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【ひとはなぜ戦争をするのか】天才2人の戦争論

オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆

〜忘れ去られていた、天才2人による戦争論〜

アインシュタインとフロイトが「戦争」をテーマに書簡を交わしていた。
そんなものがあったのか、と僕はこの存在を知った時に驚いた。

20世紀を代表する物理学者と心理学者が書簡を交わしていた、というのに、その存在はほとんど聞いたことが無かった。

発端は1932年に国際連盟からアインシュタインへなされた依頼だ。
「今の文明で最も大事だと思われる事柄を取り上げ、1番意見を交換したい相手と書簡を交わしてください」
アインシュタインが取り上げたテーマは「ひとはなぜ戦争をするのか?」そして、その相手に選んだのはフロイト。

誰でも興味をそそられるであろう議論がずっと埋もれていたのにはわけがある。
それはナチズムの影響だ。
書簡が交わされた翌年、ナチス政権が生まれた。アインシュタインもフロイトもユダヤの血を引いていたため、アインシュタインはアメリカへ、フロイトはロンドンへそれぞれ亡命した。
往復書簡は公刊されたが、ナチズムの嵐の中で手に取る人間がおらず、忘れさられていった、というわけだ。

本書は日本で出版されたのが2000年だそうだ。戦争の世紀とも言われる20世紀を終えようとしている時に出版された。
21世紀になった今でも「イスラエル・ガザ戦争」や「ロシアのウクライナ侵攻」など、世界の戦争の気配は消えない。

人間は戦争をなくすことができるのだろうか?

本書から僕らが考えることはいくらでもある。


〜人間の攻撃性〜

さて、アインシュタインとフロイトの往復書簡、といいながら、実際はアインシュタインの手紙に対してフロイトが5倍ほどのボリュームで返信しているため、実のところ、フロイトの手紙が主な主題となってくる。
この2人のやりとりを簡単にまとめてみる。

さて、まずアインシュタインの問いはこうである。
戦争の問題を解決するためには、すべての国家が一致強力して一つの機関をつくり、そこに、国家間の問題についての立法と司法の権限を与えれば良い。しかし、そのような強い権限を持った機関の設立は困難である。すでに数多くの人が国際平和を実現しようとしたのに、いまだ平和は訪れていない。権力欲を持った人間と権力にすり寄り利益を得ようとする人間が平和を乱す。では、そうした少数の人間になぜ多くの国民が従ってしまうのか。
それは、「人間には本能的な欲求が潜んでいる。憎悪に駆られ、相手を絶滅させようとする欲求が!」あるからだ。人間の攻撃的な本性があるゆえに戦争はなくならない。
そうした結論を立ててアインシュタインはフロイトに問う。
「人間の心を特定の方向に導き、憎悪と破壊という心の病に冒されないようにすることはできるのか?」

フロイトはアインシュタインの説に概ね同意する形で、補足するように自身の説を唱える。
フロイトは、人間には「生の欲動」(エロス)と「死の欲動」(タナトス)の2つの欲動が備わっている、と考える。
そして、世界から戦争が無くならない理由として、人間が破壊を求めるタナトスを持っているからだ、とする。
(誤解の無いように言うと、エロスとタナトスはどちらが「善」でどちらが「悪」と決められるものでは無い。2つの欲動が互いを促進し合ったり、互いに対立することで生命の様々な現状が生まれ出てくる。2つの欲動は混ぜ合わさっていて、互いに必要不可欠なものなのである。)
生物である以上、エロスとタナトスが内面にあることは仕方がない。すなわち、人間から攻撃的な性質を取り除くことなど、できそうにもない!と言う結論になる。
しかし、議論の問題は、人間の攻撃性を戦争という形で発揮させなければ良い。戦争を克服する間接的な方法を見つけてやれば良い。
ひとつはエロスを呼び覚ませるために、人と人の間の感情と心の絆を作り上げること。もうひとつは文化の力、文化の発展である。
特に、文化の発展は知性を強め欲動をコントロールし始める。
文化の発展を促せば、戦争の終焉に向けて歩み出すことができる!
とフロイトは結論付ける。


〜「戦争が無い=世界平和」?〜

と、かなり大雑把に2人のやりとりをまとめてみたのだが、個人的になるほどと感じたのは、2人とも戦争の発生を国家や政治から発するものではなく、個人個人の攻撃性に焦点を当てているところだ。
人間が人間であるゆえに、攻撃性を抑えきれず戦争という形で現れてしまう、という結論は2人とも共通している。

また、文化の発展により戦争がなくなるだろう、というフロイトの結論は、以前読んだ「暴力の人類史」にもつながるように思える。
実際に、現代では文化レベルが発展したことで、各国の人々が「戦争は割に合わない」と気づき、世界大戦が勃発する危険は少なくなっている。
まさに第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の時代に交わされた書簡で、すでにそのことを予見していたフロイトの先見の明には驚きを隠せない。

しかし、世界が平和かと聞かれると、誰も「YES」とは答えられないだろう。今でも、世界では戦争がいくつもある。世界規模の戦争の脅威は非常に少なくなったとはいえ、まだまだ世界平和とはいえない。
それに、今の「世界大戦がない」状態も「経済的に割に合わない」からというのと、核兵器を保持する国から見るように「究極の暴力をもってして暴力を抑えている」状態に他ならないからだ。
そもそも、「戦争が無い=世界平和である」という式が成り立たないところまで、世界は複雑になっている。
戦争はたしかに減るだろう。直接的な暴力はたしかに減るだろう。
しかし、平和を感じる人は少ない。なぜなら、人間の攻撃性を人々は感じ続けているからだ。

戦争、というテーマから「真の平和とはなんだろう」というところまで僕は考えてしまった。
100ページほどの薄い本なので、世界平和を考える上でぜひ多くの人に読んでいただきたい。

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