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(5)"適材適所"という表現は、適切なのだろうか?(2024.2改)

授業が終わると真っ直ぐに校門へ向かう。
弟は例の如く女子に囲まれている。ヤレヤレと思いながら素通りして富山県庁方面に歩いてゆく。別に、弟と連れ立って移動する必要は無いのだ。

「あゆ兄ぃ、何で黙って先に行くんだよ〜」海斗が走って追いついてきた。
道の両サイドには先日の大雪の残雪が積み上げられており、溶けた雪が路上で筋となって、所々で凍っている。そんな路上を普通に走るのはどうかしていた。プロになるかもしれない、というのに不注意なヤツだと思い、口にすると、また小言らしくなってしまうので弟を諭すのを止めた。

先週、J2トップチームの監督に声を掛けられ、新チーム新体制発足の宮崎キャンプに参加するように言われた。クラブチームは2人の通う学校に事前に相談しており、学校は昨冬のリモート学習時のカリキュラムをこなすのを条件として、キャンプ参加を了承したと言う。
2人は大いに喜んだ。宮崎はJリーグ各クラブのキャンプ地でもあるので、シーズン前の練習試合もあるだろう。10日間プロ選手達に混じってトレーニングに参加出来るのも然ることながら、もしかしたら、オープン戦に出場出来るかもしれない。

J2クラブのキャンプに転校生2人が参加すると知った生徒達から、チヤホヤされるようになったのだが、兄の歩は迷惑そうな姿勢を態度で示したが、弟の海斗は拒まずに受け入れていた。キャンプが明けたらデートしようと、何人かと約束まで交わしている。
「折角、転校生を温かく迎えてくれているんだから、応えないといけない」と調子の良いことを言っている。それで弟の周りに女生徒が集まるので、兄は無視して歩いていた。

富山駅から金沢駅まで普通電車で1時間、片道1300円掛かるが学割定期にしている。
五箇山から富山市内までは、祖母の出勤に合わせて知事用の車両に同乗し、県庁から歩いて高校に登校している。

練習が終わるのは19時過ぎになるので、帰りまで同じとはならない。祖母はその点も踏まえて、しっかり考えてくれていた。
知事車両の前後を警備する富山県警の無人パトカーがある。秋から導入されたミニパトカーサイズの車両で、AIで自走する。
同車両は県知事邸ー県庁間の決まったルート間を走行するよう認可された特殊車両でもある。
その警備用車両の一台を孫たちに残して、知事は先に帰宅している。

県庁の駐車場に到着した兄弟は、指紋認証でミニパトカーのトランクを開けると、通学用のカバンを入れて、ウエアやスパイクの入ったバッグを取り出す。知事の秘書・・今日は志乃さんだろう・・が昼に作ってくれた夕飯用の弁当と練習前の軽食セットを持ち出す。
練習を終えて金沢から帰ってきて、ミニパトに乗り込めば、いつの間にか家に着いている。
移動に時間が取られる日々だが、コーチの居ない高校の部活と比べたら、環境的な充実度は大きく異なる。ましてやプロチームに練習生として参加するので日当が出る。高校生なのでたかが知れたものだがアルバイト代くらいにはなる。

富山駅に2人で向かう途中で、同じプルシアンブルー製の県警のミニパトを見る。通常のパトカーは2人以上の警官が乗っているが、ミニパトは婦人警官が一人となっている。婦人警官は運転席に座ってハンドルに手を置いているが、実際はAIが運転しているのだという。
上空にはパトカーとペアになる護身・周辺環境監視用のドローンが飛んでいるので、婦人警官や警官は一人で良くなり、ミニパトカーの台数を倍にしたと祖母が言っていた。

栃木県警、岡山県警にもミニパトを順次投入中で、来月から山形県警、岐阜県警にも導入予定だという。デザインの評判も良く、なぜ市販しないのだろう?と免許を取ったばかりで、バイクの方に興味がある歩は思っていた。
日本の道路交通法では一般道を無人車両が走るのは、認めていない為だ。
一方で、富山市内を走っているトラム・市電車は軌道上を走るので、5月からAIロボットAI車掌のコンビによる車両が導入されるというので話題になっていた。
そのAIロボットペアで、県内を走るバスは無人運転に移行するらしい。
ウラジオストックへ向かったサザンクロス海運の連絡船もAIが搭載されたハイブリッド駆動船で、16日にウラジオストックとシンガポールに就航するサザンクロス航空の航空機にも、AIが搭載されると言うので話題となっている。

駅前周辺はPB建設による再開発がアチコチで始まっており、駅の反対側にはパシフィックホテルとプルシアンブルー社の日本法人ビルの建設が進んでいる。ビジネスと観光で富山を訪れる人々の受け入れ体制は着々と進んでいた。

ホームに停まっていた金沢行きの列車に乗り込み、4人掛けの対面シートに座ると歩は参考書を広げるが、海斗はスマホをイジりながら、この日の軽食を食べだした。日本ではあまりお目に掛からないタイ産のバナナと志乃さん手作りのマフィンだった。

「やっぱウメーな、完熟バナナは」弟が旨そうに食べるので耐えられずに歩も食べだした。

一つ一つが横浜より上回っており、快適だった。転校して良かったとお手製マフィンを食べながら感謝している次男坊であった。

ーーー

祖母と幸乃副知事が帰ってくると、あゆみと彩乃が着替え中の二人をそれぞれの家で個別に詰問する。2人の目的は、父親が名古屋入りを認めたのかどうかの1点だった。

ネットでは現職の名古屋市長、愛知県知事へのインタビュー記事も書かれていて、県知事が終始歓迎ムードなのに対して、現職の市長は荒れていた。
市長の市議会の党派でもある減税会派の市会議員達に至っては、家康と信長がやって来るかのような動揺を隠せずにいた。
東京都議会の与党・都民ファーストを「自分が第一、都民はセカンド以下なんですね。嘘をつくのも大概していただきたい」と議会で暴いた人物が名古屋にやって来たなら、同じように存在価値を失うのは誰もが分かっていた。
「減税って看板に掲げてますけど、あなた方は何かを成し遂げたんですか?逆に市の財政悪化させていませんか?」と間違いなく指摘されるだろう。

祖母はあゆみに「最低1年間は富山に居なさい」と命じ、母は彩乃に「来年は名古屋の学校を受験しなさい」とアドバイスした。

あゆみは祖母に問い掛ける。

「日本の状況はお父さんも随時確認してると思うんだ。しらさぎ経済圏構想がこれだけ大きく取り上げられているから、名古屋の市長選の話だって知ってるはずだよね・・。おばあちゃんはどう思う?大きな都市の市長をやってやろうって、お父さん本当に思ってるかな?」

ジーンズとパーカー姿に着替えた鮎が孫娘を抱きしめて囁き始める。

「あなたには本当の話をするけど、内緒にしてくれる?」

「うん・・約束する」

「私にはお父さんがどうしても必要なの。海外とか、遠くに行かれると困るのよ」

「名古屋だったら、お互い行き来も楽になる?」

「うん。金沢から特急電車で3時間だからね、事ある毎に押し掛けちゃうつもり。・・・あのね、あなたも大きくなったら分かってくれると思う。蛍は勿論だけど、私もまだ女として枯れていないし、お父さんに抱いて欲しくて堪らないの。
つまり、名古屋のポスト提示はお父さんへのラブレターなのよ。お願いだから遠くに行かないで、っていう私なりの願い。

でも、あなたの想像通りだと私も思う。
お父さんは名古屋市長には成りたくないだろうから、代わりの候補者をきっと探してくるだろうって何となく分かってる。
それを承知でワザと言いたかったの。幸乃さんだって、岐阜駅から電車で20分の場所に赤ちゃんの父親が居るのは大大大歓迎でしょ?岐阜駅と名古屋駅、横浜から渋谷並の距離感だからね。
・・・そういう私達なりの思いを汲んで、日本の何処かの市や街で自分の居場所を見つけて、時々富山と岐阜にやって来て、私達をしっかり可愛がって欲しいのよ。・・こんな話をあなたに言うのは、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「まぁそのぅ、お父さんは上手なの?」
モジモジしながら言うので、頭を撫でる。

「中学生女子に言うのはちょっと憚かられるものがあるけど・・一人の女として正直に言うと、物凄く上手・・って言っても、お祖父ちゃんと比べてだけどね」

「高校生になればもう少しは分かるのかな・・
あのね、お母さんにもお願いしたんだけど、お母さんの卵子を保存して置きたいの」

「卵子って、お腹の卵の話よね?」

「うん、そう。夫婦の子なんだから何人居たって構わないでしょ?お父さんの精子も万が一に備えてしっかり残しておくの。お母さんはまだ2人は産むって頑張ってるけど」

「あのね、それは中学生が考える話じゃないと思う。まだ言わなかった方が良かったかなって、今ちょっとだけ後悔しているよ」

「うーんと、私も正直に言うね。好きで好きで堪らないんだよ、お父さんが。
赤ちゃんを生んじゃ行けないのも勿論、よく分かってる。それで代理母出産を考えた。お父さんとお母さんの子なら、私にとっては兄弟だもの、大丈夫、育てられる。
それに、おばあちゃんとお姉チャンたちと一緒で、お父さんに抱いてもらいたいって想いは凄く強くて、最初の相手はお父さんがいいって、思い切って夜のビーチで告白したんだ。
だけどね、やっぱり相手にされなくて、高校でカッコイイ男に遭うから慌てるな、もうちょっと待て、だけど自分を安売りするのもダメだって言われちゃった。まぁ、父親としてはそう言うしかないんだろうけど・・」

「そっかぁ、告白したんだ・・」
孫を強く抱きしめてから、ゆっくり離れて目を見据えた。

「私の孫は男性を見る目は間違っていないと思うよ。あなたにとっては父親だから、次元が違うのを承知で敢えて言うけど、あんなイイ男を私は見たことがないし、そうは居ないだろうからね」

「そうなんだよ、どこにも居ないんだよ・・なんで娘に生まれちゃったんだろうなぁ・・ ねぇ、私をおばあちゃんの娘にしてくれない?」

「あら、嬉しい。15のかわいい娘が出来るのね?」

「うん。私は私生児で、お父さんとは血の繋がりは全く無い設定でお願いしやす!」

「ありゃま。私の娘はどうやら頭でっかちになってるみたい。ちとマセ過ぎなんじゃないの?」
孫の頬をつついてみる。

「そりゃそうよ、モリ家の娘だもん!」
孫娘に剥れ顔でそう言われ、胸が痛む。この場は苦笑いするしかなかった。

***

数多くのメディアが「モリ氏の次なる舞台は名古屋」と取り上げると、モリ家の関係者たちやプルシアンブルー社員は、情報の正誤を確認しようと試みる。しかし、既に連絡が取れない国へ移動してしまったようで真偽の程は分からない。

来年大学入試となる横浜の高校へ通う娘たちは、名古屋の大学を調べ始める。
その母たちもプルシアンブルー社の名古屋支店設立を想定して、勤務先の離職・退職に向けて動き出していた。プルシアンブルー社の新宿オフィスへいち早く転職した者も居る。

最も動揺していたのは都内の大学生かもしれない。次の職が国会議員であれば、国会開催中は都内に居るが、名古屋市長になってしまうと、拠点が名古屋のみなので疎遠になってしまう。

まだ憶測に基づいているとは言え、世間で名古屋に注目があたっている中で、とあるメディアがスクープ記事を報じた。明日の朝刊に詳細記事を掲載すると言う。
辺野古の基地開発事業を請け負っていたゼネコンの家宅捜索時の資料から、沖縄選出の衆議院議員との癒着構造が検察の手で明らかになりつつあった。検察はその話を一部のマスコミにリークしたのだろう。
辺野古基地建設の首謀者達を引き摺り出す上で、格好の当て馬が見つかったようなものだ。

該当の国会議員は、県会議員の頃から15年掛けて後援会の会員を増やし続けてきた。
阿曽政権下で北海道沖縄開発担当大臣になったのが、本人のピークだったようだ。
県内企業と大手ゼネコンを中心にして、月一万円の会費を徴収していた。中小企業が大半を占めるとは言え3千社以上あり、年間で3億以上。会費収入となると問題なので、那覇市内のホテルでパーティー形式で後援会が集金してきた。

しかし、本人が与党で大臣になる資金としては脆弱だった。阿曽派の領袖として「親分・子分」の関係を築き、県議、市議にばら撒く費用が欲しいとゼネコンに要請し、それを補ったのが辺野古基地建設を含む、公共工事利用の集金システムを作り上げた。
1代を除いて歴代沖縄県知事と良好な関係を築いてきた同氏の事務所は、県内の公共工事関係の情報の宝庫だった。その情報と差配を求めて県内の土建業者が事務所に日参しているという。

辺野古の建設現場の警備を請負い、毎日2千万円請求し続けた業者も同氏の口利きで入札に臨み、最安値で受注したが、応札後にゼネコン会社が警備範囲の訂正を行い入札時の仕様とはかけ離れた警備が必要となった。
再入札となるも、何故か入札する業者が現れずに単独受注となった。

検察はこの入札変更に注目し、調査を進めて来たが他にも再入札となったケースが5件発覚していた。その晩、永田町には激震が走っていたのを富山で語り合っていた者たちは知らなかった。

(つづく)


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