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ノラ・ジョーンズ

昨晩、ノラ・ジョーンズ(以下NJ)のライブに行ってきた。

私にとっては3年ぶりのコンサート(ライブ)だ。本来なら最低でも1年に1回は何らかライブに行く事が多い。しかし、コロナ下に突入してライブ自体が行われなくなってからは「ライブに行く」という事自体、自分自身の楽しみのひとつから消えていたような気がする。コロナ対策としてライブ活動が禁止になったり、そこから人数の制限によって開催できるようになったりを経て、今やっと、以前のようにたくさんのパフォーマンスが再開されるようになった。

コンサートに舞台、ミュージカルに、コントに、サーカス。演者の人たちは本当に嬉しいだろう、そんな事を思ったし、生で演奏を聴く、そして憧れのスターを生で観れるという楽しみやワクワク感。こんなに胸が熱くなるものだっけ?NJの素晴らしいピアノと歌声を聴きながら、そんな思いが込み上げ、そして多くの観客と一緒に鑑賞する一体感も心を躍動させ、これもライブの醍醐味だ、と感じた。

また、外出に気を配る生活に慣れていたので、すごく久しぶりの人間の多さに驚いた。コロナ下で日頃「人ごみは避ける」の意識が身につきすぎているので、何だかちょっと変な罪悪感が湧いたりした。コロナ流行前には全く感じなかった感情。既に世界各国では、日本よりだいぶ元の生活様式に戻っているけれど、日本が元の生活様式に戻ったときには何を思うのだろう。

反面「これは良い」と感じるような良い事もあった!昨夜はライブハウスで行われたため、アリーナ席は本来ならオールスタンディングになると思うのだけど「オールシッティング」「オール座ってぃんぐ」(合ってるのだろうか??オールスタンディングの対義語を調べたらこんな風に出てきた、オール座ってぃんぐは誰か考えたようで、笑ってしまったし、納得してしまった)、全員が椅子に腰掛けての鑑賞だったので「前の人たちで見えないよー」という終始もやもやする焦ったさがなかった。足が痛くならなくて快適だった(翌日身体が痛くなるのも、楽しみのひとつだけど)。感染対策のため、拍手のみ、歓声も上げられないが、拍手で演者に感謝や敬意を伝えるのはそれはそれでとても素敵な事だなあと感じた。

とにかく、文芸というものが無くなったらば、人はどうなるのか?を大いに思い知らされた日だった。やっぱり音楽は最高の娯楽だし癒しだ。明日への活力だ。音楽に映画、絵画に文学、彫刻、建築、たくさんのアートがあるけれどそれは私たちの心を育むものだ。大変な世の中だけど、文芸を自由に楽しめる時代で良かったし、それにほんの少し以前の生活に戻りつつある日常に感謝したくなる。

NJのライブを鑑賞し、様々な思いが頭を巡り、単に楽しめただけではなく、いろんな気づきがあったり感慨深いもので合った。NJのライブチケット代は私の人生で一番良いお金の使い方だった、思い切り自負し、最高に嬉しくなった日だった。

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