おわりに
本書を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
私が一般の方々に広く在宅医療を知っていただきたいと思い、『1時間でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』を出版したのが2017 年のことです。
それから4 年が過ぎ、今回の書籍では事例を中心に、在宅医療のより具体的な姿をご紹介することを意識してみました。
在宅医療とはどのようなもので、どういう支援が受けられるのか。医療・介護の専門職のチームと本人・ご家族でどのように療養生活を送り、看取りまでを過ごしていくのか。
そうした在宅医療の実際の姿や、質の高い在宅医療というものについて、皆さんの知識・理解を深めるのに少しでもお役に立てばうれしく思います。
本書の最後に、少しだけ私自身のことも記しておきます。
私が在宅医療クリニックを開業したのは、5 年前の2016 年です。それ以前は、リウマチ膠原病内科医をしていました。
リウマチは、国内で60 万~100 万人が抱えているよく知られた慢性疾患ですが、難治性の病気の1つでもあります。治すというよりも、生涯にわたり病気をコントロールしていくのが医師の役割になります。
私がリウマチ膠原病内科医をしていた頃は、病院の医師は急性期の治療が終わると、その後の患者さんとの接点がなくなってしまうのが通例でした。
しかし私は退院後の患者さんのことが気になり、退院後の生活の質を保つために積極的に訪問診療に携わっていました。
そうしたなかで病院の「治す医療」のほかに、在宅医療が担う「支える医療」の大切さ、需要の多さを痛感したのです。
そしてまだまだ知られていない在宅医療という分野を少しでも広めたいと思うようになり、自分がそのお手伝いをできたらと考え、開業を決意しました。
実際に在宅医療を行うようになって、その人の人生の最期まで責任をもって寄り添える「支える医療」にやりがいを感じ、これこそが自分の目指す医療だという思いを強くしました。その思いは、今もまったく変わりはありません。
在宅医療をしているなかでも、私がいちばん好きな瞬間は、自宅で心からくつろいでいる患者さんの姿を見ることです。
病気は、人から自分らしさを奪います。
病気になり、病院で治療を受けると生活も一変してしまいます。食べるものも行動も制限され、自宅で好きな音楽を聴くとか、家族とテレビを見て他愛のない話をするとか、そうした何げない日常がすべて奪われてしまいます。
しかし、病院から家庭に帰ってきた患者さんたちは、皆さん一様に安心した表情になります。やっと自分が自分でいられる喜びと、愛する家族とともにいられる安心感があるのでしょう。
特に重い病気を抱えていたり、最終段階が近づいて死と向き合わざるを得なくなったりした患者さんは、人生の最後の日々のなかで、家族との時間を大切にされ、その愛情溢れる時間をとても愛おしんでいます。
もちろん、現実には穏やかな良い日ばかりではありません。
苦痛で機嫌良くいられない日も、不安で眠れない日もあるでしょう。苛立ちを周りにぶつけてしまったり、家族で頭を抱えたりする日もあると思います。終末期が近づいた患者さんでは、次第に生きることそのものに疑問を抱き、自らの人生の意味について疑問を抱くこともあると思います。
医療従事者である私たちには、その答えを出すことはできません。しかし患者さんの苦しみに共感し、その言葉に耳を傾けることはできます。そうして対話を繰り返すことで、患者さんは自分の人生を振り返り、自分を支えてくれた人たちの存在に感謝し、次第に自分の人生の価値を見いだしていくことがよくあります。
そういう過程に立ち会えること自体が、医師としても1 人の人間としても貴重な経験であり、私自身の成長の糧になっています。
最近、私が思うのは、長寿が当たり前になった現代人にとって、自分や大切な人の「衰え」や「死」を受け入れることは、以前より困難になっているのではないか、ということです。
特に宗教をもたない人が多い日本では、その傾向が強いかもしれません。宗教のような拠り所がないと、死の先は暗闇であり、死がすべての終わりと思えるのではないでしょうか。
それに対して宗教的な信仰をもつ患者さんは、死によって命が終わるとはとらえていないように感じます。死に向かう自分にも役割があり、死の向こうにも神のお導きがあると語られ、穏やかに最期を迎えられている印象です。
そういうさまざまな患者さんに日々接していると、人生の最終段階に寄り添う人は、必ずしも医療従事者である必要はないのかもしれないと考えることがあります。
宗教家もその1つかもしれませんし、緩和ケアの専門家が地域ごとに配置されるような動きもあるかもしれません。その意味では、今後、在宅医療の役割も変わっていくことも考えられます。
ただ現在の日本では、人生の最終盤に向かう人たちとその家族を支えるという役割を中心的に担っているのは、やはり在宅医療チームであるのは確かです。
多くの患者さん宅を駆け回る日々のなかで、私は、結局のところ、人はどんな状態であっても「1 日1 日を一生懸命生きる」ことが、最も重要なのではないかとも感じています。
また、新型コロナウイルスの流行によっても、私たちが命を考えるときの本質が、よりはっきりしたように思います。病院ではなく在宅を希望する人が増えたのは、病院で高度な最新医療が受けられることよりも、人生の最期には「家族に会える」「そばにいられる」ことが大切なのです。その思いに寄り添えるのは、やはり在宅医療です。
私にできることは限られていますが、これからも全力で患者さんとご家族に真摯に向き合っていきたいと思います。
引用:
『事例でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2021年6月1日
出版社:幻冬舎