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(6)束の間の休息と、休む間も無く変化する世界。(2024.3)

「マイ、出掛けるよ! お父さん、またね〜」
娘に言われて、頷く。進学先も決まったので、あゆみは学校に遊びに行くようなものだ。

彩乃が戻ってきて、モリの腹にしがみついているマイを引き剥がす。3人プラス、警護担当の中3になる圭吾が加わった構成で、仲良く(?)中学校の送迎バスの停留所に向かっていった。
送迎バスは岐阜の白川郷を出発し、富山の五箇山を経由して南砺市・中地区の中学校まで向かう。

マイの日本人名は本人が相当悩んだ挙げ句、「杜 麻衣」となった。戸籍が無いので、母親がルールブックとなる。母の叱責で暫く凹んでいたが、やはりサバを読んでいたようで13歳だった。4月から中2となる。中3生になる村井彩乃にマイの面倒を見て貰う様になる。 
マイの弟のリアムは、4月で小学4年生となる。もっと下かと思っていたのでリアムには驚いた。漢字名を決めるのにあたって「夢」を使うのを母がイヤがり「梨杏 (日本名はリアン)」となった。
リアムも英語が話せるので、母親のアリアと共に大森の家に入り、4月まで品川のインターナショナルスクールに暫定的に通う。もう一人アリアの亡夫の上の妹サリュの3年生の娘、 ルシアはカタカナ名のままリアムと品川の学校に通う。そして、サリュの妹がリタという。
キリスト教を信奉しているので名前自体には違和感が無いのだが、マレー族寄りというよりも、外観上はスペイン系のフィリピーナの様にも見え、まだ慣れていない。

明日から都議会が始まるので、昼前に大森の家に向かう。
シャン族の5名と女子大生6人、ビルマで一緒だった翔子と由真という大構成メンバーなので、今回の移動は新幹線とする。シャン族一行に東京なるものをチラ見して貰おうと考えた。

金森知事の計らいと言うか強権発動で、県庁のミニバスが庭に停車中で、運転ロボ・アイリーンが運転席に固定されている。見た目はロボットそのものだ。手だけがヒトに近いのはハンドルとギア操作の為だと言う。モリの知らぬところで富山県は一歩先に進んでいた。

「ロボットが代行運転してくれるのだから、何でもかんでも無人化にする必要は無いでしょ」とサミアに言われて頷くしかない。
サザンクロス航空の旅客機にも第3のパイロットとして載せるらしい。サミアは国交省に国内線はロボットを載せてパイロットを一人にしても良いのでは?と言っているようだが、「分かりました」と素直に納得するはずもない。孝明党大臣の省庁だけに、やってる感を見せ付け過剰に演出する。認可されるまでとんでもない時間が掛かるのは確定だ。
このミニバスで東京まで行くのが一番有り難いのだが、そんなこんなで道路交通法に触れるので、富山県外には行けない。

知事と秘書の蛍、そして高校に向かう歩と海斗がネットジェン社のワンボックスカーに乗り込む。帰国して一番驚いたのが蛍の妊娠だ。
再会した際に「フフン」と鼻で笑い得意げな顔をしているので、翔子も由真も瞬時に悟った。お陰で2人からはピル絶縁宣言を宣告される。シャン族3姉妹が新たに加わったからいいですよね?という半ば強制力のある圧を食らい、承諾するしかなかった。

「土産は惜しむなよ〜、もずくや海ぶどうで誤魔化すんじゃないぞぉ!」
目の前を走り去りながら蛍が叫ぶので、笑うしかない。週末は大森組で石垣島に家探しと事務所探しに向かうのだ。

ワンボックスカーの前後にプルシアンブルー製の無人ミニパトが走ってゆく。今更ながら自分達が起業した会社の成長の速さに驚く。都内に居ても実感しないからだ。
「運転手が居なくなる県」と富山は言われているらしい。

「おはよ〜、相変わらず煩い人だねえ・・」
大学受験を終えて結果待ちの長男の火垂が家から出てきて、顔を洗いに井戸にトボトボと向かう。

自由な火垂を誰もが羨ましく思い、大森移動組は三々五々、庭で散っていった。

ーーー

舞台はところ変わり、富山港、ブルネイ・バンダルスリブガワン港、ベトナム・ハノイ港、タイ・ラヨーン港からの輸送船がインド洋を目指していた。ミャンマー・ヤンゴン港に物資を届ける為だ。

プルシアンブルー社との包括経済協力締結により、各国のプルシアンブルー社の工場製品がサザンクロス海運の輸送船で運ばれている。
メインは発電と農業支援、軍事支援を先行する。まず発電事業だが、ミャンマーの夜の衛星写真を見ると、隣国のタイ・ラオス、バングラデシュと比較すると 北朝鮮並に暗い。
最大人口を誇るヤンゴン市内の電力事情を好転させるために、イラワジ川河口部とラングーン沖に海上フロートを浮かべ、太陽光パネルが敷き詰められ始めていた。
電力に余力のあるブルネイに昨年末納入したパネルを解体収納して、ビルマに輸送中だった。
ブルネイ補填需要分として、富山と岡山で製造された最新の太陽光パネルが出荷されてゆく。

停電が状態化している旧ヤンゴン・ラングーンの電力事業を暫定的且つ迅速に改善するのを目的として、太陽光発電・大型蓄電池設備を投入する。並行して、来年中の操業を目指して台湾電力と共同でガス火力発電所を建設する。
ガスと石油の産油国でありながら、民間向けの発電事業には全く投資してこなかった軍事政権に怯える必要は無くなった。電力事情を改善して、工場誘致を促進させ、経済を立て直す必要がある。

次に農業支援の農耕用バギーと軍事用バギーの搬入だ。2月となり田植え・稲刈りが既に始まっている田にバギーを送り込み、国境警備と都市部の警備用に軍事用バギーを配置する。
バギーと兵士をペアにすることで、兵士の負担を軽減するのが目的だ。

それら物資を運んできた船舶に、逆に積み込まれるのがミャンマー陸軍から押収した中国製武器や兵器類だ。一旦タイ東部の王族領地内のプルシアンブルー社の工場に運び込み、中国製兵器の検証を行なう。陸軍の兵器に先行して、ミャンマー空軍の戦闘機もタイに運び入れている。
全ては新生ミャンマー軍とミャンマー政府の意向であり、プルシアンブルー社は受託されている体裁を取っている。
中国がタイ政府とプルシアンブルー社に猛抗議しているが、文句はミャンマー政府に言え、と突き放す。そもそも全商品はお買い上げ品であり、ミャンマーの資産だ。ごちゃごちゃ言われる筋合いは無い。おまけに、旧ミャンマー軍の支援と援助に心血を注ぎクーデターを煽った中国が、与党NLDに対して高圧的な要求が出来るはずも無かった。
「旧ミャンマー軍が敗れて、解体の憂き目に合う」という想定を全くしていなかったのだから、己の怠慢を呪い 勝手に震えていれば宜しい。

プルシアンブルー社は粛々と中国製兵器を診断・解析していた。例えば15式軽戦車であれば、弾道がどの程度飛び、機銃にどの程度の破壊力があるのか調査する。
最も重要なのは、「UAVが軽戦車のどの部分を狙って攻撃すれば、軽戦車を無力化し且つ乗員の生命を保護するか?」という点だ。

プルシアンブルー製のUAVが放つ小型ミサイルや弾道は殆ど無駄が無い。ヒトではなくAIが射出するからだ。ターゲットを捕捉と同時に攻撃するので、タイムラグも無い。
的を当てる能力もヒトよりも長けているので、ピンポイント射撃が可能だ。燃料タンクを破壊すると軽戦車ごと大爆発してしまうが、UAVの狙いは「エンジンの特定部所を破壊して、軽戦車が動かなくなる」のがゴールとなる。
軽戦車を補充し続けたとしても、片っ端から叩いて無力化し続けてしまえば戦費だけが嵩み、経済が悪化する・・これを戦闘機、装甲車、火砲兵器等ごとに「処方箋」を用意して、最小限の弾頭で狙い撃てる能力が有るからこそ、兵器を徹底的に研究する。

また、同じメーカーの重戦車や戦闘機であれば、設計思想は似通っているので、外観の映像や写真から「攻撃箇所」をAIで判断する。
2,3度攻撃して、もし攻撃した兵器が乗員もろとも大爆発してしまったなら、人道的配慮としてプランBを発動して、狙う箇所を変更すれば良い。

15式軽戦車以外の陸軍用車輌では、95式自走対空機関砲、11式105mm装輪突撃車、92式装輪装甲車等の、人民解放軍陸軍が何百台も採用している車両を全て暴いてしまう。
この独自の分析結果を西側同盟国に流布すると、中国は益々慌てるだろう。
各車両が密かに採用していた西側の電子部品は、製造メーカーはサプライチェーンを調べて、中国の兵器メーカーへの部品供給を止めるだろう。
また、詳細情報が流れた兵器は商品価値を失うので、新たな兵器を開発する必要が出て来るが、西側の部品が殆ど手に入らないので、あれこれ時間が掛かり、新型車両の開発コストは暴騰するだろう。
「軍事費用が跳ね上がるか、兵器が全く売れないか」という絶望的な選択を中国に突き付けるという、戦わずに勝利する「戦術」をプルシアンブルー社は推進してゆく。

ミャンマー軍軍備品の次にモリが狙うのは、カンボジア・フン政権の転覆だ。
カンボジア軍の中国製兵器の数々を手にしてAI解析すると、中国の兵器産業は死滅するかもしれない。

ミャンマーの首都ネピドーでは延期となっていた議会が開催され、議案が纏まりつつあった。軍政から民政への転換となるので、憲法改正の為の憲法審査会が発足し、軍部の政党解体に伴う補欠選挙の実施が決まる。
大統領は軍事政権が制定したミャンマーを廃止し、ビルマ共和国と国名を戻すように提唱し始めていた。旧首都のヤンゴンもラングーンに戻る方向で話が進んでゆく。

ーーーー

「ミャンマー陸軍が購入した兵器が、タイ東部のプルシアンブルー社の工場に運び込まれているようだ」
バンコクの中国大使館からの報告は、北京政府と人民解放軍が危惧していた最悪の展開へと向かいつつあった。
既に他国で購入が決定していた中国製兵器の数々が購入延期や購入中止となっている所へ、戦闘機と陸軍車輌のタイ搬入だ。
プルシアンブルー社が詳細まで分析するのはクーデター失敗と同時に危惧していた。

元々中国製兵器の技術はロシア企業が開発した兵器が手本となっている。
基本製造技術が無く、コピー製造技術に基づいた兵器製造なので、緻密さや精度には難がある。
プルシアンブルー社であれば、その実態を容易に悟るであろうし、台湾やアメリカ等に漏洩すれば国防を揺るがす事態となる。

「事を荒立ててくれるな」と、日本の中国大使から懇願されているが、事態は悠長なタイミングでは無い地点まで到達している。中国はプルシアンブルー社を敵性団体と見做すしかなかった。

春節明けには全人代が始まるが、兵器輸出、工業製品輸出が滞る状態が続く以上21年の経済予測は極めて厳しいものとなる。
昨年末から工業製品の輸出がストップに近い状態になった際に政権が「中国経済光明論」なるものを打ち出している。
「中国経済の前途は明るい」という、マヤカシに過ぎない物だ。

昨年末に、2021年の重要課題として「中国経済光明論を高唱する方針」が打ち出された。
習近々平総書記は、中国共産党内で序列4位の王 捏寧・中国人民政治協商会議(政協)全国委員会主席を旗振り役と定めた。
国際政治専門の大学教授という経歴の王氏は、江沢民政権時代から歴代指導者のブレーンを務めた人物で「3代にわたる皇帝の師、三代帝師」と言う二つ名がある。
現政権では習近々平主席肝入りの巨大経済圏構想、「一帯一路」の取纏め役となっており、政権内の経済政策の責任者とも言える。

2月早々ミャンマークーデターの余波を受けて、王 捏寧は東風汽々車の社長や工業情報化部部長(大臣)を務めた苗 蔚山氏、吉利汽々車創業者の李書副氏や有力エコノミストを集めた政策勉強会を開催し、一致団結し「中国経済光明論」の重要性を説いたという。
「中国経済光明論」は単なるキャンペーンではなく、諜報活動と防諜を担当する国家安全部が関与して、中国経済光明論を支えようと動き出した。
反スパイ法に基づく取締りを担う国家安全部は、習近々平政権下では国家の安全保障を最優先するセクションへと変貌した。
国家安全部が絡むと事態は深刻さを増す。
中国の経済政策や企業経営について国内で批判的に論じる事が難しくなる。批判行為が中国の経済安全保障を脅かす敵対行為とみなされる可能性が高くなる。
中国国内の証券会社のエコノミスト、アナリスト達が自由に論評ができなくなり、学者達も「不動産購入、中国株式投資等の中所得の罠」といった当局が忌避する話題を、公の場で発言できなくなりつつある。
つまり事実を隠蔽し、嘘を嘘で固める方向へ、北京政府は舵を切ってしまったのだ。

プルシアンブルー社が作り出した、この絶好とも言える機会を捉えて、CIAと日本の公安調査庁は動き出していた。

ーーーー
富山空港を離陸したロシアウラジオストク行きのサザンクロス航空のターボプロップ機がゆっくりと旋回すると、乗車客から歓声が上がる。同航空会社のサービスなのだろう、S2000内の50人乗りの乗客は正面に見える富山連峰の白銀の峰々を車窓にへばり付くように見ていた。
プロペラ機なので飛行速度も落とせるので、つかの間の遊覧飛行を左右の乗客に見せるのだ。劉 璋達7人以外の乗客は殆どロシア人だった。

遊覧飛行後、機体は加速し始めるのだが、プロペラの騒音が殆どしない。ノイズキャンセリングシステムが稼働しているからだと言うのだが、ジェット機のようなゴーッという音もしない。
ウラジオストクまで2時間程度の飛行だが、そこで北京行きの中国航空に乗り換える。恐らく、この快適さは薄れてしまうだろう。
サザンクロス航空の売りの1つ、車掌ロボ・・空では配膳アテンダントと呼ばれているが、CAとペアになって軽食と飲み物を配りだす。
サザンクロス航空に初めて乗る6人の日本人女性はスマホに撮って喜んでいる・・・

一昨日、富山空港で職務質問された劉 璋は市内の建屋に輸送された。日本の公安が入居する建屋なのだろう。警察署とは異なる雑居ビルのような佇まいの10階建てのビルだった。
その一室で劉 璋が大陸へ運んだ芸能人女性のリストを見せられた。
疚しい点は微塵も無いので動じることは無いのだが、全員を把握されていたのは正直驚きだった。公安と見られる組織の男は、中国元の札束を押し出してきた。

「今回連れてゆく3人に加えて、新たに3人の日本人女性を連れて行って欲しい」と言うので劉 璋は驚いた。

「女性の自衛官ですか?それは直ぐにバレますよ・・」

「いえ、この3人です」と3人の写真を押し出してきた。
劉璋ですら知っている、中国内のAV販売でも売れっ子だった引退したセクシー女優だった。

「パスポートは本名ですが、貴国では今でも売れているAV女優です。3人共、何度か訪中してプロモーション活動していた経験があります。
今は日本のどのプロダクションにも属していませんが、3人とも上海の芸能事務所で雇用が決まっておりまして・・あ、AVは無しです。バラエティ番組に中国語で出演がメインとなります。それであなたに一緒に中国までお連れ頂けないかと思いまして」

笑みを浮かべながら言う。この男は何者だ?公安ではないのか?
それに、この3人は劉 璋が預かった3人よりも、よっぽど知名度がある。まだ売れているのに惜しまれつつ引退した3人だ。相応の収入を得ていた筈で、売れっ子だった3人を同時にスカウト出来るのは何故だ?とまず思った。

「いろいろ疑問に思われていると思います。私も名前を明かしたいのは山々なのですが、あなたのご友人に、私の素性を知られるのと不味いのです。現に、一人彼に奪われてしまいましたからね。
あの3人を唆した人物として表沙汰になると、今アプローチしているAV業界引退者諸君達に警戒されてしまうのも心配しています。それでこうして直接お会いさせて頂いたのです。これは中国へのガイド料です。お納めください」​​

「あなたは警察もしくは公安と繫がりをお持ちのようですね?」

「そうでなければ、この3人とはコンタクトすらできなかったでしょうね。人外の力が無ければ私も、手間隙を掛けて捜索する所から始めねばなりません。それが端折れるので助かっています」
あっさりと関係を認めた・・

行きの機内でも味わったコーヒーを貰い、そんな回想していた。何もトラブルも無く済み、結果オーライとなった。少々多い駄賃を貰ったので、かえって役得になったとも言える。
今後は本名・椙山 阿須佐がパイプ役となるというのも、劉 璋には喜ばしかった。嘗て劉が世話になったセクシー女優の一人だ。
来月末には更に2人の元女優が加わり、劉 璋は指定の空港に迎えに出向き、万が一の連絡先を伝えて、宿泊先のホテルへ届けるだけで済むと言う。劉には楽なものだ。

おかわりのコーヒーを貰った際に、配膳用のロボットが劉 璋の写真と最初に預かった3人の女性の写真を勝手に撮影し、富山県公安経由で、東京の警視庁公安部に写真データと4人が利用した回収された紙コップが真空パックされて、都内に配送される。

プルシアンブルーのテクノロジーを利用する事で、日米の諜報機関も進化するのかもしれない。

(つづく)


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