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(10) 外野に居ながら、 牽制球を投げまくる。

ウクライナでの式典後、パーティー会場に姿を現さないモリに、NATO各国の首脳や代表者達が「またか」と落胆の姿勢を見せる。事務総長本人が出席していない場に、代理で参加した名代がしゃしゃり出る訳には行かないと、ウクライナ政府には事前に伝えていたらしい。各国が問い質したかったのは、式典直後のウクライナ国営テレビのインタビューでのモリの発言だった。瞬時に世界中に拡散して、話題になっていた。                 

「宇宙空間での平和維持活動(PKO)についても、国連が対応すべきだと考えます。月面であっても、将来的な火星周辺環境までの拡大を視野に入れて、PKOに即時対応出来うる部隊を常設すべきではないでしょうか。暫定的に中南米諸国が請け負うのは仕方がないのでしょうが、各国が宙に飛び出し始めるようになると、国際間でのルール作りも含めて必要になりますので。また、地上でも国連は新たな役割を担ってもいいかもしれません。私達の軍が今年から始めた災害対応用のレスキュー部隊があるのですが、そっくりそのまま国連管轄に移動しても良いと考えています。例えばですが、中南米軍と同規模のレスキュー部隊を日本の自衛隊にも設置して、24時間体制で世界中の何処へでも1時間以内に駆けつけられるようにするのです。
平時は世界中の自然災害に対応しながら、有事が勃発すれば、相応の装備を身に付けて平和維持活動に当たるのです。モビルスーツやロボットが兵士や戦闘機と異なるのが、決して有事の為だけに使うものではないという特徴があります。シャベルをバズーカ砲に持ち替えるだけで、複数の業務を担うことが出来るのです。本来なら、国連が持っていて当然の役割だと私は思うのですが、あなたはどう思いますか?」と、ロンドンに現れた国連のモビルスーツと輸送機の威嚇行動に賛同した上で、異なる役割にも対応可能だと言及していた。  

国連の安全保障理事会で、キプロスでの国連機攻撃について審議が行われている最中でもある。そのタイミングに、「国連は宇宙空間の平和維持と、災害対応にも関与すべき」と明後日の方向からモリが玉を投げてきたので世界中が反応する。

安保理の場では ベネズエラと北朝鮮、日本の国連大使がそれぞれ用意していたカードを提示する。「国連向けの人型ロボット、モビルスーツ等で構成されたレスキュー部隊を管理する役割を、我が国は請負う用意がある。また、宇宙空間でのPKO業務を遂行可能とするパッケージを、国連に提供する用意がある」と3カ国にしか提案できない発言を始める。

レスキュー部隊のミッションを国連に委ねるというモリの発言を受けて、国連常任理事国が慌て出す。有事勃発前後のタイミングで事務総長の権限で国連の無人部隊が即時対応出来る様になると、安全保障理事会は「紛争の事後対策」と「紛争勃発の前の対応策」を協議する場となり、安保理の場で拒否権を持つ、常任理事国のポジションが低下する可能性が出てくる。事務総長の権限で無人兵器を英国へ派遣したので、極めて由々しき事態だと、安保理の席上で非難していた常任理事国の足元を払う様なモリの発言となる。 
地上での有事対応策に関してを議論しあっていたら、提案として、宇宙空間まで風呂敷を拡げ出してきた。元国連事務総長であり、最も宇宙開発技術力の有るベネズエラ大統領の発言なので、大勢の国が宇宙空間はさておくとしても、レスキュー隊は確かに必要だと悟り、国連自体が平和維持、治安維持用の部隊の所有する方向で話が纏まり始めてゆく。  
メディアの前で発言する回数が極端に少ない大統領であり、ネットやSNSで情報発信を本人は一切しない事もあって、たまさかのモリの発言に、世論が過敏に反応する傾向にある。 
「世界最強国家」とまで称される国の首長だからなのかもしれないが、各国のメディアがウクライナ国営放送の映像をそのまま利用して、速報としてトップ級のニュースとして報じる。事務総長権限での部隊派遣を協議している最中ということもあり、タイムリーな話題だと判断したのかもしれない。
月面基地を建設し、宇宙空間の事実上の覇者となったベネズエラが、月面の軍事を中南米軍が統率しないと言及する。地上と同様に国連軍が各国の軍隊の上位にあって、宇宙空間でも全体を統率する。安保理の場が「国連軍常設化の容認」の方向へ収束してゆく。    
国連憲章の改定案作成が承認されると、無人部隊の組織化が半ば容認された状況となる。常任理事国以外の国連加盟各国は口にはせずとも共通の思考を考えていた。もし、紛争勃発の予兆が生じれば即時の対応が求められる。侵略国やテロ組織は安保理での協議を待つはずもない。他国から脅かされる可能性の方が高い国にとっては、迅速に駆けつけて、事態の鎮静化を計る部隊を国連が備えてくれるのは朗報だった。ウクライナのケースで自衛隊の無人部隊が国連軍として駆けつけたイメージが、まだ記憶の中に残されていた。   

今後、事務総長権限で軍の派遣が可能となると、「拒否権」を持っている常任理事国の存在意義は、今までよりも薄れるかもしれない。AI兵器部隊が中心となった軍になれば、人的被害を考慮する必要が無い。そこは自衛隊・中南米軍と同じだ。国連軍として国連事務総長を始めとする組織幹部スタッフの判断で迅速に紛争地域に派遣できるようになれば、安全保障理事会の存続自体が危ぶまれるようになる・・かもしれない。もし、従来通りに安保理の枠組みを維持出来たとしても、ルールブックの改訂が必要となるだろう。   

7月になったタイミングでモリが宇宙空間以外で国連レスキュー部隊に触れた理由がある。  
これから北半球は真夏に向かい、南半球は本格的な冬を迎える。二酸化炭素排出量も減少し、大気中の二酸化炭素濃度も確実に下がっているとは言え、地球の温暖化の気候変動はまだ改善には至っていない。地球上の気候システムは一旦逸脱してしまうと簡単には修正出来ない期間が暫く続くと言われている。北半球では渇水と山林火災、赤道直下では降雨量増加による水害、南半球では豪雪に見舞われる時期に突入する。       
各国とも、想定される自然災害に備えているとは言え、万全な対策が出来る程の国家予算を避く状況には無い。国連にレスキュー隊が常設でき、初動で活躍する場は近いうちに訪れる。

昨年のフィリピン・ピナツボ火山の噴火、今年の南太平洋での海底噴火で、中南米軍が救援活動で活躍したイメージが人々の記憶に残って居る処へ、何らかの自然災害が7月、8月、そして半年後の1月、2月には南北の半球で気候が逆転して発生するのは目に見えている。
四の五と議論し合う前に、実際成果を収めて国連軍の存在を認知させ、既成事実としてしまうのが狙いでもあった。モリがレスキュー隊に触れた時点で、近年に自然災害にあった国や地域は肯定的に捉えるはずだ。

モリがベネズエラに帰国する際、行きは政府専用シャトルと護衛機の組合せで到着したのだが、もう一機、オリジナルの深緑色に塗装されたサンダーバード輸送機が加わったのが話題となる。輸送機に一体何を積み込んだのか、地元メディアがウクライナ政府に問い質して積載物が判明する。その下りが式典参加者の間でちょっとした騒動となった。      
大量のウクライナワインやチーズ・バター等の乳製加工品を持ち帰った事が判明する。毎年買い求める恒例の品々らしいと、遅ればせながら知った各国の首脳達は、モリが持ち帰った産品と同じ銘柄を買い求めて、それぞれの国に帰っていった。土産品でしかない些末な話題でさえ、メディアが取り上げてニュースになる。ウクライナ政府と同国の産業省が後で驚くのだが、モリが持ち帰った産品の売上がゆっくりと伸びてゆく。試し買いした各国首脳が、以降定期的に取り寄せるようになる。また、帰国した際に「モリが好んでいるワインとチーズだ」と周囲に吹聴するので、話に尾鰭が付くようにPR効果が自然と生じていた。「ベネズエラ効果だ」想定外の物産品の輸出増で、政府関係者と食品製造業者は喜ぶ。  
如何にモリの挙動が世界の注目を集めているかを、端的に示したケースと言える。実際、ウクライナワインは手頃な値段なので、ベネズエラ大統領府の食堂ではチリ産ワインのように肉や野菜の煮込み用途に使い、チーズ・バターも食堂の調理用途として購入したのだが、「モリの大のお気に入り」として話が歪曲され、人々は普通にワインとして飲み、ツマミとしてチーズを嗜んだらしい。ニュースを耳にしたベネズエラ政府が訂正するような話でもなかった。ウクライナの輸出品が盛況となった状況に、敢えて水を差す必要も無かった。
ーーー                     国連常設部隊の議論がなし崩し的に所有確定の方向で進み始めると、英国側の発言は全否定された格好となった。食料品を除く英国との全面交易停止の経済制裁をEUが決定すると、主要各国もEUの制裁内容に従って、同様の措置を講じる。過去最大級の非難と罵倒を浴びつつ、英国首相と国防相、外相の3人が辞任を表明する。与党保守党には痛手となり、以降の威信低下は避けられない状況となる。各国からの制裁決定を受けて国の格付けが下がる。食料品以外の輸出入量が急減少し、国内経済に深刻な影響が生じると誰もが想像でき、株価急落、ポンド下落となれば、唯一の稼ぎ頭であった英国金融機関株も下落する。    3人が辞任すれば済む話ではないとして、野党労働党が内閣総辞職を要求する。また労働党は、経済制裁下の状況では国民生活に支障が出かねないとし、国をIMFの管理下に置いて、財政支援と経済の立て直しをすべきだと議会に提案する。   

アメリカがユダヤ資本からの融資を得た事で、IMFの支援を必要としなくなったことが影響する。
IMFとしても、対アメリカ向けに10兆円程の融資計画を立てていたので、イギリス向けに内容を精査する必要はあるにせよ、英国再建プランの検討を始める。一時は対米支援で計画実施に向けて人材選出も始めていたIMF内の実情もあって、対英国向け支援の検討に積極的に乗り出していった。
ーーー                       国連軍の常設部隊が本決まりとなる公算が高まると、装備一式の提供に内定している日本政府は物資輸送を兼ねて、モリ・ホタル官房長官を首相特使としてキプロス島への派遣を決めた。白塗りのボディに黒字で「UN」と書かれたサンダーバード輸送機と日本政府専用シャトルが到着する。自衛隊機が護衛で付かない代わりに、サンダーバード輸送機に積載された5mサイズのモビルスーツ15体が、格子状の荷室の中でライフルを掲げていた。    
牢屋のような格子になっている理由が、15体のロボットがそれぞれ砲門になるということだ。輸送機といっても15基の砲門を備えているので飛行型要塞とでも呼んだ方がいいのかもしれない。必要とあらばフライトユニットとモビルスーツの組合せで迎撃可能なので、護衛機を伴う必要が無い。戦闘機が伴走する必要が無ければ、日本としても訪問先である相手を過度に刺激せずに済む。「専守防衛のあるべき姿を既存兵力を使って具現化する」日本にはそんなコンセプトが似合うのかもしれない。                

キプロス島、同国軍事基地に降り立った日本の派遣団は、輸送機から降ろされるムーンウォーカータイプのモビルスーツ15体とバルバドスタイプ70体が立ち並ぶ様を見ている記者達から質問攻めに合う。 
モリ・ホタル官房長官が間違えないように、タブレットに表示された情報を読み上げながら説明する。
「ムーンウォーカーはバングラデシュ、ネパール兵が搭乗してトルコ系住民とギリシャ系住民の境界線の警備に当たっていた抱く為のものです。バルバドスは両目に赤外線センサーを組み込んでいますので、夜間の警備の為に持ってきました。兵士の皆さんは日中の警備に専念できる格好となります」

「輸送機のサンダーバードもそうですが、ムーンウォーカーはベネズエラが開発したロボットですよね?日本から提供できるのですか?」   
武器輸出に否定的なメディアの、日本人記者が真っ先に質問してきた。         

「昨年、ベネズエラの日本法人の日本の工場をプルシアンブルー社が買収しました。サンダーバードは群馬工場でライセンス製造しておりますし、モビルスーツは茨城日立市の3工場と新潟の中条工場でライセンス製造しています。バルバドスは横浜戸塚区の工場製です。主要部品はベネズエラ製ですが、周辺パーツは全て日本製となります。保守メンテナンスも全て、日本で行います」

滑走路の横の空き地に並んだムーンウォーカーに、バングラデシュ兵が乗り込んで歓声を上げたので、記者達がそちらに視線を合せる。カメラマンの殆どが動き始めたムーンウォーカーを撮り始める。「カメラマンさん達、羨ましそうな顔をしているな」と金森鮎は思いながらも、モリ・ホタル官房長官に切り替える。

「本当は、この倍の数量を持って来る予定だったのですが、皆様御存知の通り、南半球の大寒波でニュージーランドが豪雪に見舞われています。その除雪作業に、別の輸送機が向かいました。ニュージーランドにはベネズエラからも増援部隊が到着して、クライスト・チャーチ近郊の街を雪害から護ろうとしています。何れも国連の支援に寄るものです。国連内で正式に決まっていませんが、災害派遣は時を争うものなので先行致しました」

ニュージーランドの南島で深刻な積雪量が観測され、大規模停電と、信号停止とスリップ事故で交通渋滞が各所で発生していた。ニュージーランドは人口が500万人と極めて少ない国なので、災害時の対応要員を自前で満足に用意できない。そんな実情から要請を受けての派遣だった。  

災害派遣の事実を知らなかった記者達も納得せざるを得なかった。5mのムーンウォーカーは屋根上に積もった雪おろしに向いているだろうし、人型ロボットは昼夜を徹して24時間作業をし続けてくれるだろうと、トレーラー車に乗り込むモビルスーツとロボットを見ながら記者達は実感した。 

「もし、この倍の数量のロボットがやって来ていたら、と想像しました。これから到着する米軍はキプロス島にやって来る必要は無いのではないかと。杜夫人はどう思われますか?」
ギリシャの新聞社が変化球を投げてくる。失言を引き出したいのだろうが、外見は作り物だが中身は9年間首相を努めた人物だけに、誘い水には乗らない。平静さを装い、セオリー通りの発言で無難に纏める。

「派遣に関しては、国連サイドで全て調整されているので、我が国は指示に従うまでです。ニュージーランドに半数の部隊を割いたのも、国連の指示に基づいています。とは言え、今までは各国に軍事面のアドバイスを受けて調整していた所に、今回初めて国連が全ての采配を振るう平和維持活動となります。過剰な位の部隊が関わるほうが、宜しいのかもしれません」そういって、首相特使は笑った。               

 国連軍として稼働を始めた状況に、拒否権を持つ常任理事国は頭を抱える。平和維持活動だけでなく、災害支援活動も始めてしまった。しかもどちらに対しても日本と中南米が関与し、国連軍の中核となる。

陸軍的な立場で歩兵が必要な場合は、国連軍を構成する上で欠かせない、バングラデシュ、ネパールなどの陸軍に要請すれば事足りてしまう。  ニュージーランド南島の映像では、降雪によりスリップで身動きできなくなったトレーラー車をモビルスーツが持ち上げて、人型ロボットがタイヤにチェーンを装着し稼働できる状態にして交通渋滞を解消する。停電に見舞われている地域にはモビルスーツが数体づつ配置し、動力源である核ユニットで発電供給を行い、電力復旧までの場繋ぎをしている。   
それも、ニュージーランド政府と町長にガイガーカウンターで放射能漏れが生じていない事を確認した上での送電だ。当然ながら、輸送機とモビルスーツは核熱ユニットで稼働している旨を入国時に通達し、到着時のクライスト・チャーチの空港で放射能測定を実施済だ。

5m丈のムーンウォーカーは各家屋の屋根に積もった雪を除雪し、地面に落ちた雪を人型ロボットや重機が雪寄せをしている。作業の陣頭指揮を取っているのは陸上自衛隊の設備部隊で、日本、北朝鮮、旧満州では雪下ろし時の死傷者数が発生していたが、ロボット活用によって降雪時の死傷者数がゼロになったと解説、報道がなされる。  

この映像が世界中に流れると、モリの思惑通りとなる。国連が実働部隊を持つことに否定する特定の国を沈黙する事に成功する。      

 国連が武装兼レスキュー部隊を所有する意義が世界各国から求められるようになるまでが、外野から出来得る限界だ、とモリは想定していた。
そこへ、幸か不幸か現職の事務総長が暗殺対象となり、ニュージーランド南島に大雪が降った。短期間での2度の出動で、日本の兵器と自衛隊が関わったのは重要な意味を持つ。
「国連」という大義名分があれば、日本政府は兵器の輸出が可能となり、災害対応やPKOで自衛隊を派遣する事ができる。中南米軍が出来た事で制限を課したのだが、「国連軍」であり「国連災害救助隊」の看板を背負えば体外活動も不可能では無いように、国内外で認知されるのを狙った。来年、北朝鮮軍が出来れば、自衛隊、中南米軍と連携して3軍で事に対応が可能となる。

中南米から世界中へ1時間以内に到達可能な航空機が完成したとは言え、1箇所だけで全世界をケアするのは重い役割となる。3カ国で連携しあって他国と共同作業をこなすようになれば、心強いのが正直な所だった。

ニュージーランドで活躍する自衛隊とモビルスーツをテレビで見ていたら、目頭がやや熱くなってきたので、鼻をかんで誤魔化す。      
安保理決議を待たずして、国連主導で部隊を派遣可能とするのが、モリが遣り残した仕事でもあった。「日本人事務総長だからと言う訳ではないが、自衛隊を使いたい。勿論、最前線に立つのは実績のある無人兵器に限る」と、強引なまでの線引きをした上で各国で国連の一部隊である自衛隊を使いまくってきた。必然的に自衛隊の装備も増え、列強の軍隊と遜色無い兵力を持つまでになる。事務総長就任時は「北朝鮮独立後に国連支援部隊の役割を北朝鮮軍に移管する、それまでの繋ぎ役」として自衛隊を強化してきた。厳密に言えば憲法違反であるのは承知の上で一定の武力を自衛隊単独で身に着けると、当時の金森首相と共に条約撤廃をゴールと定めて、日米安保の縮小をアメリカ政府に提案する。アメリカ支配との決別、属国としてのポジションからの完全離脱を目指して、数年間の交渉の末実現に結びつけた。  
ウクライナ紛争でAI兵器が果たした役割が高く評価されていた事もある。NATOが武器供与以外のアクションを起こせなかった後ろめたさも多分にあったのだろう。日米安保が無くなれば、アメリカ自身も経費負担から解放される。後者のメリットを主に唱えて、交渉に臨んだ。

幸いにして国連本部はNYにある。事務総長という役職を時折逸脱して、ワシントンでロビー活動を行い、安保の撤廃を求め続けた。      

当然ながら防衛費も増額になるのだが、政治と経済の構造改革が功を奏して国内経済は成長を続けており、政権奪取3年後のGDPは1.5倍の規模になっていた。防衛予算GDPの1%枠を保っても1.5倍の予算が組めた。時として空母建造、戦闘機数増産で1%枠を超えた年も生じたが、社会党政権発足で10年でGDPは2倍を超え、防衛費は1%枠内でも政権奪取後の2.5倍の規模となった。    

GDPを更に増大させ、日本経済の成長を止めないためには、日本の輸出産業を更に成長させるしかない。そこで白羽の矢を立てたのがロボット産業、航空機産業、そしてエネルギー産業となる。航空機は水素ロータリーエンジンから、核熱エンジンを搭載した宇宙空間でも利用可能な航空機開発を行い、エネルギーは水素発電、太陽光発電の他に、エコ・アンモニアを製造し、アンモニア火力発電を実現した。           
サミアが主導して人型ロボットの開発に乗り出し、初代機となるエレンが誕生する。   
日本が人体工学に基づいた、ヒトに近いロボット開発を行ったのに対して、ベネズエラではチンパンジーやゴリラ、ヒグマを参考にした。腕力、脚力、握力でヒトに勝る彼等から、瞬発力と破壊力を備えようと考えた。開発着手時からエレンを基に大型化を計り、モビルスーツ製造をゴールと定めて開発に着手する。「モア パワー」を掲げて開発に望んだ結果、人型ロボット・アンナを世に出し、MS-01、通称ジェガンを完成させた・・・。

テレビを見ながら邂逅している最中に、背中に寒気を覚える。背筋がゾクゾクする感じとは異なる。ニュージーランドの雪景色を見ていたから?とは思えないし、風邪を引いたわけでも無い。首都カラカスは標高があるとは言え、ベネズエラは赤道に近い常夏の国だ。そう言えば食欲があまり無く、夕飯は手を付けずに残した物もあったし、酒量もセーブした。 
「変だな?」と思い始めると、軽微な脱力感を感じる。この脱力感には身に覚えがある。自分の唯一の病「燃え尽き症候群」だ。テレビを見ている女性陣に悟られぬようにトイレに行くと告げて、用を足したあと自室に入り、畳の上で大の字になって寝転んだ。      
ベネズエラでは現役製造中の蛍光灯の円管を眺めながら回想する。周りから、特に主治医の幸乃から休みを取れと口酸っぱく言われていたのを思い出す。
今週はアジア行きを止めようかな、と思いながら、北朝鮮とフィリピンでの今週の予定を部屋の中を監視している介護用AIから、大統領府に居る大統領用ロボットのジュリアに繋いで貰い、スケジュールを読み上げて貰う。「やっぱり、休めそうもないな・・」とAIの音声を聞きながら思い目を閉じると、そのまま眠ってしまう。  モリの就寝を感じ取った介護用AIが、居間にいる女性陣にアラートを送る「大統領、自室で睡眠に入りました」と。 

アラートを居間で受けると、パメラと杏がやって来て、真っ先に左腕にスマートウォッチをしているのを2人で確認して、モリの脈拍数と呼吸数が記録されているのを更にダブルチェックすると、杏がOKサインをして、パメラが頷いた。

蕎麦殻の枕を頭の下に宛てがって、タオルケットをそっと掛けると、蛍光灯の電気を消して襖を閉めた。

一応、一国の大統領なので最新の体制が講じられているようだ。

(つづく)      


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