在宅医療の「質」が問われる時代
これからは、ますます在宅医療が求められる時代になります。
本書の冒頭でも触れましたが、厚生労働省の試算では、団塊の世代といわれる方々がすべて75 歳以上になる2025 年には、在宅医療を受ける人が100 万人を超えると推計されています。
在宅医療の増加の最も大きな要因は、高齢者が増えていることです。高齢者が多くなれば、それだけ医療を必要とする人が増えます。
特に75 歳以上の後期高齢者といわれる年代になると、心臓などに病気を抱える人も多くなり、体が弱って介護が必要になる人も増えます。後期高齢者になると、医療機関を受診している人は8 割を超えるようになり、要介護認定を受けている人も同様の水準になります。
それだけではありません。国では増え続けている医療費の抑制のため、入院患者用のベッドを減らす方向に動いています。わが国の必要病床数はこの20年で30万床以上少なくなり、2025年には115~119 万床程度とする計画です。
そこで、医療や介護を必要とする高齢者・患者の受け皿として、在宅医療が推進されるようになっています。国でも、従来のような病院での外来(通院)医療、入院医療と併せて、自宅で治療・療養をする方々を支える在宅医療を拡充するため、さまざまな施策を行ってきています。
厚生労働省では、これからの超高齢社会に向けて、在宅医療で次の4つの医療機能を確保してくことが急務としています。
❶ 退院支援
❷ 日常の療養支援
❸ 急変時の対応
❹ 看取り
在宅医療を行う医療機関は増えている
実際に、在宅医療を行う医療機関は増えています。
特に地域の人々のかかりつけ医として診療を行っている病院、診療所、クリニックなどで、在宅医療の要素である定期訪問診療や臨時の往診を行う施設は増えています。厚生労働省の調査(2014 年)では診療所の22.4%、病院では31.7%が訪問診療を行っています。
また病院の医療ソーシャルワーカーやケアマネジャーなどが関わることで、病院で入院治療を受けた高齢者・患者を、退院時に在宅医療へとつなぐ流れもかなり増えてきています。
つまり、在宅医療の4つの機能のうち、❶の退院支援と、❷日常の療養支援(定期訪問診療、臨時の往診)は、本人や家族が希望すれば、実現しやすくなってきているといえます。
しかしながら、残りの❸緊急時の対応と❹看取りの機能については、医療機関によってかなり差があるのが実情です。
「24 時間対応」と「看取り」ができるところは限られる
当クリニックもこの「在宅療養支援診療所」として届け出をしていますが、在宅医療を手掛ける診療所全体のうち、この届け出をしている施設は約6 割にとどまっています(次ページグラフ参照)。残る約4 割は、24 時間の対応は行っていないことになります。
さらに、在宅での看取りに対応している診療所・病院はまだ非常に少なく、全体の5%前後ともいわれます。
ここからいえるのは、在宅医療を行う診療所は増えていても、「最期まで自宅で過ごす」を実現できるかどうかは、その医療機関の診療体制や方針に大きくかかっているということです。
さらに、在宅医療の「質」についても、同様のことがいえます。
在宅医療はもともと介護が必要な高齢者や、病気が進んできた人を対象とすることが大半です。こうした方々は時間とともに病状や要介護度が変わっていきますし、終末期に向けてはより手厚い医療・ケアが必要になります。
そうした方々が自宅で安心して生活を続けていくためには、病院の外来診療の延長で時々医師や看護師が家を訪問する、というだけではやはり不十分だと思います。
だんだん弱くなる患者さんとそれを見守るご家族を支援するためには、病院の医療とは本質的に異なる、より質の高い在宅医療が必要になります。
当クリニックは、在宅医療に特化した在宅療養支援診療所の1つとして、常に在宅医療の「質」という部分にこだわり、責任をもって医療・ケアを提供していきたいと考えています。
私たちクリニックが大事にしている点について、以下に順に説明したいと思います。
在宅医療の質❶ 「24 時間対応」にこだわる
要介護の人とご家族の生活では、いつ何があるかわかりません。その方々を支えるには24 時間365 日の診療が必要ですし、私たちはそれを実行することを大切にしています。
私の知るなかでは、開業医のうち24 時間365 日対応をしているのはほぼ唯一といってもいいと思います。実際にコールは毎晩のようにありますし、求めに応じて臨時の往診も多数あります。
具体的な数字でいうと、夜間帯の電話は1 日あたり平均3 回、月に90.7 回に上ります。電話を受けて医師または看護師が訪問した割合は、76.1%です。
これは私が在宅医療クリニックを開業した当初から、大事にしている部分です。30 代という在宅医としてはかなり若い年齢で開業をしたのは、患者さんが必要とするときにフットワークよく動ける、というのも大きな理由になっています。
現在は、グループ全体で私を含め常勤・非常勤の医師が50 人、看護師が25 人で、24 時間365 日の対応ができるように勤務体制を組んでいます。
本書の事例のなかでも書きましたが、やはり夜間に電話をするときは、「夜間に先生を起こしていいのか」とかなり気を遣うものです。電話をしていいかどうか迷いながら、それでも掛けてきたということは、それだけ心配しているということです。私たちはそうした患者さんやご家族の気持ちを汲み、積極的に訪問することを心掛けています。
実際に訪問して、医師や看護師の顔を見るだけでも患者さん・ご家族は安心されます。それも普段の信頼関係があるからこそで、見ず知らずの救急隊がやってきていきなり病院に運ばれるのとは、やはり意味が違います。
このような24 時間365 日対応により、当クリニックの患者さん(85 歳以上で平均要介護度3)の救急搬送利用率は8.1%と、静岡県の救急搬送率(65 歳以上の全人口)11.9%を大きく下回っています。
在宅医療の質❷ 「医療3 割、生活7 割」で生活を支える
在宅医療というと、家にいる人に医療を施すものと思われがちです。しかし、私たちの考える在宅医療は、医療は3 割程度に過ぎず、残りの7 割は生活をみることだと考えています。
年を取って心身が衰えた人や認知症が進んできた人、病院でのがんの治療を終えた人、こうした方々に対して現代の医療でできることは限られています。
むしろ過剰な治療は、本人に苦痛を与えることもありますし、入院したまま筋力低下で寝たきりにつながるなど、本人らしい生活を奪うことにもなりかねません。場合によっては、医療撤退という選択肢もあります。
しかし、病気が進んでも要介護になっても「その人がその人らしく自宅で過ごす」ために、できることはたくさんあります。その7割の生活を支えることを目的に、医療・介護の専門職が協働してチームでサポートすることを重視しています。
要介護度が高くなって誤嚥性肺炎を繰り返すような場合も、検査で炎症の数値だけを見て入院させるようなことはしていません。医師によっては「在宅でもしものことがあればどうするのか」という点ばかりを気にして、入院選択をする人もいます。
しかし、入院では肺炎の治療はできても、その人の大切な7 割の生活がすっぽりと抜け落ちてしまいます。その結果、肺炎が治っても認知症が進行する、筋力が衰えるなどして、自宅に戻ったときには患者さん自身の生活は失われていた、という悲しい結果も起こり得ます。さらにいえば、入院を機に二度と自宅へ戻れなくなってしまう人も珍しくありません。
だからこそ、肺炎などで治療が必要になったときには、在宅での生活を守りつつ治療をするという「在宅入院(124ページも参照)」をおすすめすることもよくあります。
肺炎を治すだけでなく、「患者さんが送るべき普通の生活に戻す」ところまでを、私たちは治療と考えています。
在宅医療の質❸ 一緒に寄り添い、一緒に悩む
在宅医療を選択される患者さんは、治療・入院などを経験されてから在宅医療に移行してくることがほとんどです。初診で在宅医療を始めたという人は、あまりおられません。
つまり在宅医療に入るまでにも、いろいろな病気と闘ってきた経緯があり、どこかの時点で「治らない」という事実に直面していることが多いものです。
このつらい現実を受け入れることは、本人にとっても、身近なご家族にとっても容易なことではありません。
自分や大切な人が徐々に弱っていく不安に耐えられず、「何か別に治療法があるのでは」という希望にすがりたくなることもあるでしょう。本人とご家族、またはご家族の間でも、今後の医療・ケアの方針について考え方が異なることも多々あります。
1 人の人の人生そのものに関わる難しい問題ですから、皆さんが悩むのは当然のことです。どんな人でも、どんなご家族でも、悩みや葛藤がないということはないと思います。
そうした難しい思いを抱えている方々に対し、私たちができるのは一人ひとりに寄り添い、一緒に悩むことです。
一緒に悩んで考え、そのときに選べる最善の道を進んでいくことしかできませんし、それでいいと私は思っています。
それは普段の療養もそうですし、看取りに向けての道のりも同じです。多くの患者さんに接している私たちが先々の展開を見越して“早過ぎる提案”をしても、本人やご家族は受け入れられないことがよくあります。
本人、ご家族の時間の流れに歩みを合わせながら、私たちも何度も訪問し、関わっているメンバーでたくさんの対話を繰り返し、皆が納得できる最適解へと向かっていくことが大事です。
在宅医療の質❹ 笑いのある看取り
在宅医療の実績としては、亡くなったときに1 回訪問するだけでも、私たちのように数十回以上訪問しても、看取り実績は同じ「1」というカウントになります。
しかし、あえて何度も患者さん宅に足を運び、患者さんやご家族の安心を支えていくという関わりは数字には表れませんが、在宅医療の「質」を表す重要な要素の1つです。そして、そのように皆で悩みながらともに最期の日々までを過ごしていくと、その後に「笑いのある看取り」を迎えられることがあります。
「笑いのある看取り」とは、できることをやり切ったようなときにご家族と在宅医療チームに生まれてくる自然な笑いのことです。
映画『ピア~まちをつなぐもの』では、闘病後に亡くなった母親の看取りをしたあとに、遺族であるお父さんと娘さんが笑っています。母親のご遺体を前にして医師が「きれいなお顔ですね」と声を掛けると、「先生、うちの奥さんに見とれないでください」とお父さんが返して、ワーッと笑いが起きる。これは最後のときまで一緒に闘い、力を尽くしてきた人たちだからこそ、できる会話であり、笑いだと思います。
私たちもそんな看取りを1つでも多く支援できたら、うれしく思います。
これからも皆さんに必要とされる質の高い医療・ケアを提供していけるよう、私たちも努力を続けていくつもりです。
引用:
『事例でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2021年6月1日
出版社:幻冬舎