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とんでもない怪談野郎があらわれた!『怪談蒐集癖 凶禍の音』(中縞虎徹)著者コメント+収録話「悶えるモノ」試し読み

この男、憑かれている…
とんでもない〈怪談野郎〉があらわれた!

あらすじ・内容

怪談蒐集を趣味に持ち、仕入れたネタを友人の怪談作家に提供していた「私」。
ある時、自分の網にかかったネタと怪談作家の取材したネタが被っていることに気づく。
現在進行形の怪談を「怖いから書かない」と言う友人に「私」は思わず口にしてしまった。
「じゃあ自分が書く」と──。

表題作「凶禍の音」を機に蒐集のみならず書き手になってしまった著者の、恐るべきストック怪談集。
・ブロック塀に囲まれている奇妙な家屋「デスマッチの家」
・近所の地蔵になんの気なしに手を合わせたら…「身代わり」
・仕事に追い詰められていた帰り道、遠くに見えたのは…「楽しそうな通り」
――など、魂の奥に流れこんでくる44編!

著者コメント

 はじめまして、中縞虎徹と申します。
 私はこれまで怪談奇談を聞き集めることを趣味として参りました。
 時に、その中から良さそうなものを見繕って知人の怪談作家に横流しするなど、言わば怪談本制作の裏方としても活動を続けてきたのですが、この度、様々な御縁に導かれ、蒐集してきたお話を自著として発表する機会を得ました。
 読者の皆様にお楽しみ頂けるよう、ストックしてある怪奇談の中から選りすぐりのものを文章化いたしました、盛夏のお供に、ぜひどうぞ。

中縞虎徹より

試し読み

悶えるモノ

 ニシオカ君はバス通勤をしている。
 その日の夕方、彼は自宅から一番近いバス停の、一つ前で降車した。
 ティッシュペーパーなど、日用雑貨を購入するため、ドラッグストアに寄りたかった。
 自宅までは徒歩で帰ることになるが、それでも停留所一つ分、徒歩で二十分ほどの距離。
 買い物を終え、右手に五箱パックのティッシュ、左手に洗剤など諸々を詰めた買い物袋を下げトボトボ歩いていると、ぽつりぽつりと雨が降り出した。
 それは急速に勢いを強め、間もなくザーザーと音を立てるほどの本降りとなった。
 スーツを着ていたし、ティッシュも持っている、びしょ濡れにはなりたくなかった。
 雨宿りすべく駆け込んだのは、住宅地にある公園の東屋。
 椅子もテーブルもあり、何より広い屋根がある。ここで雨脚が落ち着くまで様子を見よう、彼はそう考え、椅子に腰かけた。
 スマホを取り出し雨雲レーダーを確認すると、どうやら通り雨のようだ。三十分もすれば止むだろう。
 ほっ、と溜息をつき、雨に洗われている公園を見渡す。
 真夏の十九時、自分以外の人影はなく、宵闇が徐々にその色を濃くしていく。
 ――ガサガサッ
 音に気付き目をやると、四本ある東屋の柱の一つに、ビニール袋が引っ掻かっていた。
 ゴミ箱代わりだろうか、ニシオカ君の頭ぐらいの高さに吊るされているそれは、中に何やら入っているらしく、やや膨らんでいる。
 ――ガサガサガサッ
 彼が見ている前で、ビニール袋は更に音を立て、小刻みに揺れた。
 まるで、生きた魚が中で身悶えしているような具合だった。
 しかし、薄っすらと黒ずんだそのビニール袋に、そんなものが入っているとは思えない。
 吊るされて何日も経っているように見えるし、何より住宅地の公園である。
 すると、なんだろう。
 時季的にカブトムシやクワガタ、カナブンのような甲虫の類かも知れない。中で羽を広げれば、同じようにビニールは音を立て、揺れるはず。
 甘い飲み物のカラなどが入っていれば、匂いにつられて迷い込んでいてもおかしくない。
 ――ガサッ
 いやでも、それにしては音というか存在感が重い感じがする。
 甲虫ならもっと羽音がして良さそうなものだが、それも聞こえない。
 他に考えられるとすれば鳥だけれど、それならもっと騒がしいのではないだろうか。
 これが昼間なら、あるいは誰か他に人がいれば、ビニール袋の中を覗き込んで確認できそうな気もする、だが宵闇迫る雨の公園においては気後れが先立った。
 雨宿りのためにひさしを借りて一五分、音は断続的に鳴り、その都度ビニールは揺れた。
 どうもやはり魚が中に入っているように思われるものの、それならそろそろ死んでいなければおかしい、ビニール袋の中に水が溜まっているようには見えない。
 ニシオカ君は自然に、袋が吊るされた柱とは対角の位置に移動していた。
 何なのかは不明だが、もし中から飛び出してきた場合に備え、とっさに対応できる距離を確保しておきたかった。
 間もなく雨は止む、それまでの間は、中のモノと庇を同じにしていなければならない。
 ――ガサガサガサガサッ
 またしても音を立て揺れるビニール袋。
 ――ガサガサガサガサガサガサガサッ
 今度はどうも長い、今までで一番悶えている。
 ああ、これはもしかするとネズミかも知れない。そうだ、その可能性が高い。
 ――ガサガサガサガサガサガサガサガサッ ベチャ
 目が離せずにいたニシオカ君の前で、ビニールの中のモノは、袋の底を突き破って落下した。
 同時に、女性用のシャンプーを吐瀉物で溶いたような臭いが立ち込める。
 それは魚でも、甲虫でも、鳥でも、ネズミでもなく、粘性の高いスライム状のもので、落下後は、暗い東屋の地面に染みのように広がった、それだけだった。
 ニシオカ君は、まるで何かの出産を見たような感覚に陥り、悪酔いでもしたかの如く気持ち悪くなってしまい、まだ止まない雨の中を震えながら立ち去ったそうだ。

―了―

◎著者紹介

中縞虎徹 (なかじま・こてつ)

宮城県出身。幼少の頃より怪談話に親しみ、気付けば怪異譚の蒐集癖を持つ人間に成長していた。会社員として働く傍ら、妙な話を求めて東奔西走する日々を送っている。甘い話から辛い話まで、怪談を得られればどんな内容であっても気持ちよくなってしまう生粋の怪談ジャンキー。

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