剥がれ落ちたと同時に、観覧席から大きな拍手が沸き起こる。状況を理解できない夏目が、マジックのように様変わりした空間を前に、戸惑いを隠せずにいると、テレビで観たことのある青いスーツがトレードマークの男性が、マイク片手に手のひらで観覧席の拍手を収める。
男 「はい。チャ、チャ、チャン。客席の皆さん、いかがでしたか。本音と建前が入り乱れたアイドル候補生たちによる討論。松岡修造さんがいるんじゃないかと思うくらい白熱しましたね。いや、白熱と言ったらサンデル教授でしょうか。冗談はさておき、素人からアイドルに生まれ変わろうとしている彼女たちの素顔に驚き、逆に魅了された方もいるのではないでしょうか。それでは、今回のリアリティーショーを企画した、我らが冬元さんにご登場願いましょう。冬元さん、どうぞ」
――観覧席からの拍手に合わせ、385プロの冬元が田中角栄のように片手を上げながら姿を現す。青いスーツの男からマイクを受け取り、
冬元 「いやぁ、今回は僕も舞台を設定しただけで、あとは全て彼女たちのアドリブですからね。どうなるものかと、肝を冷やしながら見守らせて頂きました」
男 「では、台本は全くないと?」
冬元 「もちろんですよ。彼女たちを操り人形にしても、面白くはないですからね。素が見たいんですよ。素が。もちろん、その素も演じられたものだということを前提にした上でですが」
男 「なるほど。しかし今回、彼女たちが導き出した結論というのが、アイドルオーディションの否定ということになりましたが、それについてはどうお考えですか」
冬元 「確かに、一人のプロデューサーや事務所の権力者がアイドルを選ぶ時代は終わったのかもしれません。一番に耳を傾けるべきは、今、目の前にいるようなオーディエンス。哲人政治を否定するつもりはありませんが、やはり時代は民主主義ですよ」
男 「ありがとうございます。ではここで、候補生たちにもお話を聞いてみましょうか。皆さん、こちらにお越しください」
――複数台のカメラが、一斉に候補生たちに向けられる。青いスーツの男の指示に従う者、理解できずその場から動けない者、隣の候補生と小声で話す者など、さまざまなリアクションが見られる中、夏目たち5人はお互いの顔を見合せた後、男と冬元のいる観覧席の前へと歩み出た。
男 「ではまず、お名前を」
夏目 「はい。夏目愛衣と言います」
男 「夏目さん。アイドルオーディションへの参加は初めてですか」
夏目 「――はい」
男 「夏目さんは確か、100万円欲しさにご参加なさったとか」
夏目 「(顔を伏せ)…………」
男 「いやいや、恥じることなんてないですよ。電撃イライラ棒で100万円を獲得できた時代もあったくらいですから」
夏目 「(顔を上げ)あの、これ、何なんですか?」
男 「ああ、申し訳ありません。あなたたちにはまだ、種を明かしていませんでしたね。これは冬元さんが仕掛けた、アイドルオーディションのリアリティーショーです。第一次選考から今回の特別試験まで、すべてカメラに収め、今はYouTubeで生配信を行っているところです。――えー、画面の向こう側の皆さん、コメントありがとうございます。近江消えろ。何て書かないください。場合によっては法的処置を取りますよ。はははは」
――夏目は思い出す。近江太郎。リズムネタの一発屋芸人として消えた後、地方番組を転々とし、たまたま呼ばれたゴールデンで一躍格好を浴び、今では民放各局で司会から俳優までをこなすマルチタレント。
近江 「――あ、東野陽子さん。いや、アイドルものまね芸人のゆーりんさん。どうぞこちらへ」
陽子(ゆーりん)
「太郎さん。すっかり司会業が板について。ひな壇で何一つ爪痕を残すことなく収録を終えて、楽屋で泣いてた日々が嘘みたい」
近江 「ゆーりんさん。これ今、3万人が同接してますから、下手なことは言わないでください」
陽子(ゆーりん)
「何々、スキャンダルでも隠してるの? そりゃあ、闇営業の1つや2つ、太郎さんならあってもおかしくないものね」
近江 「(拳を顔の横に上げ)こらこら。それ以上はダメですって」
冬元 「近江さん、時間もあるのでそろそろ」
近江 「あ、冬元さんすみません。カンペ出てましたね。では、観覧席の皆さん。皆さんはお手元にあるスイッチで、あなたがアイドルとして推したいと思った候補生を1人、お選びください。生配信をご覧の皆さんは、画面上に出ているアンケートから、お気に入りの候補生1人に投票してください。複数投票は認められませんからね。あくまで1人です。準備は良いですか。はい、スタート!」
――近江らの背後にある大きな画面に、アタック25のようなパネル画面が映し出され、各マスで数字がくるくると回転する。
夏目 「陽子さん。これはいったい、どういう事なんですか」
ゆーりん
「私はもう陽子じゃないわ。それに、彼が説明したじゃない。リアリティーショーだって。だから、私みたいなサクラが混じってるのも当然。さすがに、すべてをあなたたちに委ねたら、収拾がつかなくなるもの」
みぽりん
「今みぽりんは、3万人以上の人に見られているのですね。――こ、これはまさしく、か、カ・イ・カ・ン!」
真木 「(顔面蒼白で)ど、どうしよう。妹のこと、全部知られちゃった」
綾波 「(地団太を踏み、人が変わったように)くぅ。忘れてた! これがテレビ、芸能界のやり口だった。また騙された!」
優楽 「結局うちらは、夢見る少女だったわけね。あーあ、相川七瀬の歌にに耳を傾けておくんだった」
近江 「さあ、そろそろ集計も終わりそうです。配信の方はどうですか? あ、OK牧場。了解です」
――オーディションを否定したにも関わらず、問答無用で進むオーディエンスによる候補生への投票。夏目、必至にこの窮地を乗り越える策を考えようとするも、衆人の視線を前に冷静に物事を考えることができず、頭から湯気を出し始める(2回目)。そんな時、ふと観覧席に視線を向けると、ある人物の顔に目が釘付けになった。
夏目 「――ディカプリオ?」
みぽりん
「え? まさか、レオ様?」
――夏目、観覧席に向かって歩き出す。
近江 「皆さん、こちらの画面をご覧下さい。今から最終選考に進む候補生の顔写真が映し出されます。果たしていったい、誰が選ばれるのでしょう。日本アカデミー賞授賞式の会場よりも、ドキドキしてきました」
――夏目、観覧席のディカプリオと目を合わせる。
夏目 「モノリス?」
モノリス
「――いかにも。夏目さんがいくら待っても帰ってこないので、つい。あ、安心してください。ちゃんと履いてますよ。じゃなくて、ちゃんと鍵は掛けてきましたよ」
夏目 「もう! 猫さんみたいにふざけるのはやめて。この状況、あなたなら言わなくても分かるでしょ」
モノリス
「今回はおとなしく、お留守番のつもりでしたので、助っ人外国人の役を担う予定ではなかったのですが、仕方がないようですね。オドーアのように、来て早々帰るわけにもいきませんし、ここはラミちゃんばりに働きますか」
近江 「お、最初は受験番号8番。山内りえさんですね。僕も注目していた1人です。それからそれから、14番。瀬戸イルマさん。お母さまが有名なモデルさんです。さあ、続々と発表されていきます」
モノリス
「夏目さんのご希望は?」
夏目 「このリアリティーショーの中止ならびに、オーディションの無効化」
モノリス
「その心は?」
夏目 「――憧れるのをやめましょう。本当はわたしたち一人一人が、誰かにとってのアイドルなのだから」
モノリス
「(瞼を閉じ)夏目さん。ワタシにとって夏目さんは、れっきとしたアイドルですよ」
――モノリスの発言の直後、発表が行われていた画面が急にちらつき、やがて、ぷつんと消えたように真っ暗になったかと思いきや、再び点き、砂嵐が流れ始める。そして突如、画面に映し出されたのはスタジオ内の控室だった。そこに、煙草をふかしながら冬元が姿を現す。ソファーに座り、スマホを取り出すと、独り言のようにぶつぶつと呟き始めた。
冬元 「あー、こりゃだめだ。才能の欠片も感じられない。第一、目が死んでる。うーん。こいつも同じか。年々、顔だけクオリティーは上がってるが、どれもこれも量産型なんだよな。もっとこう、一目でズキューンと来るようじゃないと。――ん? こいつは新聞記者。嘘だろ? おまけに歳も歳だし。何しに来たんだよ。思い出作りか? ――ったく」
冬元 「(慌ててスタジオの画面の前に立ちふさがり)や、やめろやめろ!何だこれは!」
――観覧席がざわつき始める。近江は目が点に。ゆーりんは口元を隠し、笑う。
夏目 「モノリス。もしかしてこれは、あなたの仕業?」
モノリス
「テレビの世界というのは、アイドルや観客だけが被写体ではないのです。裏方含め、すべてを映し出してこそテレビ、メディアと言うものです。――ほら、見てください。同接が一気に2万人増えました。これはもう、新たなスター誕生の瞬間ですよ」
真木 「な、夏目さん。あのコメント」
夏目 「え?」
――スタジオの画面には、ニコニコ動画のようにコメントが右から左へと流れ始め、お祭り状態に。そのコメントの中に、真木の妹が所属する芸能事務所の社長に関するコメントが流れる。
匿名 「ついでに言っとくと、MEGAMI芸能の木澤は反社とつながりがあるみたいだぞ。ソースは、http:www――」
匿名 「マジじゃんwwwww」
匿名 「まあ、前から噂はあったからな」
匿名 「木澤もこれでオワコン。乙」
真木 「い、今のコメントが、もし本当なら」
夏目 「(真木の手を握り)分かった。任せて。ここから先はわたしの領域。必ず、妹さんを助け出してみせる!」
――番組スタッフが慌てたように立ち入り、収録並びに配信が止められる。しかし、スタジオを鎮静化しても、過熱したSNSをコントロールするのは不可能だった。間もなく、モノリスが選曲した女王蜂の『メフィスト』のストリングスによる不穏なメロディーが流れ始め、以下、スタッフロール。
キャスト
夏目愛衣
モノリス
東野陽子(ゆーりん)
みぽりん(小倉未歩)
武藤真木
上垣優楽
綾波はるか
近江太郎
冬元康史
エキストラの皆さん
スタッフ
企画 灰かぶりの猫
プロデューサー 灰かぶりの猫
原作・脚本 灰かぶりの猫
『灰かぶりの猫の大あくび』(アイドル編)(未出版)
エンディングテーマ
『メフィスト』
作詞 薔薇園アヴ
作曲 薔薇園アヴ
編曲 女王蜂・塚田耕司
ストリングスアレンジ ながしまみのり
撮影協力
岩手の某テレビ局
監督
???
製作著作
灰かぶりの猫
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