霊に侵蝕された一家の辿る運命を追う不吉な実話怪談!『「弔」怖い話 六文銭の店』紹介&試し読み
千歳に実在した死を呼ぶ店。
あの最恐物件・円形マンションに連なるさらなる忌み地を徹底取材!
あらすじ・内容
千歳に実在した死を呼ぶ店。
あの最恐物件・円形マンションに連なるさらなる忌み地を徹底取材。
霊に侵蝕された一家の辿る運命を追う不吉な実話怪談!
実話怪談のレジェンド、「超」怖い話シリーズ四代目編著者が長きに亘る取材で丹念に証言を聞き集め、怪の全貌を明らかにする渾身の実話怪談集。
●雨の山で聞こえた〈みぃつけた〉の声。
不穏な空気に下山を試みるも帰り道が…「隠しんぼ」
●不慮の事故で客死した友人を悼むうちにとり憑かれた己のものではない悔悟の念。気がつくと右手が…「去りゆく君へ」
●市営アパートの寝室でふと目を覚ますと箪笥の脇に座っていた青い男。
夢かと思ったが引っ越し先で奇妙な符合が…「夢のまた夢」
●一家の父の暴力から逃れて母子がたどり着いた長屋で起きる怪。
押し入れの天井に書かれていたのは…「親子のすむ家」
●千歳の最恐スポット「円形マンション」の周辺で起きていた更なる怪現象。呪われた店の顚末を記した「六文銭の店」
……他、渾身の24話!
著者コメント
試し読み
「観光地には昼間に行け」
友人に連れ出された。
「こんな夜中に連れ出してどうしようっての」
「こんな夜中しか時間取れねんだよ。遊びに行こうよぉ」
こんな夜中なので、遊びに行ける先も限られている。店はやってないし、時間の合うような友達もいそうにない。
となれば、することはドライブ。
ドライブと称して、何処とも決めずに真っ暗な道路を走り回るだけの憂さ晴らしである。
地方在住だと車がなければ生活できないが、毎日職場と自宅を行き帰りするだけで同じルートばかり走るのには飽き飽きしている。
出勤時間や客先への待ち合わせ時間を気にして走るのではない、ただただ普段行かないようなところに行く、そこに行くまでの行程を楽しみたい。
「だってよお。こんな夜中に付き合ってくれるような奴、他にいねえんだよお」
当時、友人は独身、自分も独身、仕事はあっても彼女はない。
友人も自分も、仕事終わりはいつだって午前様という有様だったので、何だか憂さ晴らしをしたかった、という気持ちは痛いほどに分かる。
と、うっかり答えてしまったものだから、「そうだろうそうだろう、おまえは分かってくれると思っていた」と、友人の車の助手席に詰め込まれた。
〈何処へ行こうか〉〈何処でもいいよ〉という、倦怠期のカップルのような会話の後、友人は言った。
「じゃあさ、観光地行こうぜ観光地」
車中で馬鹿話を繰り広げつつも向かった先は、国道に沿った山中にある湖だった。
ちょっとしたキャンプ場があって、バンガローコテージだのBBQ場だのが並ぶ。
湖で獲れた淡水魚を塩焼きにして食べさせるお食事処があり、貸しボートがあってカップルのデートにも困らない。
なるほど観光地。
人もたくさんいて、店も賑わっているのだろう。昼間ならば。
如何せん真夜中であるので、人の気配は一切なかった。
店の類には全てシャッターが下ろされ、或いはトタンの鎧戸で塞がれている。
シーズンを外れた平日であるせいか、バンガローにすら明かりはない。
「観光地だなあ」
「……ああ、昼間に来るべき観光地だな」
ずっとハンドルを握ってきた友人が〈疲れちまったから休憩しよ休憩〉とゴネて、車を湖畔の駐車場に駐めた。
エンジンを切って、シートを少し倒した友人は、伸びをしながら言った。
「……ところでさあ。ここ、〈出る〉って噂あるらしいじゃん」
「こういう時間帯にそういう話振る?」
「こういう時間帯だからいいんじゃん。雰囲気出て。何かないのそういう話」
夜中に連れ出しておいてそれかよ、と思った。
そして、少し前に先輩から聞かされた話を思い出していた。
*
先輩も自分達同様に地方在住の独身社会人だった。 要するに、車はあるが連れ回して許される特定の彼女はいない。と、そういうことだ。 しかしながら、ちょっと仲良くしている気の合う友人ならいた。 自分と違うのは、その「気の合う友人」というのが女性だったことだ。 しかしながら、それは彼女ではなかった。 フリーだと言っていたし、飯や遊びに声を掛ければ付き合ってくれる。 だが、何というのか〈友人以上彼女未満〉という奴で、踏み込んだ関係或いは互いを独占し合うような関係には、まだなっていなかった。 仕事終わりの夜中に〈ドライブ行こうぜ!〉と誘って、〈いいね!〉とホイホイ付き合ってくれるのだから、脈はあるはず。そのはずなのだ。 ということで、ぼちぼちこの〈友人以上彼女未満&友人以上彼氏未満〉という関係に終止符を打ってもいい頃合いなのでは! と先輩は覚悟を決めた。今夜の彼のドライブにはそんな思惑がある。 何しろ、今夜は天気がいい。 街中を離れれば空気も綺麗で星空も綺麗だろう。 できることなら、その気になってくれそうなシチュエーションで、尚且つあまり人がいない場所がいい。人気のない場所に車で連れていく、逃げ出しにくい条件を作るというのもちょっとズルい気がしたが、きっと許してくれるだろう。 星空の下、ギャラリーがいなさそうな場所で告白。これでいこう。 ハンドルを握りながら、先輩は考えた。 この近辺で光源があまりなさそうな町明かりから遠い場所で、尚且つ車で行けて、そこそこ人がいなくて雰囲気がロマンティックで星空が綺麗に見える場所、って何処だ。 この国道をずっと先まで行けば星空が綺麗に見えるスポットは幾らでもあるのだが、その辺りは走り屋が多い。真夜中であろうとなかろうと、峠道でブンブンキーキーとタイヤを鳴らすことだけが生き甲斐のようなヤンチャな連中である。 そんな連中がたむろするような場所に、彼女未満とはいえ女連れで行くのはあまりよろしくない。 が、そこより手前のあの湖ならどうだ。 昼間はアウトドアレジャー施設で賑わい観光地然としているが、夜なら人気もないだろうし、走り屋の本拠地はそこからまだ大分先のほうである。 夜の湖なら周囲は開けていて明かりもなく、星空もよく見えるはずだ。 ただ、〈出るらしい〉という噂を小耳に挟んではいた。 何が、どういうものが、という話はあまり興味がないので詳しくは知らないが、だとすると肝試しの連中に出くわすことがあるかもしれない。 どうする――? 逡巡したが、平日の夜中ならそんな暇人も来ないだろう、と先輩は結論付けた。〈出るかもしれない〉のほうについては全く気にしていなかった。 先輩は〈見えないものはいないのと同じ〉という信念の持ち主であった。 霊感とやらはないし、いないものに怯えても仕方がない。 見えないのだから信じるもへったくれもない。 ということで、湖へ向かう国道に向けてハンドルを切った。
国道からお食事処に併設された駐車場に車を乗り入れた。
明かりらしい明かりと言えば、自販機くらい。
先客は特にないようで、駐車場には先輩の車以外に一台もない。
〈勝った――も同然!〉
と思った。
ドアを開けて車外に出る。
風は然程なかったが、開けた湖面を滑ってきた冷たい空気が頬を撫でていく。
見上げるとそこには満天の星空が広がっていた。
日頃、明かりの多い街中で過ごしていると、空の星など数えるほどしかないような錯覚に囚われるが、光源の殆どない山の中で見る星空を前にすると、その錯覚が吹き飛ぶ。
星座を繋いで探そうにも見失いかけるほどの、星、星、星。
「おおっ、星凄いな」
先輩が思わず呟くと、彼女未満の友人も車から出てきた。
「おー、ほんとだ。凄いね、星」
見上げた星空を褒める言葉が続かない。星に飲まれるとはこのことか。
彼女未満の友人が先輩の隣に並ぶ。
「うわ、寒」
湖から不意に吹きつけてきた風に身震いして、二人は互いに身を寄せた。
身体の距離はゼロ距離である。心の距離もほぼゼロと言っていい気がする。
彼女未満の体温を感じながら、先輩は思った。
〈これはもう、彼女未満じゃなく、彼女予定でよくない? 何なら、もう彼女って認識でもよくない?〉
いやいや、言葉にしなければ。
このチャンスを逃すと、もう後はないんじゃないかな。
先輩は覚悟を決めた。
「あの、さあ」
彼女予定の友人に声を掛ける。
この雰囲気ならいける、と思った。
彼女予定の友人は湖を見つめたままである。
反応なし。
いや、俺の声を聞き漏らしただけかもしれない。ぼんやりしていたとかそういう。
「あのさ、えっと……」
やはり反応なし。彼女予定は無言である。
「あの……聞いて?」
三度、そう声を掛けると、彼女予定は先輩を振り返った。
表情が強張っている。
違ったか? 今じゃなかったか?
しくじったか? という気分に先輩の脳内が支配されかけたそのとき、彼女予定は小声で言った。
「今の見た?」
「え?」
「聞こえてる? 湖のほう、見た?」
「何? どうした?」
彼女予定の意図が分からず、聞き返す。
「湖のほうに光が点いて、それから消えたんだけど。湖の真ん中辺りで」
湖の反対側に道路はなく民家も店もない。
そして深夜である。
先輩はあり得べき可能性を考え、言った。
「気のせいじゃない? 何処かの道路灯か誰かのヘッドライトが反射したとか、でなければ、夜釣りの釣り人がボート出してるとか」
怖がる彼女予定を宥めて、無難に〈なあんだ〉と得心できそうな口実を並べた。
先輩は見えないものは信じない。
だから、〈出る〉という話も真に受けていない。
怖がる彼女予定に男らしさも見せつけたい。
こうしたシチュエーションに出くわしたとき、女性は「九割九分何もいないかもしれないが、残りの一分に何かいるかもしれない」と考えてその可能性に怯え警戒する。
そして男性は「九割九分何もいないだろうから、残りの一分の可能性もゼロにできる」と考えて不安を解消して安心を得ようとする。
例外はあるのだろうが、どうにもそのように行動しがちである。
――そして、先輩も彼女が指し示す湖を確かめようとした。
そのとき。
ガサガサガサガサ、ガサガサガサガサガサガサガサガサ、ガサガサガサ!!
湖のほうから樹々を揺らす音が聞こえた。
駐車場は湖より一段高い場所にあり、湖を樹々と藪がぐるりと囲んでいる。
音はそこから聞こえていた。
生き物が、樹々の間を歩いている。
藪を漕いでいる。
枝を揺らしている。
概ねそういう音であるように思えた。
「……あの音、何?」
彼女予定の表情は、硬く強張っていた。
あっ、これは俺が問われているんだな。
彼女予定を安心させるような、そういうことを言わなければ。
先輩も突然の物音に少し驚いていたのだが、平静を装い強がった。
「あ、うん。野生動物じゃないかな。鳥とか、狸とかそういう」
できるだけ、遭遇しても怖くなさそうな、対処できそうな大きさの動物を挙げる間にも、物音は続いていた。
ガサガサガサッ。
パキッ。
バザッ。バザバザバザ……バキン。
動き回るその物音が、少なくとも鳥ではないことは明らかだった。
鳥は、枝を踏み折らない。
狸なら藪は漕ぐかもしれないが、やはり枝を踏み折らない。
音がするのだから、たぶん生き物だろう。だが、相応にでかい動物なのではないか。
このへんに熊が出るという話は聞いたことがない。
鹿や猪はいるかもしれないが、遭遇したことはない。
奴等は夜行性か? いや、彼女予定を守り切れるか?
そう考える間にも、音は先輩と彼女予定のいる場所に近付いてきた。
枝を折り払いながら藪を漕いでいるであろうそいつは、あともう少しすると駐車場の縁に辿り着く。
白い手摺りで仕切られてはいるが、それは柵でも壁でも何でもない。
そんな手摺りを野生動物が乗り越えてくることに、何の障害もない。
この辺りまで来ると、先ほどから聞こえているこの物音が、〈足音〉であることは明確に分かった。恐らくは、二足歩行の。
足元、駐車場と真っ暗な闇に連なる藪の、その境界近くにそれは現れた。
顔。
顔が見える。
足音のする方向の、その闇の中に女の顔がぽつりと浮かんでいる。
妙に色が白い。
辺りに光源はなく、星を見るため車のライトは消していて、先輩達も手ぶらである。
明かりが何処にもないのに、女の顔は白々と闇に浮かび上がっている。
髪は、分からない。闇に溶けてしまっているからだ。
「あれ……おい、あれ」
「うん。顔、だよね。あれ」
先輩が呻き、彼女予定も答えた。
二人とも、同じものを見ている。
先輩は〈そういうもの〉はこれまでに見えた試しがないから、存在を信じていないし、そんな特別な能力は端からないものと確信している。
でも顔はある。
ということは、それは確かに存在している、ということだ。
だから、生きている人間なのではないか、と少し安堵した。
女の顔は、少し大きくなった。
生きている人間の顔が膨張するはずはない。ということは。
「ねえ、あれ……あの顔、近付いてきてない?」
「そ、そそ、そうだな」
生きているのだから、大したことはないはずだ。そうであるはずだと思いたいのに、不安が湧き上がる。
先輩は、次第に大きくなる顔から目が離せなくなっていた。
野生の熊と近距離でいきなり遭遇したら、死んだふりはNGなのだそうだ。奴等は、人間の下手くそな演技などに付き合ってはくれないからだ。
そして、背中を向けて逃げるのもNGなのだそうだ。熊から視線を外し、視界から熊を見失って奴等に背中を向けた瞬間、背後から襲われるからだ。
この場合の正解は、「決して視線を外さず、ゆっくり背後に下がって十分に距離を取る」である。
そして、眼前の女の顔にも何故かそれに近いものを感じていた。
この顔から目を離した瞬間に、襲われるような気がしていた。
そうしている間にも、女の顔は大きくなった。
人間? 人間だよな?
一度は安堵したはずなのだが、その安堵が揺らいできた。
女は近付いてきている。
が、それを差し引いても行きすぎなくらいに、顔が大きくなってきている。
顔に続いて腕が見えた。
衣服や髪は闇に溶けて相変わらず見えないのに、顔と腕だけはくっきり浮かび上がっている。
女の顔は、ゆっくりと、しかし確実に駐車場に這い上がろうとしていた。
腕は長かった。
手首から肘までが長く、肘から肩口までが長い。
肩から先は見えないが、それにしてもやたらと長い。
髪はやはり見えないのだが、髪があることは分かった。
顔の額近くに髪の生え際が見えてきたからだ。
表情はない。
口元は半開きである。
しかし、歯も舌も、何なら唇さえもあるのかどうかすらよく分からなかった。
顔の、顎に近いところに穴が空いている、というほうが近い。
目も真っ黒だった。
白目がない、というより、眼球があるのかどうかも疑わしかった。
実は目元も穴が空いているだけなのかもしれなかった。
人間は、白目があるせいで黒目の向いている位置が分かる。それのおかげで、どちらを見ているか、視線の先を類推できる。
対して動物の目は白目が見えない。つぶらな黒目は可愛くも思えるが、あれは敵に対して自分の視線の方向を悟られないための進化であるという。
白目のない、黒目も分からない、まして目があるのかどうかも分からない真っ暗な穴は、視線も感情も読み取りようがなかった。
それでも先輩は確信していた。
こいつは、俺達を見ている。
見られていることに勘付いても動けない。
見据えられ、射すくめられたかのようで、立ち尽くしたまま魅入られている。
声すら出ない。
女の顔と白い腕が、手摺りを掴んだ。
「ふぅわああ。あああぁああぁ」
頓狂な声が上がった。
彼女予定が、空気の抜けたような声を絞り出していた。
悲鳴を上げようとしていたのかもしれないが、そこまでの大声にも金切り声にも至らなかった。
それでも、先輩が我に返るには十分だった。
先輩は彼女予定の腕を取って、車に向かって駆け出した。
助手席に彼女予定を押し込み、自分も運転席に転がり込む。
シートベルトなんか、後でいい。
とにかく、ここから離れること。
エンジンを掛け、アクセルを踏みこむ。
ハンドルを回すと、タイヤがアスファルトを噛んで〈キキキキ〉と耳障りな音を出す。
まるで走り屋みたいだな、と思った。
駐車場から国道へ飛び出すとき、先輩は一瞬ルームミラーを覗いた。
覗いてしまった。
ミラーの中には寸前まで先輩と彼女予定が並んで星を見ていた場所が映っていた。
そこに腕が見えた。
手首があって、肘関節が一つ。肩から先は見えない。
その白く細長い腕は、手摺りを超えて高く腕を突き上げていた。
人間の腕の長さを大分超えた、腕と呼ぶには常軌を逸した長すぎる腕。
それが駐車場の一角にゆらゆら揺れている。
顔はもう見えなかった。
*
「……っていう話なんだが。先輩と彼女未満の人がその後どうなったかは、聞いてない」「何だよそれ。てか、それってここ? ここの湖の、この駐車場? マジかよ」 友人がはしゃぎ気味に言い終える前に、湖側の藪の中から物音が聞こえ始めた。 ガサガサガサガサ、ガサガサガサガサガサガサガサガサ、ガサガサガサ!! パキン。パキパキ。 ザスッ、ザスッ、ザスッ。 藪の中を何かが移動する音、である。〈これはきっと、野生動物か何かで。いや、たぶんそう。そうじゃないかな〉 友人と二人、我々は何も言わずとも心が通じ合った。 友人はギアをバックに入れて、アクセルを力一杯踏みこみ、車体を振りながら向きを変えて駐車場から国道に出た。 ルームミラーは見なかった。
ー了ー
◎著者紹介
加藤一 Hajime Kato
1967年静岡県生まれ。O型。獅子座。人気実話怪談シリーズ『「超」怖い話』4代目編著者として、冬版を担当。また新人発掘を目的とした実話怪談コンテスト「超-1」を企画主宰、そこから生まれたレーベル『恐怖箱』シリーズの箱詰め職人(編者)としても活躍中。主な著作に『「弔」怖い話』『「弩」怖い話ベストセレクション 薄葬』、「「忌」怖い話」「「超」怖い話」「「極」怖い話」の各シリーズ(竹書房)、『怪異伝説ダレカラキイタ』シリーズ(あかね書房)など。