高校生の質問④「お互いを理解し合うことって必要ですよね?」
【高校生からの質問】
高校生「多様性を尊重する社会をつくるためには、お互いを理解し合うことが欠かせないと思うのですが……」
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僕は、トランスジェンダー男性であり、性的マイノリティの1人ですが、みなさんに「理解してもらいたい」とは必ずしも思っていないんです。
もちろん、トランスジェンダーはどのような人たちなのか、事実を多くの人に知ってもらうことは大切だと思っています。でも、知ったからといって理解できないかもしれない。僕はそれも仕方ないと思っています。ただ、理解できなくていいので、「ああ、そうなのか」と否定しないでもらいたいのです。
「トランスジェンダーなんて、私は理解できないし認められない!」。そんな言葉をぶつけられたことは決して少なくありません。講演会の後、「トランスジェンダーなんて、やっぱりありえないと思うんですよね」と穏やかな口調で僕に話しかけてくる人も何人にいました。
そんなとき、私は「いや、困ります。理解してください!」とは言いません。自分とは違う人のことを知ったけれど、それでも理解できないという人たちに対して、僕は「今のあなたはそういう考えなんですね」と答えます。
そして、こう続けます。「理解してもらえなくてもいいと思っています。でも、否定しないでほしいです。そして、みんなに認められていることは、性的マイノリティにも認めてほしいと思っています」。
例えば、日本では、同性結婚はいまだに法的に認められていません(パートナーシップ制度を制定する自治体があるだけです)。異性愛者に認められている権利が、同性愛には認められない現状は、不平等です。異性愛者が同性愛者のことを理解できなくてもいいけれど、理解できないからといって制度がそのままというのは間違っていると僕は思います。
性の問題に限らず、人はいろいろな部分でみんな違います。違いを知って、理解し合えればそれは素晴らしいことです。でも、理解を待つわけにはいかないのです。理解できなくても、同じような権利が認められず、不平等が生じているのであれば、理解できなくても制度を変え、平等で公平な社会をつくりたいと僕は思っています。
お互いの違いを知り、理解し合うことって決して簡単なことではありません。金子みすゞの詩「私と小鳥と鈴と」に、「鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい」という一節があります。僕はこの詩を自分の講演会で取り上げ、こんなふうに問いかけます。
「『みんなちがって、みんないい』。とてもいい言葉ですよね。でも、みなさん、本当に『みんな違っていい』と思っていますか? 心の中では『私はみんなと一緒がいい』と思っていませんか?」
学校にも、自分が気づかないだけで、いろんな面で自分とは違う人がたくさんいます。みんな違うのは当たり前なんです。でも、高校生時代の僕がそうだったように、多くの人はその違いがバレないように気をつけながら生きている。理解してもらえるかどうか不安だし、理解しない人はやはりいるからです。
だから僕は、理解してもらうことを必ずしも求めません。ただ、理解できないものに出会ったとき、「ああ、この人は、そうなんだね」と否定しないでくれれば十分なのです。「ああ、あなたは、そうなんですね」と否定されない関係って、私だけでなく、だれにとっても心地よいものだと思うのですが、どうですか?
みなさんの学校にも、地域にも、いろんな面であなたと違う人が存在しています。その現実を知ってほしいし、自分と違う人に出会ったときに否定しないでほしいのです。そうでなければ、あなたと違う人は、この世に存在しないことになってしまいます。1人ひとりの尊厳、生きていく権利にかかわる大切なこととして心にとめていただきたいです。
多様性を尊重する社会をつくるためには、理解すること以上に、否定しないことが大切だと私は思っています。
〈次回の投稿は1月18日の予定です〉
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