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【子ども時代のちーちゃん④】私を悩ませた女子の言葉「ちーは、だれが好き?」

このnoteでは、女の子として生まれ、「ちいちゃん」と呼ばれて育ってきたかつての自分。男性として生き、「たっくん」と呼ばれ、福祉の専門家として働いている今の自分。LGBTQ当事者として、福祉の現場に立つ者として、「生」「性」そして「私らしさ」について思いを綴ります。(自己紹介もぜひご覧ください)
幼少期から思春期を経て、自立の時を迎える中で次第に大きくなっていく心と体の性の違和感。実のところ、それを振り返ることは簡単なことではありませんでした……。

*これまでのストーリーは下記からご覧いただけます!

小学校高学年になるころから、私の中の「性に関する興味」はだんだんと大きくなりました。そして、興味の対象は、身体上の異性ではなく、同性である「女性」であることを徐々に自覚していきした。

しかし、その興味が、女性の心から生まれているものであるという確信は持てませんでした。もしかすると、私の心は女性ではなく男性であり、女性に対する関心は男性の心から生まれているものではないのか? そんなふうに考えることもありました。

性自認はなかなか定まらないまま、私は中学校に進学しました。

中学生になってショックだったのは、小学生の時には男女の区別なく仲が良かった男友達と、急に疎遠になったことです。数か月前には一緒になって遊んでいた男の子に、それまでと同じように声をかけても、ろくに返事もしてくれず、つっけんどんな対応をされるようになったのです。

中学生になって、男子社会と女子社会に分かれてしまったこと、それもあっという間にそうなってしまったことは、本当に驚きでした。今思うと、みんなには「自分は男子」「私は女子」という自覚があったけれど、私にはそういう自覚がなかったののかもしれません。

当然のように私も女子グループの一員になり、話し相手は女子ばかりになっていきました。そして、話題はいつも「男の子」のこと。アイドルやクラスの男子について、「だれが好き?」と毎日のように聞かれます。

当時の私は身体的な性は女性でしたから、「だれが好きなの?」と聞いてくる女子たちは、私が「〇〇君」と男子の名前を挙げることを予想しています。でも、私が関心を持っていた対象、気になっていた存在は男子ではなく女子です。

とはいえ、「ちーが、好きなのは○○ちゃん!」と女の子の名前を挙げたらクラス中が大騒ぎになってしまうことは明らかです。だから、みんなの期待通りに男の子の名前を挙げるようにしていました。

親切でおせっかいな女子たちは、「ちーは、○○君が好きなんだ! じゃあ、告白しないと!」と私の背中をどんどん押してくれます。ほかの女子たちが頑張って告白しているのに、私だけ告白しないわけにもいきません。実は私は、中学校3年間でサッカー部のキャプテンのA君に4回告白し、4回断られています。

実際、A君とは仲がよく、一緒に帰ったりすることもありました。ただ、異性として好きなのかと言われればそうではなく、おしゃべりしたり、手をつないだりしたい女子が別にいました。でも、そのことを打ち明けるわけにはいかず、結局、私はいつも「A君が好き」「じゃあ、告白しないと!」を繰り返すことになったのです。

手をつなぎたい対象はA君ではなく、別の女子でしたが、それでも告白して、断られるとやはりそのたびに気落ちしました。「私はいったいだれが好きなのだろうか」と頭の中は混乱しました。でも、学校に行くとまた聞かれます。「ちーは、だれが好き?」と。

本当に好きな人のことを、みんなと同じように友達同士で打ち明けられないことは、苦しいことでした。

次回は、中学生のときに私が本当に好きだった女の子、私の気持ちを受け止めてくれた女の子のMちゃんとの時間を振り返ります。

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