秋田県の最恐ご当地怪談集『秋田怪談』(鶴乃大助、卯ちり、戦狐)著者コメント&収録話「通町橋の男」全文掲載
秋田県の最恐ご当地怪談集
あらすじ・内容
北秋田市◆祭りで撮れた不可解な写真
秋田市◆飲み屋街に出る白装束の男
男鹿市◆深夜見た都市伝説のアレ
横手市◆トンネルに現れる謎の警官
仙北市◆秋田藩の公的河童目撃録
由利本荘市◆通夜の日のぴんぽんおばけ ……ほか
秋田県に所縁のある鶴乃大助、卯ちり、戦狐が秋田の各地を巡り土地の人々から聞き集めた秋田の怪異奇譚集。
・家に続く不幸の理由は、敷地内の郷土神を祀る社が荒れたせいなのか…「みよしさん」(由利本荘市)
・大太鼓祭りで撮れた不可解な写真、その行方は…「ポラロイド写真」(北秋田市)
・座敷ワラシのいると言われる部屋に宿泊してみたら…「禍福は糾える縄の如し」(大仙市)
・歓楽街・川反で飲んだ帰りに髷を結ったいで立ちの男と目が合い…「通町橋の男」(秋田市)
――ほか、仙北の河童やナマハゲ、妖狐など、怪奇伝承から妖怪話、曰くある代物云々…奇々怪々な秋田がここにある。
著者コメント
試し読み1話
通町橋の男 (秋田市)
秋田市に出張で訪れていた会社員の土屋さんは、取引先との契約を終え、秋田支店の社員と秋田の歓楽街「川反」で契約成立の祝杯を挙げていた。
タクシーで送るという支店社員の誘いを断り、酔い覚ましにホテルまで旭川沿いを歩く。
竿灯まつりを終えた秋田の街は、夜風に秋の気配を感じる。
次の橋を渡れば、ホテルという辺りまで来た時だった。
柳並木の歩道に、周囲の風景とは異質な装いの人物が佇んでいるのが見えた。
髷を結った白装束の男――。
(あ! 見ちまった)
土屋さんは時折、この世の者でない人たちを見る。
面倒は御免と気づかれぬ様、その場を足早に立ち去り、ホテルへ繋がる橋を渡る。
(やべえ、タバコ買い忘れてた)
ホテルへ戻る前に近くのコンビニで買い物を済ます。
タバコとペットボトル飲料の入った袋を手に提げ店を出ると、目の前に数名の酔客の後ろを歩く白装束の男と出会した。
――思わず驚いちまったんですよ。
すると、白装束の男と土屋さんは、目が合ってしまった。
――すぐに目を逸らしたんですけどね……。
ホテルに戻った土屋さんは、一日の最後に怪しい者を見た後味の悪さのままベッドに潜り込んだ。
どれぐらい眠っただろうか、寝苦しさを感じて目を覚ます。
(喉が渇いた……)
飲酒のせいか水分が欲しい。
冷蔵庫にあるペットボトルを取り出そうと起き上がった――。
(何かいる……)
薄暗い客室の中、いつも怪しき体験をするとき特有の気配を感じた。
(いるとすればベッド脇のテーブルの辺りか?)
ゆっくりと横を見てみると、白装束の男がいた――。
なにか物言いたげそうに土屋さんを見つめる男。
「オレ、何もできないよ」
土屋さんが小声でそう告げると、白装束の男は透けるように消え去ったという。
*
秋田怪談の取材をはじめたころだった。秋田市川反のバーで開催された「五丁目橋怪談会」において、会を主幸するKさんが興味深い話を語っていた。
タクシー運転手の間で深夜、旭川沿いの柳並木を走っていると、短刀を握りしめた白装束姿の侍らしき男が正座しているという目撃例が多くある。
この話を聞いて私は打ち上げの席でKさんに、土屋さんの体験談を話してみた。
――そうですか。もしかしたら何か関連あるかもしれませんね。
白装束、目撃場所と一致する点が多いことについてKさんと話していると、秋田の郷土資料の中から、気になる事件があると教えてくれた。
その事件とは――。
江戸中期の安政四年、土崎湊で米問屋を営む間杉屋の嫡男、辰蔵が旭川に架かる通町橋の上で久保田城(現・千秋公園)の方角を向き、腹を十字に割いて自死している。
辰蔵が城を向いて割腹自殺をしたのには、こんな理由があった。
久保田藩は度重なる参勤交代で疲弊し、藩主佐竹義敦が江戸より秋田へ戻れぬ事態が起きた。そこで藩より金策を命じられたのが辰蔵であった。
辰蔵は奔走し、大阪の取引先から米を渡す約束で何とか一万両(米一万九百相当)の用立てに成功、藩主は無事に江戸から秋田へと戻ることができた。
ところが、藩は辰蔵へ約束の返済分の米を渡すことはなかった。結局、辰蔵は多額の借金を返すことが出来ないことを苦に自死を選んだのだという。
――この辰蔵が今でも、あの界隈に現れているのかも、と思うんですよね。
土屋さんが見た白装束の男は、何かを訴えるような顔をしていた。もし、その男が辰蔵なら訴えたいことは、山ほどあっただろう。
――その土屋さんが見た男も、もしかしたら辰蔵なのかもしれませんね。
ローカルな都市伝説と実話怪談が結びついたような気がした。
Kさんとの怪談考察は、その後もしばらく続いた。
その日は私も会場の五丁目橋のバーから、ほろ酔い気分で夜風にあたりながら旭川沿いを歩いてみた。
無念の辰蔵に会えないかと思って――。
―了―
著者紹介
鶴乃大助 (つるの・だいすけ)
怪談好きが高じて、イタコやカミサマといった地元のシャーマンと交流を持つ。いかつい怪談ロックンローラー。弘前乃怪実行委員会メンバーであり、津軽弁による怪談イベントなどを県内外で精力的に行う。
共著に『青森怪談 弘前乃怪』『奥羽怪談』『奥羽怪談 鬼多國ノ怪』など。
卯ちり (うちり)
秋田県出身。2019年より怪談の蒐集を開始し、執筆と怪談語りの双方で活動。共著に『呪術怪談』『奥羽怪談 鬼多國ノ怪』『実話奇彩 怪談散華』『投稿 瞬殺怪談』、出演に『怪談のシーハナ聞かせてよ。第弐章』『圓山町怪談倶楽部』等。
戦狐 (いくさぎつね)
妖怪伝承探索人。秋田県生まれ。妖怪の他には日本狼伝承、アイヌ玉などについても資料蒐集している。サークル『胡仙廟』にてTwitterアカウント『秋田妖怪蒐異(@akitayoukaisyui)』及び『呪符東西録(@zyuhuroku)』を運営。著書に投稿した伝承をまとめた『秋田妖怪蒐異シリーズ』1~3巻。共著に『日本怪異妖怪事典 東北』(笠間書院)がある。秋田県内の妖怪談を絶賛募集中。