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役立たずの偏愛ドレス世界史 愛と欲望のチューダー王朝

肖像画を見るのが好きなんです。

肖像画というのは、昔のお金持ちの人たちが画家に描かせたもので、そこには人間の欲望がたっぷり詰まっています。より美しく見せたいとか、威厳を出したいとか、財力をアピールしたいとかそんな欲望が。そんなお金持ち達のありあまる欲望を、「ちょっとこれ若づくりしすぎちゃうか」なんて脳内ツッコミしながら、ふふふ、と鑑賞するのが楽しくてしょうがないのです。

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今回はそんな肖像画の「衣装」の視点から、世界史を眺めてみようという偏愛的noteです。私自身の衣装の独学と、ただ今、受験生の息子(高3)の勉学の足しになるかもしれないし、ならないかも知れませんが、記憶のフック程度になったらいいなと思い、書いてみました。

肖像画は隠しきれない欲望の象徴

さて、肖像画で描かれている豪華な衣装は、すなわち権力や財力の象徴です。ですから、たっぷりとした絹の光沢、繊細なレース、宝石の輝きなどを美しく緻密に描けた画家たちは、きっとお金持ちから人気があったに違いありません。

私はそれらの肖像画の画集を、図書館で眺めるのが大好きな子供でした。画集は貸し出し禁止だったので、図書館の床に座ってうっとりと眺めていました。(画集は大体、書架の下の方に置かれていたし重いので、引っ張り出してそのまま床に座って眺めるのがベストなのです)

しかし、初めて美術館で「本物の肖像画」を見た時の衝撃は忘れられません。

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描かれた衣装の美しかったこと。画集で見ていたものとは全く違っていて、まるですぐ目の前に本物の衣装があるかのようでした。

暗い画面から浮き出してくるような繊細なレース。光沢のある絹織物は、僅かに身体を動かした時の衣擦れの音まで伝わってくるようだし、ベルベットの湿った重みや宝飾品の冷たさまで手に取るように感じられました。

「肖像画」だけの美術館

そんな私が大好きな美術館が、ロンドンの「ナショナル・ポートレイト・ギャラリー」です。有名な「ナショナルギャラリー」の分館で、ポートレート(肖像画)だけを集めた美術館です。

最寄駅のチャリングクロス駅のホームもこの通り、チューダー王朝歴代の人物になっています。(※2017年7月撮影)

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このことからもわかる通り、このギャラリーの中で最も人気のある展示のひとつが「チューダー王朝」の肖像画のコーナーです。

私もこのひときわ薄暗いこのチューダーの部屋が特に大好きで、椅子に座って何時間でも居られるほど。かといって、じゃあ泊まってもいいよって言われてもぜったい無理です。だってチューダー王朝怖すぎなんだもん。すぐ処刑するし。

愛と欲望のチューダー王朝

さあ、舞台は16世紀イギリスのチューダー王朝。

高校「世界史」の教科書では、ヘンリー8世の宗教革命とジェントリ、エリザベス1世の東インド会社設立あたりがメジャーなポイントでしょうか。

アートを学ぶなら「世界史」と「聖書」を学べとはよく言われていることですが、私が「世界史」に必要以上にハマったきっかけも実はこのチューダー王朝でした。

きっかけはまさにこの参考書(当時)の

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このページ。

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ヘンリー8世のことが書いてあるのですが、高校生(当時)の私はびっくりしたわけです。

え?こんなことで歴史が変わったの?と。

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そう、ヘンリー8世は既婚者だったのですが、世継ぎの男の子に恵まれなかったのです。そんな時、「私ならお世継ぎを生んで見せます」と言ったアン・ブーリンを好きになってしまい、彼女と再婚するために戒律が厳しいカトリック教会から離脱し、独自のイギリス国教会(プロテスタント)を作ってしまったというのです!

ええ〜!?

私が高校生当時、北アイルランド紛争(アイルランド地域のカトリックとプロテスタントの宗教対立)が問題になっていたこともあり、この時の衝撃はかなりのものでした。

ひとりの女の人と結婚したいからって、そんなことで歴史変わる?

それまでただの教科書に乗っているだけの昔の偉い人が、愛や憎しみや欲望によって動かされる生身の人間だったということに、俄然興味が湧いてきたのです。

「勇ましい戦士」ファッション ヘンリー8世

それではこの「ヘンリー8世」の衣装を見てみましょう。

肖像画は先ほどの、ナショナル・ポートレイト・ギャラリーの「リサーチ」ページから見ることができます。

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「TUDER AND JACOBEAN PORTRAITS」から「FIND OUT MORE」をクリック。

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ヘンリー8世を見たいときはKING HENRY Ⅷ を選択します。

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ヘンリー8世の衣装を見ていて、何かに気づきませんか?そう、服に同じような模様があります。これは「スラッシュ装飾」と言い、正確には模様ではなく「切れ目」なのです。服の表面切れ込みを入れ、下に着ているシャツなどの布をひっぱり出しているのです!ひええ!なんかちょっとキモい…。

なぜこんな装飾なのか。これは「兵士が勇敢に戦った時にできた切れ目」であり、ようは「勇ましさと勝利の証」を表しているのです。ここからは私の勝手な想像なんですが、最初は本当に戦で兵士にできた刀の裂け目だったと思うんです。たまたまその兵士がイケメンで、それがやたらとカッコよくて流行ったんじゃなかろうかと。どこの時代でもそんなファッションが誕生するのですね。

ヘンリー8世も好んでこの装飾の衣装を着用しています。それはきっと、彼が遠征を重ねる「戦士」としても名を馳せていたからでしょう。後に女王になるエリザベス1世も、このスラッシュ装飾のドレスを身につけた肖像画を残しています。生涯、誰とも結婚しなかったエリザベス1世。強い女王でありたいという決意や、戦士であった父への想いもその肖像画には込められているのかも知れません。

美しきファッション・リーダー「アン・ブーリン」

さて、ヘンリー8世の恋のお相手アン・ブーリンの衣装も掘り下げて見ましょう。

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アン・ブーリンは美人だったことで有名です。映画「ブーリン家の姉妹」ではアン・ブーリンを凄みのある美しさのナタリー・ポートマンが演じています。衣装も再現度が高く素敵です。

実はアン・ブーリン、左手の小指の横に「悪魔のしるし」と呼ばれるもう一本の指が生えていたそうです。それを隠すために指先まである長い袖のドレスや、首のイボを隠すための高い襟のドレスを考案し、宮廷夫人の間で流行したのだとか。欠点を工夫でカバーし、センスを発揮するファッションリーダーだったのですね。

ファッションリーダーといえば、海外ドラマの「アグリー・ベティ」で、主人公のベティはこのアン・ブーリンのBペンダントをつけています。「アグリー・ベティ」のスタイリストはあの「SATC」の、パトリシア・フィールドです。海外のドラマや映画には世界史が元ネタになっているものも多く、それを発見すると楽しいです。

衣装のクセがすごいエリザベス一世

さて、そしてそのヘンリー8世とアン・ブーリンとの間に生まれたのが、あの「イギリスと結婚した女王・エリザベス1世」です。

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エリザベス1世もたくさんの肖像画を残しているのですが、彼女の肖像画は、まあクセが強くて面白い。

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先ほどの「TUDER AND JACOBEAN PORTRAITS」のプルダウンメニューから「Queen ElizabethⅠ」を選んでみてください。

まずは「エリザベス1世」と言えば襟巻きトカゲみたいな「エリザベス・カラー」ですよね。ワンちゃんが手術後につけるカラーの名前の由来です。これはわかりやすい財力と権力の象徴です。当時レースは相当な貴重品だったのです。そのレースの付け方のクセがすごい。今となっては乙女アイテムのレースですが、当時は権力の象徴ですからね。彼女にとってレースはもはや「武器」なんです。

そして、ドレスの柄のセレクトよ。目と耳の柄って…。これは「全てを見通す」の意味ですね。肖像画の背景にはアマルダの海戦の様子も描かれているものもあります。もちろんこれも、スペインの無敵艦隊を破った勝利のアピールです。(※スペインの無敵艦隊というフレーズはサッカー界でもよく使われます。これも元ネタは世界史です)

他にも純潔のしるしの金属のふるいも「いや恋人居てはったやん!」とかもう、いちいちツッコミどころ満載で見ていて飽きないのですが、実物の肖像画から受け取るその威厳にはやはりものすごいものがあります。

「エリザベスの即位」の肖像画は特に凄かったです。額装も豪華でめちゃくちゃカッコいいんです。圧倒されました。(↓左側が「エリザベスの即位」)

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何百年も効果を発揮するその威厳、エリザベス1世、恐るべし。

役立たずのドレス愛

こんなにもわかりやすく人間くさい王様たちや女王たちや、衣装から知ることのできるその時代の特異性に、私はどうしようもなく惹かれてしまいます。服というものは人間の形をしています。服を知ることはすなわち人間を知るだと私は思うのです。


ここまで書いてきてふと気づきましたが、最初のスタート地点の「何か息子の受験に何か役立つなら」という前提を忘れてドレス愛だけが暴走してしまいました。

この情熱が何の役にたつかと言われれば、たいして何の役にも立たないんだろうけど、走り出したら止められない。

愛って得てしてそういうものでしょう?

時にはそれによって歴史が動くほどの。




※ 本文中の年代や史実は、以下の本などを参考にして書いていますが基本的に(諸説あり)です。

※ イラスト中の解説は、「世界史講義の実況中継」を元に描いていますが、用語や年代は現在の高校「世界史」の教科書(山川出版社)に合わせています。が、あくまでも(諸説あり)の個人的なイラストコラムです。


参考文献

参照

National Portrait Gallery


参考文献

詳説 世界史  山川出版社

世界史講義の実況中継(中) 青木裕司 語学春秋社

ヨーロッパ服飾史 徳井淑子 河出書房新社

エリザベス一世 石井美樹子 河出書房新社



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ドレスの仕立て屋タケチヒロミです。 日本各地の布をめぐる「いとへんの旅」を、大学院の研究としてすることになりました! 研究にはお金がかかります💦いただいたサポートはありがたく、研究の旅の費用に使わせていただきます!