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7章 狩りの季節 (1) お手柔らかに。 (2023.10改)

搭乗口にやって来て、漸く理解する。
ビジネスジェットではなくB777の政府専用機が止まっていた。娘たちは就航間もない機体に乗れると喜び、前回の倍近い官僚達も嬉しそうだ。
これだけの人数をビジネスジェットでカバーできるのか?という疑問は即座に解消された。

前回タイ行きの航空自衛隊のスタッフが再度担当すると、玲子から聞いていた。彼らが娘たちのボディガード役を兼ねるというのだが、一緒になってショッピングしている様な気がした。玲子とサチと意気投合して、アユタヤ散策を楽しんでいたのを何度も見かけていたからだ。

チャワリットさんとパウンさんは、モリの後方を体臭を嗅いでいるのではないかと思うぐらいにピタリと付いてくる。タイでの秘書という概念は日本と少々違うのかもしれない。
搭乗前に2人と英語で話していると、チャワリットさんはロス留学、パウンさんは英国留学というだけあって、モリの東海岸系と3者3様だと笑いながら会話していた。
初めて遭遇したタイの上流階級の子女さんだとモリは想定していた。グアムの語学カレッジ留学ではなく、UCLAとケンブリッジ卒だ。
コロナ渦でもタイに帰らず、2人で恵比寿のマンション住まいだというのだから恐らく間違いない。
インドシナ3国の生活雑貨やスナック菓子ではなく、欧米ブランドの方がよっぽど詳しそうなので娘たちには誤算となるだろう。後で報告しておく必要がある。

定刻など無いので荷物を積んだら出発だ。
直ぐにボーディングが始まる。チャワリットさん達と玲子達も政治家用のシートがあてがわれ、モリの後列に座った。官僚たちはエコノミー席のような記者席に座ってゆく。そこは申し訳なく思うが、食事メニューは一緒と聞いてやや安堵する。

外務省の里中女史が前回のタイ同様、視察部隊の取り纏めを務めると挨拶に来て、隣に座った。「後でいいのに・・」と言うと「酔っ払って寝ちゃうでしょ」と言いながら、明日の予定表を渡される。
大統領と主席とランチ、夜は晩餐会と書いてあるので驚く。
「朝一でホテルの貸衣装室を特別に確保してもらってるの。秘書さん通訳さんとお嬢さんたちのドレスも選んでほしい。サイズはみんな事前に聞いている。あなたのは会社の方から聞いてます。だからなんとかなると思う。ハノイで各自2着づつ借りて、ラオスとカンボジアの晩餐会も着回すからね」

「わたくし、東京都の議員なんですけど・・」

「何言ってんの、あなたは訪問団の顔なの。
各国の政府からの要請だから断れません。
ハノイ政府はドクタードローンが大活躍しての感謝だし、ラオスとカンボジアは農業用途だけでなく、Dr.ドローンを欲している。それと自動車ね。「精霊が宿るクルマ」で.タイで販売台数トップだもんね、どの国も欲しがるって」

「そっちか・・」それなら仕方ないか・・

「各国の首長や大臣へのお土産は用意してあるので問題なし。滞在中の飲食も全てコチラで用意します。各国到着前にCIMカードと小遣い程度の現地通貨を機内で渡します。パスポートは預かっちゃうから、買い物するならカード払い出来る店舗でお願いします」

「了解しました」

「ベルト着用が終わったら早い夕食だけど、あなただけ事務次官達と別室でとってほしいの。パーサーの方が呼びに来るから従って来てね。夜食も出るけど、それはこの席で召し上がって頂いて」

「・・分かりました」

「じゃ団長さん、宜しくね」
機体が地上を動いてるのに、里中女史は去っていった。
「明日のスケジュール」は両面刷りになっていて、裏が英語だった。
後席のパウンさんに「回覧でお願いします。回覧後パウンさん管理で」とA4の紙を渡す。​
「分かりました」の前に「WAO!」と驚いたのは晩餐会の下りだろう。上流階級の方々なら安心だが、ウチの娘たちと自分自身が心配だった。

777は全く揺れずに徐々に加速し、フワリと浮かび上がった。
飛び上がった後の機体の旋回時の傾き具合も全くGを感じない。空自パイロットのエース級のOBなのだろうが、民間機との違いを実感する。大型旅客機だってこれだけ丁寧に離陸出来るのだと、指導する場があってもいいと思う。

「モリさんを担当させて頂きます、吉田です。お久しぶりです」
玲子とサチがタイでお世話になったパーサーさんだった。ベルトを外して立ち上がる。

「お久しぶりです。では、お願いします」
パウンさんにミーティングランチと告げて席を離れた。
「娘達のお守りもしていただけると聞きました」
吉田さんの後ろ髪を束ねた髪飾りに向かって声を掛ける。

「お守りだなんて。今回も私達の方がお世話になると思いますよ」
頭だけ90度右に回り、大きな右の瞳がモリを捉える。

「何にせよ、お世話になります。宜しくお願いします」

「こちらこそ。今回も楽しませて頂きますので」

「あ、じゃあハノイの方がいいのかな?明日の夕飯は政府の人たちと食べるので、その後、クルーの皆さんとナイトスポットに繰り出しましょうか?」

「了解です。玲子ちゃんと調整しますね。
アユタヤのメンバーが揃っているので、三日間飲み歩く様な気もしますが」

「お手柔らかにお願いします」
とお互いに言ってると、個室っぽい扉の前に到着し吉田さんがノックして、ドアの中へモリを誘った。

部屋の中にいたのは外務次官どの、農水次官どの、そして里中女史の3名だった。

ーーー

今回の訪問団に日本のメディア4社が同行しているのをモリは知らなかった。里中女史が玲子には「今回は記者が同行しているからね」と伝えたので、娘たちは認識している。
養女モードとプルシアンブルー社のバイトの使い分けを徹底し、機内や会場、現場等メディア関係者と空間を共有する場合は全てが公やけの場だと理解している。
騒がず小声で会話し、彼等に余計な情報を与えないよう心掛ける。教師だった頃のモリとの付き合いの中で自然と身についたモノが、政治家に転じても通用すると考えていた。
各国への援助協力の7割はプルシアンブルー社の資金なので、彼女たちが臆する必要はないとモリも言っていたので、動じずに堂々と振る舞っていた。

とはいうものの、記者たちが援助内容の詳細を把握している訳でもない。内容を「これから」記者に把握して貰うための取材活動だと外務省も農水省も受け止めていた。
それ故だろうか、記者たちの心象は悪い方へ傾いてしまう。
都議でしかないモリが団長を務めて、若い女性と共にファーストクラスに該当するシートに座っている。モリは早々に席を立ったが女性陣は動かない。アジア系の美女が立ち上がり、若い女性達の食事をまるでCAのように甲斐甲斐しくサポートし始めたので「何と、世間知らずで失礼な娘たちだろう」と憤慨してしまう。
チャワリットさんとパウンさんにすれば、自衛官のパーサー達のサービスが納得できなかったから自然と立ち上がり、飲み物や調味料を取りに行っただけなのだが、記者達は、
「あの娘たち、酒を秘書に取りに行かせやがった」と勘違いしてしまう。

記者たちも航空費を払っていないとはいえ、自分たちはエコノミークラスで、料理は同じといえども、秘書も居なければ、機内のパーサーさんたちも少人数でおざなりにならざるを得ず、良い印象を抱くどころか理不尽なものを感じてしまう。

そもそも、至る場所でチヤホヤされている人物を同性は好ましく思わない。
バンド活動をする議員でハンティング能力もあり、50代には見えない童顔で体格にも恵まれている。女性に囲まれている絵柄がやけに多く、リア充を地で行く人物の印象は、典型的な歳の取り方をする者のやっかみの対象となる。
現に5人も女性を引き連れているので、心情的には許せないものがある。

援助の総額は国が負担していると考えているであろうし「ODA(政府開発援助)はやはりロクなものではない」と誤認している段階からの取材スタートとなる。
食事を配膳し終えたパーサーたちが娘たちの席を訪れて談笑しているのを見て、苛ついてしまう。
アジア人秘書(と誤認)がパーサー達に指導をし始める(ように見えていた)と「何様だ」と怒りを覚えてしまう。
チャワリットさん達にも受難が降り掛かってしまったのだった。

知らぬ間に「監視対象」になってしまったモリ一行の3日間が始まった。

ーーーー

ベトナム側からの予想以上の要望の多さにモリが辟易していたら、
「外務省としては全て応えるつもりです」と力強く事務次官どのがおっしゃるので、とりあえず驚きながら頷いていた。
農水省は外務省と協力して南アジアとミクロネシアの稲作事業の支援を呼びかけてゆくと農水事務次官どのが言う。
話が前回と重複してると思っていたら、モードを変えて話出した、実に回りくどい。
要は、アメリカ農務省と副大統領、そして民主党大統領候補者の3者がプルシアンブルー社との提携を求めている。その一環が穀物メジャーによる米国産小麦の販売権締結だと言う。
話は米国大使とアンガス氏から聞いていた通りなのだが、初めて聞く話だと言う体で頷き、驚いたような顔をワザとして話を聞いていた。

「先ず2つ課題があります。一つは米国産小麦の価格です。農作物ですから流動的な価格となりますが、今は生産量自体は安定していますが、コロナによる家庭内での消費増で価格が不安定な状況にあります。プルシアンブルー社はウサギやエミューの獣害に悩むオーストラリア穀倉地帯の救済活動を促進する見返りとして、小麦の仕入れ価格を低減しています」

農水事務次官が「相違ないよね?」と言いたいのか、モリを見るので頷いた。

「アメリカの特に北部の麦ですが、カナダも含めて野生の豚による獣害が広がっています。野生の豚と言っても日本のイノシシよりも大きく、重量的にはツキノワグマ以上の個体も珍しくなく、猟銃による捕獲に頼っている状況です。麦への被害総額と野生豚駆除費用はオーストラリアのウサギ駆除を遥かに超え、野ブタ対策にプルシアンブルー社が乗り出して来れれば、米国農務省と穀物メジャーはオージー産の麦よりも安価に提供すると言及しています。モリさんに伺いたいのは、アメリカ北部の野ブタ対策に手助けするおつもりなのでしょうか?」

「はい。コロナが落ち着きましたら北米に拠点を構えて、獣害対策の支援活動を始めるつもりです」と応える。
コロナが「来年後半には下火になるだろう」と思っているモリと、「まだ終わりは見えない」と警戒している2人の事務次官との間で、時間軸の齟齬がここで生じる。

「何年後の話か・・」と事務次官達は落胆してしまう。アメリカ側にメリットを齎すまでまだ時間が掛かるとみなしてしまう。事実、兵器とも言える製品なので、日本のスタッフが訪米して作業に当たらねばならない。​機械を送って終わりで済むのは、オーストラリア向けのウサギを獲らえる捕獲ネットを投擲するドローンだけだ。
「兵器」を送って現地にお任せとは行かないだけに、訪米がいつ実現するか誰も分からないのが実情だ。間もなく北半球で収穫した麦が市場に出回る頃だ。
アメリカ側が今年の収穫物をどの程度の価格で供給するか判明する。プルシアンブルー社を米国はどの程度まで「待てるのか?」それが全く見えない・・。

「2つの問題とおっしゃいましたよね? もう一つは何でしょう?」

モリに言われて事務次官は続ける。
「政府が小麦を取り纏めていたと言っても、実際は商社に全て委託していました。つまり相応の経費が上乗せされ、販売価格となっていました。麦の価格が安価な頃は目立ちませんでしたが、価格の上昇と共に見直しが求められていたのですが、農水族の議員たちの抵抗で身動きが取れませんでした。米国はそれが分かっているので政府協定価格の仕組みから降りると言って来たのです」

「モリさん、もうお分かりですね。アメリカは与党との関係を断ち切る、とまでは行かないとは思いますが、今までの過剰な付き合いを見直して、プルシアンブルー社との関係を新たに構築したいと考えているのです」
外務事務次官がモリを見据えて言った。

「なるほど、よく分かりました。
では提案なのですが、今年度分の米国産小麦の販売権だけプルシアンブルー社が請負うというのはいかがでしょう?」

「今年度分は間もなく入荷します。その一方で我々がコロナでどうにも身動きできません。これでは米国と協議できません」
農水事務次官どのが嘆いた。

「1つ見落としされているようです。我々はワシントンとオタワに寄る必要はないのです。
カナダ国境に近い米軍基地かドメスティック空港に降りて、狩猟に専念すればいいのです。
米国政府とカナダ政府との相談はネットで完結して、冬が来る前に根こそぎ野ブタを狩ってしまえばいい。在来種では無く、人為的に持ち込まれた動物なのですから、絶滅しても構わない筈です。養豚場から逃げ出す豚が皆無になればという前提条件が付きますが」

「そうか。地方はコロナが及ばない・・すみません、盲点でした」

「都議会が無い期間で、2週間ほど温泉付きのキャンプ場を拠点にして狩猟を続ければ、間違いなく万単位の個体を射止める事ができます。ほぼカナダですから、落葉して視界が拡がる時期が狩りのベストシーズンだと考えております、いかがでしょうか?」

テーブルの上のレターセットをモリが手にして記入しながら発言してゆく。狩猟経験のない官僚達がアメリカ側と相談できるように・・。

「了解しました。早速アメリカとカナダと折衝いたします」外務次官どのの目が輝いた。

「では食事を運んで貰いましょう!」農水次官どのが立ち上がって部屋を出ていった。

外務省の里中と視線を合わせて、予定通りに事が運んだと微笑みもせずに目で会話した。

ーーー

ハノイに到着し、外務省が纏めた訪問団の感染陰性証明を提示して入国時の隔離待機期間を外交特例として免除扱いとなり入国審査を終える。
官僚と機のクルー達もそして訪問団に同行した記者たち全員が、事前に配布されたPCR検査キットで2度事前チェックし、陰性と結果が出ていた。

訪問団がベトナム副外相たちの出迎えでバスに乗り込むと、全員にPCR検査キットを渡されるホテルに到着したら各自検査しろ、と言う話だ。

時刻は22時になろうとしている。座席に座って外を眺めていると隣に玲子が座って来て耳打ちする
「吉田さんと3人で街へ繰り出しましょう」と。

「え?」

「杏と樹里、了承済です」
玲子が小悪魔のように笑う時は何かしら企んでいる時だ。

「して、そのココロは?」

「吉田さん、千歳から岩国基地に転属するから専用機クルーを引退するんですって」

「へー、そうなんだ・・分かりました」

それは奇遇だと驚く。
岩国市は山口東部。下関とは新幹線で1時間だ。

(つづく)


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