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#1-1 道具からライフスタイルへ(UX戦略の教科書)

小城 崇

今回から「UX戦略の教科書」というタイトルで、隔週くらいの連載形式で書いていこうと思う。

UXはこれまで、個別の顧客接点(Webサイトなど)の体験価値を向上させる文脈で語られることが多く、事業戦略の定義などのハイレイヤーな論点とは縁が遠い概念であった。

しかし、デジタル社会が到来して企業を取り巻く外部環境が変化した結果、今やUXは経営イシューとなっている。「どのような顧客体験(UX)を提供する存在になることを目指すのか」という視点に基づいて、事業戦略を検討することが必要になっているのだ。だが、そのことに真の意味で気づいている経営者・ビジネスパーソンはそれほど多くはないように思う。

そこで本連載では「1) UX戦略がなぜ必要になっているのか」「2) UX戦略を立案・実行するためには、何を脱学習する必要があるか」「3) UX戦略を策定するためには、具体的にどのようなプロセスで検討するべきか」という3つのテーマについて説明する。

少しだけ自己紹介をしておく。僕は、株式会社ビービットというUXデザインファームで10年以上に渡ってUXにまつわるコンサルティング業務に携わってきた。2020年からはフェローとしてUXデザインの方法論を体系化し、社内外に発信する活動を並行して行っている。2021年には『UXグロースモデル(日経BP社)』という書籍を執筆した。本連載は、これらの活動を推進する中で体系化されたコンテンツを記述したものである。

まずは「1) UX戦略がなぜ必要になっているのか」から説明する。連載1回目となる本記事では、「#1-1 デジタル社会の到来が企業活動にもたらす変化」について書いていく。


道具からライフスタイルへ

「デジタル社会の到来が、企業活動にもたらす最大の変化は?」と問われたとしたら、皆さんはなんと答えるだろうか。

デジタルツールの導入により、業務の効率化を進められることだろうか。行動データをマーケティングなどに活用できるようになることだろうか。オンラインとオフラインを融合したOMO(Online Merges with Offline)のユーザ体験を創造できることだろうか。

こういった変化の捉え方はどれも間違いではないが、どれも本質を掴みきれていないと僕は思っている。

デジタル社会の到来が企業活動にもたらした最大の変化は、「顧客が成功に至るまでの一連の行動フローを、企業がジャーニー横断的に支援できるようになったこと」にある。パッと読んだだけでは、どういう意味なのか直感的に理解しづらいかもしれない。しかし、これはアフターデジタル時代における企業を取り巻く外部環境を理解する上で、もっとも重要な変化である。

例えば、友人と車で旅行するシーンを想像してみてほしい。このとき顧客が最終的に目指している成功は「お出かけを楽しむこと」であるが、その成功を実現するためにはいくつかの行動フローを経る必要がある。

まず始めに「①お出かけ計画を立案」して、どこに遊びに行くかを決めて、友人と一緒にスケジュールを立てる必要がある。次に、飲食店やホテル、レジャー施設などを「②予約」することも必要だ。そして旅行当日になると、「③目的地へ移動」したうえで「④余暇活動の実践」することになる。最後に旅行中に撮影した写真・動画を編集して、アルバム化したりSNSにアップして「⑤思い出化」する。こういった一連の行動フローを経ることで、顧客は「友人とのお出かけを楽しむ」という成功に至ることができる。

つまり、顧客が目指す成功を実現するためには、①計画立案 ~ ②予約 ~ ③目的地への移動 ~ ④余暇活動の実践 ~ ⑤思い出化という一連の行動フローを遂行する必要がある、ということだ。(図表-1)

(図表-1)顧客が成功に至るために必要な一連の行動フロー

しかし、ビフォアデジタル時代においては、この一連の行動フローにおいて自動車メーカーが顧客を支援できたのは「③目的地への移動」という単一の行動フローのみであった。

トヨタやHondaは、モビリティの製造・販売を通じて「③ 目的地への移動」という行動フローを支援することはできた。ただし、デジタル技術が発達しておらずスマートフォンも普及していない時代においては、「①計画立案」「②予約」「④余暇活動の実施」「⑤思い出化」といった周辺の行動フローを、自動車メーカーが支援することは難しかったのだ。

一方で、デジタル技術が発展してスマートフォンが人々に普及したことで、企業は顧客行動を支援する範囲を拡張できるようになっている。例えば、自動車メーカーが「旅行プランの作成支援アプリ」や「旅行アルバムの作成支援アプリ」などのデジタルサービスを開発することで、周辺の行動フローを含めた支援が可能になっているのである。

つまりアフターデジタルの時代においては、顧客が最終的に目指す成功(=友人とのお出かけを楽しむ)に至るために必要な①計画立案 ~ ②予約 ~ ③目的地への移動 ~ ④余暇活動の実践 ~ ⑤思い出化という一連の行動フローを、企業はジャーニー横断的に支援できるようになっているのだ。(図表-2)

(図表-2)一連の行動フローに対するジャーニー横断的な価値提供

このことは、企業が「自らの提供価値・存在意義」を抜本的にアップデートする機会を手にしていることを意味している。

ビフォアデジタルの時代においては、企業は道具(プロダクト・サービス)を製造・販売することを通じて、行動フローの一部分のみを支援することしかできなかった。たとえば自動車メーカーは、モビリティの製造・販売を通じて「目的地への移動」という行動フローを支援することしかできなかったのだ。

しかしアフターデジタルの時代においては、企業はデジタルサービスを開発することで、ジャーニー横断的に価値を提供することが可能になっている。顧客が成功に至るために必要な一連の行動フローを支援することを通じて、特定シーンにおける顧客のサクセスストーリーそのものを提供する存在へと進化できるようになっているのだ。企業はデジタルを活用することで、単一の行動フローを支援する「道具」を提供する存在から、「顧客が成功に至るまでのライフスタイル」を提供する存在に転換できるようになっているのである。

道具の提供者から、ライフスタイルの提供者へ。これはデジタル社会の到来が企業活動にもたらす意味合いを捉える上で、もっとも重要なコンセプトであると僕は考えている。(図表-3)

(図表-3)「道具の提供者」から「ライフスタイルの提供者」へ


デジタルは企業を「外部」に開いてくれる

企業はこのような外部環境の変化を、どう受け止めれば良いだろうか。

デジタル社会が到来する前は物理的な制約があり、企業は行動フロー横断的に顧客を支援することが難しい状況に置かれていた。たとえ自動車メーカーが「家族や友人ととお出かけを楽しむ暮らし」そのものを顧客に提供したいと願ったとしても、実際に支援できるのは「目的地への移動」という単一の行動フローのみに限定されていたのだ。

デジタル技術の普及・浸透は、こういった状況を打破してくれる。企業はデジタルを活用することで「目的地への移動」という単一の行動フローから抜け出し、その「外部」へと価値の提供範囲を広げることが可能になっている。デジタルとは、企業活動に自由を与えてくれるものなのだ。

しかし、このようなアフターデジタルの解釈は、現時点ではあまり一般的なものになっていない。既に外部環境は変わっているのに、多くの企業は自分たちがこれまでやってきたことに固執し続けている。事業ドメインを拡張できる環境は整っているのに、「やったことがないから」という理由で自分たちがこれまで得意としてきた領域に留まり続けてしまっているのだ。

外部環境の変化に合わせて、我々自身をアップデートさせる必要がある。デジタルとは企業を「外部」に開いてくれるものであると捉え、企業として「どのようなライフスタイルを提供したいのか」という問いを起点として、自社の提供価値・存在意義を再設定する必要があるのではないだろうか。


アフターデジタル時代における企業の競争ルール

ここからは、デジタル社会の到来により企業を取り巻く外部環境が変化した結果として「企業の競争ルールがどのように変化しているか」を明らかにしていく。そのためには、まずデジタル社会の到来前後で「市場」や「競合」の捉え方がどのように転換しているかを説明する必要がある。

ビフォアデジタルの時代では、製造業 / 小売業 / メディア業といった感じで業界別に市場が分かれており、さらに製造業の中でもコーヒー業界 / お茶業界 / ビール業界のようにモノベースで市場セグメントが分かれていた。

そして基本的には、同じ業界に属する企業を競合他社として認識してきた。ビールメーカーの競合企業は、基本的には他のビールメーカーであった。
企業は「いかに競合他社からシェアを奪うか」を常に考えており、業界内での順位・シェアを意識しながら試行錯誤を繰り返してきたのである。

このように、どのような道具(プロダクト・サービス)を製造・販売しているかによって「市場」が規定され、同じような道具を生産する企業を「競合」とみなすのが、これまでは当たり前の考え方であった。

逆に言えば、これまで異なる業界・市場に属する企業を競合相手と見なすことは、ほとんどなかった。例えばビール業界の企業が、コーヒー業界の企業を競合と認識するようなことは、あまりなかったのである。これがビフォアデジタル時代における、競合企業を捉える基本的な枠組みであった。

しかしアフターデジタルの時代では、業界による市場の棲み分けは崩壊し、時代遅れの考え方になっている。たとえ異なる業界に属していても、同じような「顧客が目指す成功」を支援する企業は、競合相手として捉えることが必要になっているのだ。

例えば「1) 運動靴メーカー」「2) 健康サプリメントメーカー」「3) スポーツジムの運営企業」があったとする。一見したところ、これら3社はまったく別の道具を生産している畑違いの企業であり、競合関係にはないように思える。しかし、これら3社がともにデジタルを活用してライフスタイル提供型の価値提供モデルに転換し、「健康寿命の向上」という顧客の成功を支援する存在に転換しようとしたならば、これらの企業は競合関係になる。

なぜなら顧客の視点から見ると、これら3社が提供するライフスタイルは、
同じような成功を実現するための代替手段となるからだ。(図表-4)

(図表-4)顧客視点でみたときの競合・代替関係

このようにアフターデジタル時代においては、「どのような生活シーンにおける、どのような顧客の成功を支援するか」によって市場・競合が定義されることになる。UXを起点に市場・競合が決定されるということだ。

スポーツシューズ業界 / サプリメント業界 / スポーツジム業界のように「その企業が提供するプロダクト・サービス(道具)」によって市場セグメントを捉える考え方は、もはや時代遅れになっている。これからは、スポーツシューズメーカーとサプリメントメーカーが「健康寿命を延ばす」という顧客の成功を支援する市場で競合するかもしれないし、遊び計画の立案を支援する企業(例えばGoogle)と自動車メーカーが「旅行による思い出作り」という顧客の成功を支援する市場で競合するかもしれない。まさに異種格闘技戦のような市場環境の中で、我々はこれまで競合だと捉えていなかった企業を競争相手として認識する必要が生じているのである。

そしてここが重要なポイントだが、これまで説明してきた外部環境の変化によって、企業の競争力は「顧客にとってどれだけ魅力的で、体験価値の高いライフスタイルを提供できるか」に基づいて決定づけられるようになっている。同じような成功を支援する企業同士が競合関係となる中で、顧客の価値観(善き生の構想)に合っていて、自らが目指す成功を強力に支援してくれる企業のジャーニーが、顧客から選ばれる存在となるのだ。

これがアフターデジタル時代における企業の競争ルールとなる。このように捉えると、ライフスタイル提供型への転換を早急に推進する必要があることをご理解いただけるのではないだろうか。より企業目線で言えば、魅力的なライフスタイルを提供することで「顧客のシーン・行動フローを抑えられるか否か」によって企業の明暗が大きく変わる状況となっている、ということだ。

ちなみに、ここで説明したような変化は、一般的に信じられている事業戦略策定の方法論をアップデートする必要があることを示唆している。いわゆる「STP」の枠組みで語られる伝統的な市場定義の考え方は時代遅れになっているのだ。この点については、第2章にて詳しく説明する。


「モノからコトへ」をアップデートする必要性

デジタル社会が到来したことの意味合いをこのように捉えると、いわゆる「モノからコトへ」や「製品から体験へ」という考え方が、既に時代遅れになりつつあることも分かってくる。

一般的に「モノからコトへ」や「製品から体験へ」とは、次のように物事を捉えることを提唱する考え方である。

  • 我々の企業は「自動車」というモノ・製品ではなく「快適な移動」というコト・体験を顧客に提供している

  • 我々の企業は「クレジットカード」というモノ・製品ではなく「スムーズでオトクな決済」というコト・体験を顧客に提供している

しかしこれまで説明してきたように、アフターデジタルの時代においては、単一の行動フロー内で「モノからコトへ」の転換を推し進めたところで企業としての競争力を飛躍的に高めることは難しくなっている。自動車メーカーが居住性にこだわったモビリティを製造して、今まで以上に快適な移動体験(コト)を提供したところで、それ単体では競争優位を確立できないのだ。

これからは単一の行動フロー内で体験価値を磨くだけではなく、企業の事業ドメインを一連の行動フロー全体に広げていく視点を持つ必要がある。「モノからコトへ」をさらに一歩進めて「コトからライフスタイルへ」に概念をアップデートするべきなのだ。


まとめと次回予告

本記事では「デジタル社会の到来が企業にもたらす変化」というテーマについて説明した。

箇条書きで内容を簡単にまとめると

  • デジタル社会が到来したことで、企業は「顧客が成功に至るまでの一連の行動フロー」をジャーニー横断的に支援できるようになっている

  • デジタルを活用することで、企業は自らの提供価値・存在意義を抜本的に進化させられる(道具の提供者から、ライフスタイルの提供者へ)

  • ビフォアデジタルでは「どのようなプロダクト・サービスを提供するか」によって市場が規定されたが、アフターデジタルでは「どのような生活シーンにおける、どのような顧客の成功を支援するか」によって市場が規定され、競争相手が定まる

  • 新たな市場環境において顧客に選ばれるのは「顧客にとって最も魅力的なライフスタイルを提供している企業」となる

というのが本記事のハイライトである。

次回の記事では、ライフスタイル提供型に転換することで、競争力を大きく飛躍させることに成功した企業の事例を紹介する。

隔週くらいの頻度で火曜日に投稿する予定である。更新情報はTwitter(@takashikoshiro)でお知らせするので、必要に応じてフォローしてもらえると嬉しい。

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