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(4) 外野が騒々しいが、今はまだ無風 (2023.9改)

早朝、ベッドを抜け出してワークパンツとTシャツを身に纏い、試作タブレットと警備用ドローンが入ったバッグを肩に掛ける。スニーカーを履いて、そっと扉を開いて部屋を出た。
エレベーターでロビーフロアに降りると、同じワークパンツとスニーカーを着用した翔子が居て、柔かに立ち上がった。近寄りながら「おはようございます。残念、あなた様はTシャツでしたか」と言う。
翔子は白いシャツを裾を出し、羽織るように着こなしている。外気温を確認したのだろう。

「朝早って、よく分かりましたね・・」

「あなた様の筆頭秘書を目指しておりますので。では参りましょうか」と先を歩き始めた。

秘書というより、ホテルの従業員から見たら、夫婦の散歩にしか見えないだろうな、と思いながら建屋を出た。

南方の明け方の澄んだ空気は独特なものがある。歩きながらドローンをバッグから取り出す。録画用のメモリを差し込んで、銃弾が装填されている確認をする。法に反しているのを承知でドローンに内蔵した銃器を持ち込んでいる。SPの居ない、地方議員の護身術だ。

電源を入れて、ファンの可動を目視して「フライ」と声をかけると音声認識して飛び上がる。飛翔しながらタブレットに上空からの映像を送ってくる。
「尾行者・3名」とドローンが補足した。モリのチェック数と一致する。どこの国だか知らないが、朝からご苦労なこったと思いながら、タブレットを翔子に渡す。
美し過ぎる我が秘書様も、尾行の存在を知る。これで基本情報はシェア出来た。尾行は無視して朝のお散歩を継続する。

「川沿いの映像を撮るようにドローンに指示して下さい。上流に向かって2キロ飛んで、帰ってくるくらいでいいかな・・」

「分かりました」翔子がタブレットをタッチしてコメント入力で指示を入力すると、ドローンがゆっくりと移動を始めた。

「良い所ですね、アユタヤ」

「日中は暑くて、多分そうは思わないでしょうが・・あ、あれ」

2人で並んで川沿いの道を歩いていると、白鷺2羽が飛んで来て着水するかと思ったら浅瀬だった。足だけ川面につけて片方が毛づくろいを始める。「つがい、でしょうか」
「ええ、仲が良いですねぇ・・」言ってる途中からオスがメスの背中に乗って、おっぱじめる。神聖な朝のひとときが台無しになる。

「・・あのですね、この先に市場があるんです。果物を買いたいのですが」
「はい、分かりました」
お互いが鷺の短すぎるプレイを目撃してしまい、バツの悪い顔をしていたので、吹き出すように笑いあった。

朝市は以前と同じ場所にあった。雨季ならではの豊かな食材が店舗に並ぶ。
上空には撮影を終えて戻ってきたドローンがいる。
「高度を落として、市場の熱気を撮って欲しい」とタブレットに入力する。モリはスマホを取り出して、動画撮影にすると、ヒトの目線での市場を撮ってゆく。

「先程の川の映像と、市場の映像を何に使うんですか?」翔子に尋ねられる。

「えっとですね、メナムって曲を作りました。10分少々の曲なのですが、タイ語で「川」って意味です。タイの人はチャオプラヤ川をメナムって言うんです。昔はメナム川って日本の地図にも書かれていましたが、訳すと「川川」になるので、突然チャオプラヤって言うようになりました。

水源地で生まれた1滴が集まって沢になり一本の川に集約する。大陸しかも東南アジアはラテライトと呼ばれる赤褐色の土なので、あのような色の川になります。それだけ土壌を含んで運んでいるので下流域はほんのちょっとの肥料だけで、作物が実ります。
そんな豊かな恵みをもたらす川をイメージして作ったんです。今回の収録の時に演奏するので、その時にイメージビデオを流そうと思いまして」

「なるほど。でも、作曲もお手のものなんですか、次から次へと相変わらず凄いですね・・」

「タネ明かしすると、音楽用のAIを作って遊んでるんです。議会用のAIばかり相手にしていると疲れてしまうので、議題によっては、音楽で息抜きの時間に当ててます。翔子さんには、料理用AIをプレゼントしますよ、近いうちに」

「料理用AIですか? イメージが浮かびませんねぇ・・例えばどんな風に使うんでしょう?」

「ランチにお店に入ってガパオライスを召し上がろうとしています。
料理の写真を撮ってから、タブレットを自撮りモードにして食事しながら、「ガーリックが多い」とか「ひき肉の油がギトギトしすぎ」「タイの目玉焼きは油揚げって言った方がいいよね」とか翔子さんが思うがままにコメントしていくんです。ガパオの調理レシピやお店の情報は、ネットから大量に仕入れていますから、AIは翔子さんの味の傾向を分析して、翔子さん好みのレシピ作りを始めます。
おそらくですが、3パターン以上は出してくるでしょう。
日本人はガパオライス大好きですから、ネットの情報量も多い。ー方でソムタムやタイ風春雨みたいなものは、パパイヤを売ってるお店が日本には殆ど無いのと、中華風春雨の方が多分情報量が多いので、味のバリエーションが少なくなってしまうと想定します・・」

「では、滞在中に食べた料理を食レポみたいに撮りだめして於いて、後でAIに動画を見せたら、私もタイ料理がある程度調理できるようになるかもしれない?」

「そういう事です。翔子さんのように味覚の優れた方で、指摘するポイントが的確であれば、名店の味をレシピ化できるかもしれません。僕も今回の議会中のランチは外食しましたが、何店かで食レポを撮ってAIに分析させてみたんです。そしたら、結構使えそうだなと思いましてですね」

「実はAIと仲良く遊んでいたんですね?」

「ええ。早く音声で会話できるようにしたいと思っています。その都度文字入力するのが面倒なので」
「それで新宿に来なくていいって、私達を追っ払ったんですね・・」
「いや、そういう話ではなくてですね・・」

「冗談ですよ。あの、提案なのですが、会社の東京支社を新宿に設けませんか?
その事務所の一室を先生の個人事務所にするんです。人手が必要なときは里子の愛弟子さんたちに手伝ってもらったり。里子達が仕事で悩み事があったら、先生に相談したり。つまり、一緒に世帯を構える事で双方にメリットが出ると思ったんです。お台所があれば昼食も作れますし、人数が増えたら社食を作って先生に一緒に召し上がっていただいてもいいですし。やっぱり、外食が続くのはあまり好ましくないかなと思うんです」

「東京支社の拠点・・そうですね。いつまでも埠頭の倉庫って訳にもいかないですよね・・」

「来年の都議会選挙で、新党立ち上げて、先生の教え子さんや里子の愛弟子達を立候補させて、都議会をのっとったりしないんですか? 
雑居ビルごと借りて、新党の本部と新党の都議の事務所と、プルシアンブルー社の東京支社と、フロア分けするんです。政策立案と経済活動を一枚岩にするんです、先生が立ち上げる政党は」

「なるほど・・」秘書というより、この人は参謀役、幹事長向きかな?と思いながら微笑んだ。

ーーー

モン族のシャスナ・モンカーンはホテルから出てきたターゲットの尾行を始めた。

同じアウトドアブランドのワークパンツにad/dasのスニーカーなので、妻かもしれない。後ろ姿だけなので、女の顔が分からない。

ドローンが飛び上がったので、隠れろとサインを送ったが2人が遅れたので補足されたか?と思ったが、メナム沿いに飛んでいったのでバレていなかったようだ。
市場に来ると女の顔も写真に収める。ショウコ・ミナモト、レイコ・ミナモトの母でモリの公設秘書となっている。この母娘は空港で確認している。先程のドローンは警備用ではなく、撮影用ようだ。通りに並ぶ店舗をゆっくりと動きながら撮影しているように見える。

プルシアンブルー社のドローンが凄いのは、操作する必要が全くない点だ。意思を持っているかのように自立して飛び回る・・雑踏の中に、バンコクの中国大使館員を見つけた。写真を撮るようにサインを送る。モリと秘書は果物を物色していて、気付いていない。モリのバッグに何かを付けたように見えた。

「スハローク・ワン、大使館員の動きを見たか?」「小型の盗聴器だと思いますが、随分とバレやすいところに付けましたね」

「取れそうか?」「やってみます・・」連絡を終えて振り返ったら、スーツ姿でサングラスで顔の見えない中国人2人がシャスナの前に立ち塞がっていた。

ーーーー

「ต่อสู้!(喧嘩だ)」という声と共に出店の野菜がスーツ姿の男と共に派手な音と共に吹っ飛んだ。

「僕の後ろに居てください」翔子の尻を押して、体ごと背中に張り付くように両腕でおんぶするように廻して翔子の尻を両手で触る。
「あなたのお尻が大好きです」と言ってからドローンに向かって、「Attention!」と言って警戒態勢を指示する。

肌の白い女性と男が取っ組み合いしながら出てきたと思ったら、助っ人なのか、ナイフを持った男が上から「降ってきて」、男の顔にキックを食らわせた。
「あれは痛いだろうなぁ・・」と言ったら「そうですね」と可愛く首だけ出して翔子が前方を見ていた。

「終わったようですが、もう少し待って下さい。負けたのは中国人っぽいですね・・勝った方はどこの国だろう?」

「ベトナム戦争の時にCIAがタイとラオス北部の部族を戦闘要員にしたててベトコンゲリラに対抗したって言われてましたよね?」

「よく知ってますね?」

「先生の本棚にあった本に書いてありました」

「なるほど」そう言って翔子の尻を両手で撫でる。つまり、2人共アメリカと思っているという事だ。
「では、後方に移動して市場の逆側で果物を買ってホテルに戻ります。彼らのターゲットは僕らでしょうから」

「了解です」

「C'mon Eileen!」

ドローンを殿(しんがり)にして翔子の両肩に手を当てて後退しようとしたら、翔子がカモンアイリーンを歌いだした。・・何気に楽しかったみたいだ。 
ーーーー

ホテルの一室でテレビモニターを男たちが映像を見ている。今朝ほどの中国側とのトラブルを静観して、その場から退却する男女をカメラは捉えていた。

「確かに、このドローンは警備用ドローンで、モリの指示を認識して動いているようだ」
CIA極東支部長のサミュエル・アンガスが指摘する。ドローンは尾行者の存在にも最初から気付いていたのだろう。もの凄いテクノロジーだ・・

「このタイプのドローンは獣害対策で使われ、日本では麻酔薬入の矢を放って鹿や猪を捕っているが、矢じりのホルダーが見られない。何らかの武器を装備していると見るのが妥当だろう」
日本駐在の米国大使が言う。

「プルシアンブルーは武器の製造も手掛けているとすれば、好都合じゃないか」
サミュエル・アンガスがドローンの映像を拡大するが、粗すぎて分からない。そして続けた。
「それに、このドローンがある限りモリの安全は守られる。つまり第三者に庇護を求める必要がない。日本のSPも警察も、そして我々もだ・・で、それでもヤツをどうかしたいんだな?」

「議員のまま彼を職員に加える事はできないだろうか?」

「本国では職員のまま議員になるのは認められていないが、ここは日本だ・・例外は適用できなくはない。そこまでして何がほしい。プルシアンブルーのテクノロジーか?彼の頭脳か?」

「両方だ。彼が日本を変えてしまえば、我々はアジアの拠点を失うばかりか、日本に経済支配されるかもしれん。ならばあらゆる手段を講じて、アメリカの未来を担う人材として位置づけたい」

「党の政策顧問、どこぞの州知事と言ったところか?」

「いや。大統領の選挙参謀から大統領当選後の大統領補佐官だ」

「随分大きく出たな・・それだけの価値があると?」

「最大の懸念というより確信は、大統領と彼は絶対に合わないという点だ」

「おそらく合っているだろう・・。では、やはり駄目じゃないか」

「君の親戚筋にあたる副大統領閣下の顧問に彼を加えるんだ。大統領への助言やアドバイスは副大統領が代行すればいい。
そして任期の途中で副大統領が昇格。昇格の手段は彼に考えさせればいい」

「驚いたな・・正気か?」

「実現すれば、アメリカの、そして共和党の未来は前倒しで明るいものとなる」

「彼にアジアでの実績を踏ませて、副大統領がワシントンへ誘うか、アジア訪問に託つけて「会いたいと誘う、か」

「そうだ。そのためにCIA職員にして彼にアジアで無双をさせる。対中関係や対朝鮮関係で成果を上げさせてくれ」

「簡単に言ってくれるなよ、友よ」

「最低限でいいんだ。彼に何かしらメリットを与えて欲しい」

サミュエル・アンガスは考えさせてくれ、と言って部屋を出て行った。
 
(つづく)


モン族

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