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#1-2 ライフスタイル提供型への転換事例(UX戦略の教科書)

小城 崇

本記事は「UX戦略の教科書」というタイトルでの連載記事の2回目となる。

前回の記事では「デジタル社会の到来が企業にもたらす変化」について解説した。今回は、ライフスタイル提供型の価値提供モデルに転換することで、競争力を大きく飛躍させることに成功した企業の事例を紹介する。

ライフスタイル提供型への転換事例(1) ~ NIKE ~

ライフスタイル提供型への転換によって競争力を飛躍的に高めることに成功した代表的事例としては、まずはNIKEが挙げられる。

ご存じの通り、NIKEはもともと運動シューズやスポーツウェアを製造・販売するメーカー企業であった。高品質なプロダクト(シューズ・ウェア)を開発して、マイケルジョーダンを起用したテレビCMを大々的に放映することでブランドを形成し、店舗やECサイトでプロダクトを販売して売上を稼ぐ…という一般的なビジネスモデルを展開していた。

しかし、「高品質なプロダクト × マスマーケティングによるブランド形成」を強みとしてビジネスを展開してきたNIKEは、デジタル社会の到来という外部環境の変化に対応するために、その事業戦略を大きく転換した。

NIKEは競合他社よりも早い段階でデジタルサービスを設計・開発し、NRC(ナイキ・ラン・クラブ)というスマホアプリを立ち上げた。そうすることで、「コンディションの維持・健全化」という顧客が目指す成功に至るまでの一連の行動フローをジャーニー横断的に支援する仕組みを構築し、競争力を飛躍的に高めることに成功したのである。(図表-1)

(図表-1)NIKEが提供するライフスタイル

NIKEが提供するスマホアプリには「ランイベントを告知する機能」や「ランニング中に走行距離やペースを読み上げてくれる機能」「走行距離を自動で記録・管理してくれる機能」「SNSへの写真投稿を支援する機能」などが搭載されている。

そうすることで、計画立案 〜 ランニング 〜 振返り 〜 共有という一連の行動フローをジャーニー横断的に支援し、「コンディションの維持・健全化」という顧客が目指す成功を強力に支援する仕組みを構築することに成功したのである。

言い換えれば、NIKEは「ランニングシューズ」という道具を提供する存在から、「運動習慣の定着によってベストコンディションを維持する暮らし」というライフスタイルを提供する存在へと、自社の提供価値・存在意義を抜本的にアップデートすることに成功したのだ。

もはや顧客がNIKEを選ぶ理由は、シューズの性能が良いからでも、デザインやブランドがカッコ良くて情緒的だからでもない。デジタルサービスを中心としたコンディション維持・健全化ジャーニーが魅力的だから、顧客はNIKEを選んでいるのである。ライフスタイルとしての魅力度が高く、ユーザが「コンディション維持・健全化」という成功を実現するために役に立つことが、NIKEが選ばれる理由になっているのだ。


ライフスタイル提供型への転換事例(2) ~ 平安保険 ~

ライフスタイル提供型への転換によって競争力を飛躍的に高めることに成功した企業の事例を、もう1つ挙げておこう。前項ではメーカー企業の事例を紹介したので、次はサービス業の事例を紹介する。ここでは「平安保険」という中国で広く事業展開している保険会社の事例を取り上げたい。

平安保険は、単に保険商品を提供・販売しているだけの企業ではない。様々な機能を持つデジタルサービス(平安好医生アプリ)を開発・提供することを通じて、「健康不安の解消」という顧客が目指す成功をジャーニー横断的に支援しているライフスタイル提供型の企業である。

平安好医生アプリ(グッドドクターアプリ)の機能を紹介しよう。第一に、身体に違和感を感じたときにオンライン上で問診を受けられる機能が搭載されている。「最近、ずっと腹部に違和感を感じている。もしかして病気かもしれない」と不安になった時に、オンライン上で医療知識のあるスタッフの問診を受けることができるのだ。そして、病院に行くべきか否かを相談したり、受診するとしたら何科の診察にかかるべきかなどを教えてもらうことができる。

病院に行くことになったら、病院や医師の口コミ・評判を閲覧したうえで、評価の高い病院・医師の診療時間を予約する機能を使用することもできる。平安保険が提供するアプリを使えば、病院を予約するだけでなく、口コミの評価が高い医師の診察時間を予約してしまうこともできるのだ。

さらには、医師の診察を受けた後も、ユーザに健康的な生活習慣を定着してもらうために、漢方薬を販売したり、漢方薬を飲む習慣の定着化を支援する機能もアプリ上で提供している。

そして、このような一連の行動支援をした上で、さらに「健康不安の解消」という成功を目指す顧客に対して、保険商品を販売して収益を獲得しているのである。(図表-2)

(図表-2)平安保険が提供するライフスタイル

もはや平安保険のユーザ・契約者は「保険商品」を購入しているという認識をあまり持っていない。平安保険が提供する「健康不安の解消ジャーニー」に有料課金するような感覚で、保険に加入しているのだ。

このようなユーザ行動は、無料のスマホゲームをプレイしているうちに「もっとゲームを楽しみたい / 強くなりたい / 成功したい」と望むようになって有料課金するのと似ている。無料のデジタルサービスを利用する中でもっと「健康不安を解消する」ことを望んだユーザが、有料課金するような感覚で保険商品を契約しているのだ。ユーザの視点から見ると、保険商品はもはやデジタルサービスの課金パーツなのである。

テレビCMによってブランドイメージを高め、営業担当者が努力することで保険商品を販売している日本の保険会社とは、ユーザへの提供価値が大きく異なることをイメージしてもらえるのではないだろうか。


ライフスタイル提供型に転換した企業の競争優位性

ライフスタイル提供型に転換した企業が競争優位を築けることについて理解の解像度を深めるために、具体的な事例に基づいて説明しよう。

たとえば、あなたが医療保険への加入を検討していたとする。

このとき、保険商品のみを提供する普通の保険会社であるA社と、デジタルサービスを活用して「健康不安の解消」という成功を行動フロー横断的に支援するB社(平安保険)の2つが候補に挙がったとする。あなたは、どちらの企業のサービスを選ぶだろうか?(図表-3)

(図表-3)顧客視点で見たときの競合・代替関係

ほとんどの人が「B社(平安保険)のサービスを選ぶ」と答えるはずだ。普通の保険会社であるA社は、自分の身体に何かあったときに経済的な支援をしてくれるだけである。一方で、B社はデジタルサービスを通じて、常日頃から健康不安を解消するために必要な支援を提供してくれる。日々の健康管理の支援から、身体に異常が発生したときのオンライン問診、評判の良い病院や医師の紹介・予約までを総合的に支援してくれるのだ。B社の方が、顧客にとって圧倒的に優れた体験を提供していることは自明である。

このようなケーススタディからも、デジタルを活用して「顧客が成功に至るまでの一連の行動フロー」をジャーニー横断的に支援し、魅力的なライフスタイルを提供した企業が競争優位を築けるようになっていることが分かる。

もはや高品質・高性能な道具(プロダクト・サービス)を製造・販売するケイパビリティを有している「だけ」では、競争優位を築くことは難しくなっている。同業他社と比べて「高性能な自動車などのプロダクト」や「高品質な保険商品などのサービス」を提供できたとしても、それ単体では競争優位を築くことはできないのだ。デジタルをうまく活用して、顧客が目指す成功を行動フロー横断的に支援しないと、競争優位を築きにくい時代に変わってしまっている。

もちろん圧倒的な技術力を有していて、同業他社とは明確に異なる顧客体験を生み出せる道具(プロダクト・サービス)を創出できるならば、デジタルを活用せずとも競争優位を築くことは理論上は可能である。しかし、そこまでの差異を生み出せる技術を有する企業は、もはやほとんど日本には存在しないのではないだろうか。これまで「モノづくり」を標榜してきた日本企業にとって耳の痛い話かもしれないが、この事実から目を背けるべきではないと考える。


まとめと次回予告

本記事では、ライフスタイル提供型の価値提供モデルに転換することで競争力を大きく飛躍させた事例として、NIKEと平安保険の取組みを紹介した。

次回の記事では、ここまでに説明してきた外部環境の変化を踏まえたときに「どのような枠組み・考え方に基づいて事業戦略を策定するべきか」というテーマについて説明する。

隔週くらいの頻度で火曜日に投稿する予定である。記事の更新情報は、Twitter(@takashikoshiro)でお知らせするので、必要に応じてフォローしてもらえると嬉しい。

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