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(5) 各者各様の思惑、 錯綜前夜 (2023.9改)

朝食を亮磨と取る。
母親の夕夏は亮磨と会話しながらワインを飲んでいたそうで、朝食はパスするという。
紗佳と由布子も2人で飲み明かしたのかもしれないと亮磨が言う。

「3人が集まるのも本当に久々なんです。
どうしても疎遠になりつつあって・・そこにイッセイさんが現れて、腰が重かった3人が動きだしたような感じです」

モリの名前は一成と書いて、「かずなり」と読む。高校時代はイッセイと呼ばれ、それが浸透した。亮磨もまだ父と呼ぶには抵抗もあろうし、母たち同様にイッセイで通すことにした。

「しかし、昨夜は驚いたよ。由布子がテレキャスを使うとは思わなかったからね。まさか、君の分だとも思わなかった」

由布子がバンコクの楽器店に発注したギターは4種だった。明細を渡された時は4つも頼んだのかとイラッとし、テレキャスターの表示を見て、お主、演奏を変えるのか?とも思った。
亮磨と、由布子の娘と紗佳の息子も親の影響で楽器を初めて、亮磨は由布子にギターを習ったのだと言う。
台北と横浜という距離が有りながらのレッスンは、録音したテープのやり取りから始まり、PCとスマホを介してのレッスンへと変わった。

「亮磨をセカンド奏者として使いたい。ギター2本は息子への初めてのプレゼントだと思って欲しい」 
由布子に言われるだけの才能があるのなら、なんの問題もないとモリも新メンバーを受け入れた。

「イッセイさんもご存知だと思いますが、母がポリ()スが好きなので、2人で演るときはアンディ・サマ()ズになりきっていたんです。
しかし、僕のレスポールだとどうしても音が違ってしまうので、アレンジを変えて弾いていました。テレキャスはアンディの愛機ですし、サイドギターとしても向いてるって、由布子さんが考えて下さったんでしょう」

アコースティックギターは由布子はマーティン製で、亮磨は母親の勤務先、日本のヤマ()製だった。由布子は定番のストラスキャスターで計4本。それに大きなギターアンプやら諸々。
ドラムにキーボードにベース一式も合わせて、ん百万が吹っ飛んだ。

今回購入した楽器は亮磨の海運会社の船でタイのビールや清涼飲料水と共に、大井埠頭の倉庫まで運ばれる。モリはタイでバイクを買って運んで貰う約束を交わした。日本よりも安いのと、輸出モデルには日本国内の出力制限を取っ払っているので。

「ギターが2人になったら どんな風に変化するのか、楽しみだよ」

「夕方まで練習しておきます。お帰りの際にはAIに反映されているでしょう。しかし、あのAI凄いですね。本当に紗佳さんや由布子さん、母さんが弾いてるような音が出ます」

「それは3人が作曲した際に実際に弾いたからだよ。AIが奏者の特徴を掴んで、音を再現している。ドラムは叩いてないから、サンプリングマシーンみたいな音になってるけど・・」

「でも、AIのお陰でいつでもメンバーの演奏に合わせて、一人で練習できます。作曲者が修正したり、アレンジが変更された箇所も事前に教えてくれますしね。あれがあったら、バンドとしての練度が高くなります。絶対、売れますよ」

「紗佳は「ウチラの秘密にしたい」って言ってる。一方で、オーケストラも指揮者もお好みの演奏を曲に加えられるでしょ?紗佳と由布子には市民オケのメンバーとしての立場もある。
音楽で生計を立てている方々の生活を脅かし兼ねない。だから、売らないでくれとも言ってる」

「そうか、そっちには影響が出るかもしれませんね・・。
でも、AIを配布してくれた影響でしょうか、由布子さんと紗佳さん、自作曲で勝負するって言ってました。メジャーデビューを本気で狙ってますよ。今回の収録は渡りに船になったとも言ってました」

「2人は高校時代から狙ってたからね。お母さんのボーカルと3人のコーラス、後はドラムだけ変えれば、決して夢ではなかったんだ。早々に見捨ててくれれば良かったんだけどね」

「でも3人はイッセイさん以外のドラマーには目もくれなかった。それに4人が一緒でなかったら、僕もこの世にいなかったかもしれませんよ」そう寂しそうに言われると、辛い。

「ドラマーとしてでなく、3人を束ねるマネージャー役の方が評価されてたのかな・・」
百歩譲って、わずかに認められた功績を持ち出してみる。甚だ格好が悪いが、亮磨が生まれて、4人が揃った事実の背景を「マネージメント」に依存してみたのだが、後味が悪い・・

「あの動画でカルテットとしての一体感を支えていたのはリズム隊のグルーブ感です。突っ走ろうとするピアノとギターをコントロール下に置いていて、お見事でした。オリジナルの演奏より遥かに上です」

「欲しいギターを手に入れて、おべんちゃら言ってるでしょ?」

「違います、本心ですよ。由布子さんに「バンドに入りなさい」って昨日言われた時、思わずガッツポーズしてました。そのくらい嬉しかったんですよ」

「そっか・・」
ひょっとしたら由布子が気を利かせて亮磨をメンバーに加えたのではないかと勘ぐっていた。「実の両親が居るバンドに加わる」自分が亮磨の立場だったなら敬遠しそうな気もするが、バンドという器のお陰で、亮磨もモリも自然に近づけたような感もある。口下手な4人が、音楽という根っこで繋がっているとも言える。由布子は亮磨に4人に共通する感性を見たのかもしれない・・。
 

「おはようございます。ご一緒してもいいですか?」

プレートを持った美女2人に言われて、亮磨が急に硬くなったので笑ってしまう。
まさか28にもなって未経験と言うのはないだろうが・・

「どうぞ、お掛けください」と元スッチーを促すと、亮磨が驚いた顔をしている。普通は、ウエルカムな状況だろう?2人と話すキッカケが無かったモリにも相手からのアプローチは好都合だ。亮磨のお陰だ、感謝せねばなるまい。
我が家の女性陣は苛ついているかもしれないが、背中を向けているので表情は分からない。

「お二人、横顔がそっくりですね」

「母親の前では言わないほうがいいかもしれません。自分の遺伝子が何処にも無いって嘆いてましたから」

「気をつけます・・」

「いや申し訳ない。冗談です。寧ろ、一番迷惑してるのは彼です。突然父親だって男が目の前に現れたんですから」
亮磨が微笑んだのが救いだった。我々は時間を少しづつ、取り戻す必要がある。

「お父様も若々しいですが、亮磨さんにはこれからピークを迎えるような勢いを感じます。周りの女性が私みたいに騒々しいのではないですか?」
・・ピークを迎える勢いだと? じゃあ、俺はピークを過ぎて、下降まっしぐら?・・

「いえ、そんな事は・・」

「夕食もご一緒してもいいですか?女性自衛官に取られる前に予約しておかないと」
橘さんだったか。肉食系か?、朝から飛ばしているな・・

「そんな事はないと思いますが、私で宜しければ・・」亮磨が言うと橘さんが喜んでいる。

「先生もお願いします。30分で構いませんので」 もう一人の沙原さんが間髪入れずに来る。30分は少々取り過ぎだと思うが。

「今夜は自衛官の方々と話さねばなりません。あなた方とは改めて。
それじゃごゆっくり、お先に失礼」

モリが立ち上がっても話には全く困らなさそうだ。ー安心して、その場を離れた。

ーーー

「なぜタイのニュースが世界中を駆け巡っているんだ?コロナでニュースが無いからか」
米国大統領が面白くなさそうに言う。

「東南アジアでは農機を所有している農家が少なく、大半が手作業に依存しています。コロナで人足が集まらず、田植えを満足に行えないのです。タイに限らず、周辺国も同じ問題を抱えています」

「我が国の農機輸出のチャンスじゃないか。価格がネックなら中古機を持っていけばいい」

「栽培する作物も種類も異なるので、我々の農機が合致しないのです」

「コメではなく、小麦を育てればいいじゃないか。コレを機に一大転換を促すんだ」

疲労感が場に漂う。こんな奴が国の最高責任者としてマネージしている。それで世界が動いているのだから、危う過ぎる・・。

「アジア人はコメがなくては生きられません。コメを育て続けるでしょう」
最悪な説明だが、この男は納得してしまう。
小麦の植生について説明する時間が無駄となる。なぜならコイツは自ら学ぼうとしない。学習が必要な子どもたちに、こんな人物が大統領だなんてとても説明できない・・

「この男がコメ栽培の請負人として現れたという訳か・・なぁ、彼らの入国を認めてやる事は出来るか?」

「は?」・・まさか、男の周囲にいる女性達に注目したのか?・・

「タイに特例措置が取れたのなら、合衆国にだって不可能ではないよな?
ジンゾーに首脳会談を要請するんだ。ついでに彼らを連れて来いとな。彼らに我が国の農機に、そして自動車に自動化走行可能なプログラムを開発させよう。
我が国の農民と車会社に福をもたらすとして、優位に選挙をすすめるのだ。農民票と自動車労働組合票を獲得する!雇用創出にも繋がるだろう」​

「はっ、至急検討いたします」大統領補佐官は頭を下げた。
得意げな顔をしたデブが大統領になれた唯一の理由、時流を読み、場を読む嗅覚が久々に発動した。
仮に本人が東洋人の女に魅了されたとしても、得票率を上げる手段としては悪くない。
彼らの技術を使う発想まで、スタッフの誰も思い至らなかった。
舎弟である日本の首相との連帯で協業が実を結べば、北朝鮮外交失敗の後のアジア政策のリカバリー策に繋がるかもしれない。選挙まで4ヶ月・・

アーノルド・カプラー補佐官は日本の大使へネット会談の要請を出した。

ーーーー

50kmお隣のサラブリー県へ向かうバスの中でAIを立ち上げて5曲の歌を聞いて、イメージする。今夜はドラムをちょっとだけ叩いて、3人が作曲した曲のドラムアレンジを見直しておこうと決めた。

「団長、お隣ちょっといい?」外務省の里中が居たのでヘッドホンを外すと、そう言ったので隣席のショルダーバッグを自分の膝に移した。

「団長は事務次官どのでしょ?」 農水省事務次官様が直々にお見えになっている。

「日本の米国大使が私達より先にタイ入りしているのが分かったの」・・遅いって・・

「で、タイ入りの目的はなんなの?」

「それがアユタヤに居るのよ。あなたの方に連絡は無かった?」

「いや、何もないよ」念の為スマホを出してメールを確認する「やっぱ、無いね」

「そう・・今日届いている荷の中に、警備関連の機器は積んでいるのかしら?」

「ちょっと待ってね。ええっと・・あるよ。2台だけど、プロモーション用のドローンがあるよ。投擲ネットを投下するのと、麻酔矢を放つドローンがある」
自分の護身用ドローンは伏せておく。

「それって、周囲を警備する役目を果たせるかな?」

「警備用とは違うけど、索敵程度なら出来る」

「さくてき?」

「周囲半径1kmの円内に動物がどのくらいいるかは分かる。日本人とタイ人の人数は分かっているから、引き算した余剰分が犬か猫、もしくはそれ以外って事になる」

「使えそうね・・お願いなんだけど、中国とアメリカの諜報員と思しき連中が朝市で暴れたらしいのよ。彼らの内偵対象が我々だとすると、事務次官たちに危害が及ぶかもしれない。
何も無いとは思うけど、ドローンで相手の位置が分かって、接触を回避できれば有難いの」

「それなら片方のドローンは半径2kmまで見れるから、そちらを官僚の皆さんの頭上に飛ばすよ。田んぼの中の2kmはアドバンテージになるだろう。その代わり脱出用の車両の位置は常に確認する必要がある・・」

「ごめんなさい。どういうこと?」 

「相手も歩いて移動しないだろ?車で移動するはずだ。もし移動用の車両から500m官僚の皆さんが離れていたら、舗装されていないあぜ道をダッシュしてもあの体型では短時間での乗車は期待できない。僕もあんなの背負いたくもない。
好ましいのは最低でも100m以内に常に車両があること。2km以内に車両が侵入したら、君達は、彼らの逆側に逃げればいい」

「あなた達は?」

「タイ側のスタッフが大勢いるんだ。広範囲に広がるし、全員での移動はまず無理だ。携帯で注意喚起するのが関の山だろう」

「そうか・・ごめんなさい、こういうの疎くって・・」

「君にボンドガールの役割は求めていない。米中騒乱ともしなったらだけど、我々で自衛する。ここは平和な中立国タイだ。中国寄りのビルマでもカンボジアでもない、何も起こらないって。大丈夫だよ」

「ありがとう。今夜・・あぁ今夜は懇親会だから、今度一杯奢らせて」

「あぁ、そりゃどうも」里中が座ったままなのに会話を中断するようにヘッドホンをかけ、何事も無かったように音楽を再生する。
スティックを叩くフリをすれば、里中も「イメージトレーニング中なんだろう」と勝手に解釈する。案の定、席を立ち上がって居なくなった。

どっちも我々を取り込みたくて必死なのだろう。双方のトップが動き出す前に、「3つ目の選択肢」に登場いただく準備を始めようと決めた。タイがロックダウンして民間機が全便ストップし、タイ南部のプーケット島やサムイ島に滞在していたロシア人90名以上が帰国できずにいたのだが、先月6月にロシアが特別機を漸く飛ばして、大多数の観光客を回収した。しかし、南の島の感染者は殆どなくなり、欧州と比べれば十分疎開地に見える。

残留を決めたロシア人が十数名ほど滞在している。
そろそろ、彼らを利用させていただく頃合いだ。

(つづく)


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