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論文紹介 なぜ民主主義国は長期的な国際紛争で優位に立つことができたのか?

冷戦の終結がソ連の解体に終わったことは、20世紀の歴史で印象的な事件の一つでした。多くの研究者はこれは予見しがたい出来事だと考えましたが、一部の研究者は民主主義国が非民主主義国との紛争で勝利を収めるケースが少なくないことを認め、民主主義それ自体に何らかの戦略的優位性があるのではないかと考えるようになりました。

この説はさまざまな批判を受けましたが、同時に完全な的外れとは言えないことを裏付ける研究も報告されるようになりました。ここに取り上げたのは、この民主的優位(democratic advantage)の議論を基礎づけた代表的な研究です。

Kenneth A. Schultz and Barry R. Weingast (2003). The Democratic Advantage: Institutional Foundations of Financial Power in International Competition. International Organization, 57(1), pp. 3-42 doi:10.1017/S0020818303571065

この論文では、民主的制度を備えた国家は、そうではない国家よりも有利な条件で財源を調達できるために、長期戦を遂行する上で戦略的に優位を占めることができるとされています。この記事では、18世紀に繰り広げられたイギリスとフランスの紛争の歴史的分析を中心に、議論の一部を紹介してみたいと思います。

なぜ民主主義が戦略的優位に繋がるのか?

大国間の国際紛争は大小さまざまな戦争を繰り返しながら、何十年にもわたって続くことがあります。一方の国が優れた軍備を保有し、それを運用して決定的勝利を収めることができたとしても、その戦果は一時的なもので、それが直ちに戦略的優位を約束することはめったにないのです。著者らは、このような長期戦で国が戦略的優位を維持するための条件として、財政が非常に重要な要因だと論じています。

国家が国際紛争を遂行する費用を負担する方法は増税、国債の発行、貨幣の増刷という3種類に分かれます。財源を確保するために各国が選択した方法はさまざまですが、特に重要なのは国債の発行です。これは投資家から資金を調達する方法として近世のヨーロッパでは広く普及していました。

18世紀の哲学者イマヌエル・カントは国債こそが戦争の遂行に欠かせない手段であるので、国際平和を維持する上で規制すべきだと主張していましたが、それほど国債は戦時財源の調達で重要な措置になっていました(詳細は過去の記事「戦争の原因を探求した哲学者カントが常備軍と戦時国債の二つを禁止すべきだと主張した理由は?」を参照)。

国債にもさまざまな種類があるのですが、それは一定の期間内に返済することを約束した国の債務です。投資家がそれを購入し、一定の期間にわたって保有していると、将来的に元本だけでなく利息がついた金額を受け取ることができます。投資家に支払う利息は国の利子であるため、国は可能な限りそれを安く抑えたいと考えています。ただ、利子を抑えようとすると、国債を購入してくれる投資家が現れなくなるという問題も生じてきます。国に信用がなく、国債を購入しても利息どころか元金も戻ってこない可能性があると思われてしまえば、国債を購入する投資家は現れないでしょう。

つまり、国債の金利の水準はその国が資金を調達できる能力を反映していると言えます。そして、歴史上の民主主義国は非民主主義国に比べて低金利で国債の買い手を見つけることができたと著者らは述べています。これは議会を通じて国家の予算が管理されるようになると、国王や貴族の気まぐれによって予算や歳出が操作されにくくなり、透明性が確保されるためです。

民主主義の効果はそれだけではありません。非民主主義国の権力者はわずかな側近だけで政権を運営しているので、債務を履行しなくても地位が脅かされることはありません。いざとなれば投資家を裏切って債務を踏み倒すこともできます。投資家の立場から見れば、どれほど金利が高いとしても、そのような国の国債に手を出すリスクはあまりにも大きいと考えるでしょう。結果として、非民主主義国の権力者は国債を発行しても、資金を満足に調達できないことが考えられるのです。

ここで権力者が民主化を受け入れることに合理性が生まれます。民主化された政治制度は、特定の個人に権力が集中することを防止し、場合によっては法的手段で政権を退陣に追い込むこともできます。つまり、権力者にとって不利な政治システムですが、低金利の国債であっても安定的に財源調達を可能にするという意味で、民主主義は財政運営を長期的に安定させる効果があると言えます。

例えば、民主主義の要となる議会政治が発達したイギリスでは、絶対王政が発達したフランスに比べて債務不履行を宣言する確率が非常に低かったのですが、これは国が債務不履行を宣言する際に議会の承認が必要であったためであり、また議会を構成する議員も資産家階級で構成されていたためであると著者らは説明しています。

債務不履行はその国の金融システムを大規模な混乱状態へと追い込み、将来の国債発行を難しくします。債務不履行を政治的に阻止できるようになったことが、長期的に見れば民主主義国に戦略的優位をもたらしたと考えることができます。

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