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よいリーダーに頼らない組織論:『悪いヤツほど出世する』の紹介

アメリカのスタンフォード大学で経営学を教えているジェフリー・フェファー教授はリーダーシップ論に政治の視点を取り入れることを主張している研究者です。

日頃から国内外で繰り広げられる権力闘争を眺めている政治学者ならば、フェファーの議論は当たり前のことを繰り返しているだけだと思うかもしれません。しかし、フェファーの主な研究の対象は政府ではなく企業です。

フェファーの『悪いヤツほど出世する(Leadrship BS)』(2015)は単に社内政治の実態を描いているだけではありません。それを防止するためのメカニズムの必要についても議論しています。

ジェフリー・フェファー『悪いヤツほど出世する』村井章子訳、日本経済新聞出版社、2016年

序章 リーダー教育は、こうして失敗した
第1章 「リーダー神話」は、百害あって一利なし
第2章 謙虚――そもそも控えめなリーダーはいるのか?
第3章 自分らしさ――「本物のリーダー」への過信と誤解
第4章 誠実――リーダーは真実を語るべきか?(そして語っているか?)
第5章 信頼――上司を信じてよいものか
第6章 思いやり――リーダーは最後に食べる?
第7章 自分の身は自分で守れ
第8章 リーダー神話を捨て、真実に耐える

一般的にリーダーには集団に指示を与え、導くことで、集団の利益を最大化することが期待されています。しかし、現実のリーダーは個人としての利益を最大化するために行動する傾向の方が強く、この二つの相反する要求が対立する場合は、自分の利益を追求すると著者は論じています。事実、そのように行動することを想定した方が実際の企業の最高経営責任者(chief executive officer, CEO)の行動をよく説明できると著者は述べています。

「組織の利益とリーダーの利益は一致することがリーダーシップという理念の大前提とになっており、多くの人がそう信じている。だがそういうケースはめったにない。もし読者が100年ほど冬眠して目覚めたら、大勢のCEOや取締役会が会社を破滅に追いやりながら、当のCEOは結構な退職金を頂戴して他社に転じ、取締役たちの大半は安泰である(さらには他社の取締役を兼任している)ことにびっくりするだろう」(41頁)

著者は一例としてドナルド・トランプを取り上げています。トランプの強引な経営手法には多くの専門家から批判が浴びせられており、イェール大学で経営学を教える教授もトランプを取り上げて「あんなものは偉大なリーダーシップのモデルとは言えない」と辛らつに述べていました(同上、97頁)。しかし、トランプが経営者として強力なブランドを築いたことは確かです(同上、98頁)。

彼が経営するカジノは破産しており、トランプの経営者としての実績には疑問が残ります。それにもかかわらず、彼はメディアの注目を集める手法を駆使し、アメリカ大統領に就任しました。このことを踏まえれば、彼の自己中心性、周囲の反発や批判に物おじしない姿勢を支持し、進んで従おうとする人々が一定数いたことを認める必要があります。もしリーダーシップを発揮したいのであれば、謙虚さを示すよりも、ナルシストとして自己宣伝に努めた方が基本的には有利であるというのが著者の立場です。

「ある調査によると、ナルシシズムはじつは一時的に人に好かれる可能性が高いという。ナルシストが発散するはなやかさや外向性に周囲の人は眩惑されるからだ。またナルシストは、公開のコンテストや競争的な仕事などでは思う存分強みを発揮する」(112頁)

著者が紹介している別の調査で、ハイテク業界の主要32社の社員に自社CEOのパーソナリティ特性を評価させるアンケートを行ったものがあり、その結果からCEOのナルシストが強くなるほど、彼らが受け取っている報酬の水準、保有する自社株の時価総額が高くなる傾向があること、しかもCEOとしての在任期間も長くなることが分かっています(118-9頁)。

ナルシストのパーソナリティ傾向を持つ人々が組織のCEOとして権力を握るのであれば、彼らが従業員の利益を軽視した経営を行う傾向があることは当然のことだと言えます。1956年にアメリカの企業のCEOの報酬水準は一般社員の20倍程度でしたが、1996年には200倍を上回りました(223頁)。もちろん、一般社員の報酬がこれほどの速さで伸びることはありません。

別の調査ではCEOの報酬は企業の業績とは無関係に上昇する傾向にあることも判明しています(同上)。彼らは業績が好調な理由は自分の実力であると主張しますが、業績が不調だと外部環境の要因、あるいは現場に責任を押し付けて自分は責任をとろうとはしません(228-9頁)。これは外部からCEOを登用することが多いケースで特によく見られるとも指摘されています。

もし長期的観点で企業の経営を考えるためには、組織のためではなく、自分のために行動する有害なリーダーを排除する仕組みが必要であることは明らかです。この点についても著者はいくつかの提案を行っています。例えば、人事に民主主義のメカニズムを取り入れる方法があり、幹部の人事評価に直属の部下の評価を取り入れることはその一種です(231頁)。もし部下の評価で有害なリーダーだと判明すれば、そのリーダーを躊躇なく交代させる用意が組織になければなりません。

もし自分の評価に上司の判断だけでなく部下の判断も関係していることを知れば、不必要に部下の利益に反する行動をとることを制度として抑制できるでしょう。もし彼が本心でそれを望まないとしても、部下の利益を尊重させることが期待されます。それ以外にも、現場の業務を体験することを必須とすること、生え抜きの社員を抜擢することなども対策として提案されています。

法律事務所、会計事務所などのパートナーシップ形式の組織ではリーダーを投票によって選ぶことがありますが、企業ではむしろ非民主的な指名の方式が好まれており、それは大きな謎であると著者は述べています。著者は可能な限り決定権を特定の個人に集約させない方が望ましいと主張しており、また社員に自社の株式を持たせることや、労働者に交渉の権限を付与することの意義を説いています(255頁)。そのような仕組みがなければ、リーダーが自己利益に走るのは時間の問題でしょう。

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