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ギリシャ、サモス島でのワールドカップ

ワールドカップ2022がもうすぐ終わります。楽しい時間をありがとう。
W杯が始まると必ず思い出すことが2つあって、今日はその1つについて。

2010年W杯スペイン大会、日本対カメルーン戦。
私はそれをギリシャのサモス島にある「ピタゴラスホテル」という小さなペンションの、小さなテレビで見ていた。
サモス島は数学者ピタゴラスが生まれた地だ。

トルコのクシャダスという町からフェリーで1時間足らずで行けるサモス島には、約1ヶ月のトルコ旅行の途中で1泊だけ海を越えて寄り道した。
それにしても・・全部は到底書ききれないほどこの時のトルコ旅は変な旅で、終始時空がやや歪んでいるような、オールのないボートで引かれているような旅だった。後にも先にもあそこまで浮遊感のあった旅はない。

簡単に言えば、トルコに到着して早々商売上手なトルコ人に乗せられ、個人旅行に来ているはずなのに気づいたら20日ほどのトルコ周遊ツアーを組まされていたことが全ての元凶ではある。(トルコ人は本当に口が上手い)
この件については、戻らなかったデポジット、偽トルコエアラインスタッフ、変装して逃げた思い出、数々のトルコ人からのトラップ等、詳細を話すには一晩かかる・・ので割愛するが、とにもかくにも私たちは自分の意志とほぼ関係なく、気づけばサモス島に渡っていた。
日本を出てから16日目、旅も中盤で、出鼻を挫いた諸々のトラブルについての傷はようやく癒えており、この流されるような旅の楽しみ方も分かってきた頃だった。

サモス島に着くと1時間の移動といえどもそこにはトルコの喧騒はほぼなく、声をかけてくる人もおらず静かで優雅な時間が流れていて、国を越えたことを実感した。
青い地中海と白い壁と咲き乱れるたくさんの種類の花。イメージ通りのギリシャの島の美しい風景。
しかしサモス島は案外大きな島で、日差しは暑く、サモス島のことを何も知らない私たちは少しの散歩と昼寝の後、何をしていいか分からなくなった。

宿の目の前は美しいビーチで、トルコの洞窟で泳ぐかもしれないと思って持ってきた水着があったので、まあ海にでも入ってみますかとおずおずと着替えて海に入ってみた。
冷たくて気持ちいい。ビーチの石ころがかわいい。
浅瀬で浮いてみる。ゆらりゆらり。
・・・えーっと・・私は一体ここで何を・・・?
ふと感じた一抹の虚無感はとりあえず振り払ったが、日焼けも怖いので早々に退散して部屋に戻った。

だいたい経験上どこの国でも日本を離れて2週間ほど経つと少し日本が恋しくなるのだが、このトルコの旅はとりわけ日本に想いを残して旅立った旅で、序盤から終始私の魂は日本とトルコを行ったり来たりしていた。

シャワーを浴びベッドに腰掛けて濡れている髪をタオルでふきながら、狭いけれど清潔な、白、あるいは薄い水色の壁の明るい部屋で、何気なく壁にかかっていたテレビをつけてみると、W杯、日本対カメルーン戦がやっていたのだ。

そもそもW杯が開催されていることすら知らなかったし、普段は旅先でテレビを見ることもまずないのだけど、あ、日本の試合やってる、と思いそのまま見るともなしに見ていた。
テレビは見上げる形になる壁の上の方に斜めにつけられていて、本当に小さな画面で、小さく走る選手たちとフィールドの緑が外から入ってくる光と混じり合って、それはなんだか白日夢のようだった。

はっきりいってサモス島のことはほとんど記憶になく、今回写真を見返しても全く覚えていない場所がほとんどだったくらいなのだが、あの真っ昼間、ぼんやりとサッカーを見ていた部屋の映像だけは今でもはっきりと覚えている。
あの瞬間、私はめちゃくちゃ日本が恋しかった。
ほんの一時のことだったが、私の心は帰るべき場所にぐいっと引っ張られた。
日本人を見たからというわけではなく、ましてやW杯を日本で見たかったなんてこともないのだけれど、でもなぜだか。

その後、何度かのW杯の度に私は、あの人生一気ままだった若かりし頃から4の倍数分時間が経ったのだなあ・・と毎回思い、それからピタゴラスホテルの部屋と、波の音と、明るさと、迷子のような心細さを思い出す。

2週間で日本に帰りたくなるくせに旅人を名乗るのもなあと誰にともなく申し訳なく思うが、そうはいっても旅は人生だ。戻りたいからといって戻るわけにはいかない、二言はなしなのだ。
非日常が日常になる境目を飛び越えて、あっちとこっちで引っ張られながらそれでも進んでいく。
いつだって本当は帰りたいのを我慢して前に進むしかない日々は、今でも変わらないのかもしれない。

All Photography by 田中閑香

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