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(4) ヘソクリと、秘め事(2023.8改)

作業を終えて小屋で農具を片付けていると、娘が風呂の準備を知らせに来る。祖母は孫娘に礼を述べて、母屋の風呂へ向かってゆく。
息子達は子供小屋の浴室を使っており、最後にモリが入る。杜はその間、片付けと明日の準備を済ませて、日中で乾いた箇所だけ、庭の草木に水やりをする。
風呂の前に必ず定番の薪割りを庭の片隅で始める。汗をかくタイミングに適しているので。

風呂はガスで煮炊きしているが、合掌造りの家では屋根の防虫対策を兼ねる目的もあって、囲炉裏の火を絶やさぬようにしている。囲炉裏で燻された煙が絶えず屋根裏まで登っていくと、春先に屋根の藁に巣食う虫を追い出す。それ故に薪を必要とする。
先月末、山に入って木や枝を集めてきた。田植えが終われば、また山に行こうと思っている。

視界に何やら飛行物が入ったので、空を見上げると、夕暮れの鮮やかな色彩を背景に蝙蝠が変則的な動きをしながら飛んでいた。横浜であれば燕が東南アジアからやってくる頃だ。北陸にはもう暫く後だろうか。
5月になって日も伸びた。しかし夕刻になると一気に気温が下がる。例年よりも肌寒いもの感じながら、今夜も夕飯後に囲炉裏に移動して酒を飲もうと考える。ウィスキーにするか、それとも焼酎割りかなと考えながら薪割りをしていると、世界を騒がせているウィルス騒動をすっかりと忘れてしまう。農村で過ごしていると例年との差異を何ら感じないから、なのだろう。

テレビやネットのニュースを見れば異常事態を考えるが、都市部では混乱の中にあっても山間部では幸いにして、まだ無縁だ。ウィルス対処への緊急性も、感染に対する緊迫度もこの地では余所事のように受け止めてしまう。家族もご近所さんも同様で、ウィルスを特に意識せず、普段と変わらない日常がここでは淡々と続いていた。
先程、外界へ買い物に出かけた妻と娘は、日常とは異なる雰囲気を多少は感じたかもしれない。それでもスーパーや商店ではマスクとアルコール消毒をするだけだろうが、もしそれ以上の違和感や差異を感じたとならば、夕飯時には体験談として聞けるだろう。

この閉塞した周囲と隔離したような環境下に居ると、将来や未来について考える様になる。欧州でペストが猛威を振るったその昔、巣ごもりしていたニュートンが万有引力の法則のきっかけを掴んだと、ある新聞のコラムに書かれていたので、合いの手を打った。
世紀の天才と凡人ではレベルも異なるのだが、凡人は凡人なりにアイディアを膨らませ、未来を見据えようとしていた。
こうして家族以外の人達も加わって集団生活をしていると、絶えず誰かが居て、会話をしている。宗教組織だったら脱線するのかもしれないが、健全な肉体と思考を持った者同士なので学生時代のゼミを思い出す。鮎は研究室のように感じているらしい。そういう意味では 良い環境なのかもしれない。

薪を割っていると、風呂だと長男が伝えに来た。今日はアイディアの種は生まれなかったな、と思いながら、木々とナタを方して、家へ入っていった。

ーーーー

春先の天候は移ろいやすい。予報で雨の確率の高い日は休日となる。

女性陣は金沢市へショッピングへ出掛け、モリは息子たちを留守番を託して、金沢市のお隣り、石川県かほく市へ向かった。ブルーインパクト社のオーナーであるモリは内灘町 に雨天の日限定で通勤する。
北陸の一大干拓地である「河北潟」は広大な田園地帯が広がっている。しかし、近年は後継者不足やコメの単価が安くなり休耕田が増加しているのが目立つ。

友人夫婦を会社代表に据えて、モリが全額出資して有限会社を設立するのと同時に、休耕田、耕作放棄地を購入した。
干拓地を埋め立てた田園地帯なので、田んぼは全て長方形状に区分けされている。モリが到着した時には4輪バギーの形状をしたトラクターが土を掘り起こし、代掻きの終わった田ではコンバインが田植えをしていた。
バギーを開発した設計製造者達が登山用のレインパーカーを着用してバギーをリモコン操作している。モリは傘をさして、操作中の設計者の元に出向き、話を聞きながら状況を確認する。

バギー自体は3年前に完成して改良を重ねている。トラクターのローター部とコンバインのカッター部を交換パーツとした複合機となる。
これまでは拠点を何処に置くかをメンバーと協議しながら、神奈川県西湘地区の田んぼでテストを繰り返してきた。秋田県の八郎潟など、本州の干拓地を視察して、全員一致で内灘町に決まった。小松市に日本を代表する建機メーカーがあり、周辺に部品メーカーが多数あるのがポイントとなった。バギー用の部品製造、組立を界隈で委託出来る。
会社自体はモリが嘗て勤務していたITメーカーの同僚たちで構成されており、全員副業での参加だった。

「連休中のテストだけだと思ってたら、コロナのお陰でじっくり滞在出来るのは大きい、ツイてるよ」

「お互い、本業に支障の無いようにしようね」

「ボスも起業家に転身せざるを得ないかもよ。サミアが会社を辞めるって、こないだ皆んなの前で言っちゃったんだ。こっちのほうが断然楽しいって。みんなも、その気になっちゃってる」

「え?ちょい待ち。まだ販売計画すら決まってないんだぞ。みんな知ってるだろう、暫く先だって。コロナ中だぞ、営業出来ないって」

「そうは言ってもさ、周辺の農協や県の農政担当者が毎日のように視察に来るし、近所の農家さんは「完成したんでしょ、完成したよね」って浮かれてるし、ボスの言うとおり、干拓地は勝手にショールーム状態になってるんだよ。
今日は雨だから静かだけどさ、天気のいい日はギャラリー結構いるんだよ」

「販売形態も、値段だって何も決まってないのに・・」

「見込み客は干拓地だけでも相当あるって。田植えと稲刈りシーズン限定のレンタル提供だけでも元が取れるかもしれないってエンジニアたちも言ってるんだ。それに輪をかけて、サミアの方のテストが物凄いことになってる」

「おいおい、冗談だろ?一つづ取り組むって約束してたじゃないか」

サミアの発案で検討しているのが、新型の魚群探知機だ。今までの魚群探知機は、船舶に設置したソナーで魚の群れを捉えたが、サミアの開発した探知機は船舶設置ではなく、ラジコンサイズの潜水艇を複数台用いる。湾内や一定の海域全体に潜水艇を分散配置し、ソナーに加えて、潜水艦が敵艦捕捉時に使うビーコン波による2重の手段で、湾内全体の魚の群れを常時把握する。

今までは海域の魚の生息数を種類別、季節別、天候別、時間別で把握する手段が無かった。

海洋生物学者の鮎が知ったなら、狂喜乱舞するデータが集まる。学者、研究者には堪らない情報となるだろう。しかし、主な用途は効率的な漁であり、水産資源の保護が目的だ。周辺のそれぞれの漁港が魚の種類別の水揚げ計画をデータに基づいて具体的に立案し、魚の「取れ過ぎ」を防止、回避する。

例えば、好漁場で知られる富山湾では、寒ブリ、ホタルイカ、白エビ等が有名だが、近年は水揚げ高が上下に推移して不特定な状況にある。 
ホタルイカ漁を専門とする漁師さんが居たと仮定する。ホタルイカが減った年には打撃を受ける。気候変動なのか、乱獲なのか、増減する原因は未だに特定できていないが、漁師さんたちは知らず知らずのうちに、ギャンブル状態で海に出て網を投じている状況となっており、日々の水揚げが運に左右されるようになってしまう。

この地に拠点を構えた理由の一つが、魚影が濃いと言われる富山湾能登沖に近い立地だった。この新型探査機で、季節毎の魚の群れのデータから予想水揚げ量を分析し、豊漁が期待できるようであれば、一定の産卵数を確保して取り続け、一方で今期は不漁と早々に判明した魚はメインとせず、漁師さんは別の魚を狙ってゆく戦略を立ててゆく。水産資源を確保しながら、データに基づいて戦略的に漁を行なうスタイルに移行するのがチームの狙いだった。

「で、そのサミア様はどちらで作業してるんだい?」

「ここから能登半島を北上した海岸線でビーコンソナーを設置してるんだけど、見に行く?」

「いや。いいよ。オレがデータ見たって分からないし・・あ、そのデータの解析って、何でやってるの?潜水艦や船舶が対象じゃないんだから、専用アプリでも作ったのかな?」

「そうなんだ。それを専用のAIにやらせている。魚の群れの動きや、集団の数、群れの水深などの情報から魚を分析する。あ・・ボス、先に謝っとく。ごめんなさい。
サミアを怒らないで欲しいんだけど、魚の群れの特定方法は金森教授に教えを乞うたんだ。教授は息子が出資してるならって、無償で引き受けてくれた。あぁ、本当にゴメンなさい。申し訳ない。流れでどうしても言わざるを得なくって・・」 

「・・・」
ゴードンの爆弾発言で目の前が真っ暗になった。

鮎はこの会社の存在を知っている。
出資者が誰かも分かっている。出資額は登記内容を見れば分かってしまう。そう言われてみれば、誰も行き先を問わない・・フラッと出掛けても、誰も咎めなかったな・・

ーーーー

「このインド人夫婦もグルなのね、ビタ一文出していないようだけど・・」

鮎からモリの新事業を聞いていた女性陣が、登記簿を閲覧している。情報を知らされた蛍の顔が段々と険しくなるので、誰も反応できずに黙り込んでいた。

「インド系アメリカ人ね、正確には」
この際どうでも良い情報だが、鮎が訂正する。

「あの、先生の役職は出資者って扱いになってますけど?」玲子が登記簿を見て、問う。

「全額出資だから事実上、この会社のオーナーよね。ゴードンさんはボスは彼しかいないって言ってたし」

「家族には黙って、5億ポンって出すの?いったい、どこに隠してたのよ!」

「バン!」と蛍が弱めにガラスのテーブルを叩いて、カップの中の紅茶やコーヒーが揺れた。

「あ、我が家では通帳は蛍が握ってることになってるのよ・・でも、どこに隠し持ってたのかしらね?」鮎の説明で皆、納得する。

「蛍さん、宝くじがたまたま当たったのかもしれませんし。先ずはご主人の話を聞かれてからでもいいじゃないですか・・」
里子がフォローするも、蛍の怒りは収まらなかった。

「でもね、お互いで隠し事してたわけよ、結果的に。私達は2つの秘め事を彼に明かさなきゃいけないし、彼は出資と会社設立を内緒にしてた。
正直に言うとね、この5億円があったなら、選挙も楽だったのにって思っちゃった」

鮎が言うと翔子と里子が申し訳なさそうに下を向き、蛍が2人の腕を取って慰める。
娘たちが困ったような顔をしていた。


(つづく)


かほく市 内灘町

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