『遭遇』(超短編小説)
旅客機は深夜のシベリア上空を飛んでいた。
窓を隔てた向こう側はマイナス40℃の世界だ。窓際に座っているせいか、外の冷気が肩のあたりに伝わってくる。地上にかすかに明かりが見えるが、都会のそれとは違って数えるほどだった。
昨夜パリを発ち、東京まであと六時間。ほとんどの乗客が寝息を立てている中、私の目は冴えるばかりだった。やることも特になく、窓の外の闇をじっと眺めていた。
ふと気づく。はるか空の果てに何かが飛んでいる。その飛行物体は青白い光を放っているように見えた。最初は同じ飛行機かと思っていたが、じっと見つめていると、その光の様子がそれとは違うものなのがわかった。
「まさか、UFO!?」
シートの周辺を見渡してみたが、機内では誰も気づいていない。その青白い光は徐々にこちらに近づいてきた。なんと、その飛行物体は“人の形”をしている。
私は自分の目を疑った。マネキンだ。青白い光を放つ女性型のマネキンが飛んでいた。マネキンは無表情な顔で、飛行機に向かってきている。「カンッ」という鈍い音がした。マネキンは飛行機の機体に当たったようだった。冷静に考えれば、時速約900kmで飛ぶ鉄の塊に衝突したとすれば、あのマネキンはバラバラに砕け散っただろう。
現実離れしたものを見てしまった。私はかなり驚いていたが、“これはあり得ること”という気持ちもどこかにあった。
以前、「バミューダトライアングル」の本を読んだことがある。それは、フロリダ半島、プエルトリコ、バミューダ島を結ぶ海域の名である。不可思議な事件が起こる“魔の海域”として有名で、過去に100を超える船舶や飛行機が突如何の痕跡も残さず消息を絶った。
最近の事件で有名なのは「蒸気船コトパクシ号」だろう。コトパクシ号は1925年にアメリカのサウスカロライナを発ったきり行方不明になった。それから90年後の2015年、キューバの沿岸警備隊が不審船に遭遇する。発見時は幽霊船のように海上を彷徨っていたという。船内は無人で、錆び付き荒れ果てていた。その船を調査したところ、発見された航海日誌からコトパクシ号だとわかったらしい。
荒れた海や空には説明のつかないことが起こる。パイロットたちもその多くが未確認飛行物体の目撃経験があるという。オカルトの域を出ない眉唾な話ではあるが、実際にこうやって空飛ぶマネキンを見たのだから、そういった話を信じないわけにはいかない。
そんなことを考えながら、自分の頭を整理しようとしていると、急に機内が激しく揺れた。その激しい縦揺れに多くの乗客が目を覚ました。
「ただいま、当機は、気流の悪いところを通過中でございます。運行には支障ありませんのでご安心ください」
機内アナウンスに、私を含めた乗客たちはほっと胸をなでおろした。大丈夫だとわかっていても毎回怖い。慣れないものだ。心臓をバクバクさせながら再び窓の外に目を向けると、私の心臓はバクバクを通り越して止まりそうになった。
あのマネキンが窓の外から私を見ている。
機体に張り付き、金色の髪を激しく風になびかせながら、窓越しにこちらを凝視している。人工的な表情はぴくりとも動かないのに、何かを必死にうったえようとしているような気がした。
私は恐怖のあまり声も出せなかった。
マネキンの目のあたりが微かに濡れているように見えた。咄嗟に、通路側の隣席に座っている若い女性に声をかけた。
「すみません。見てください!窓の外にマネキンがいます!」
「え?マネキン?」
「ほら、こっちを見てます!」
振り返るとマネキンはいなくなっていた。私は「すみません。ちょっと寝ぼけていたみたいです・・・」と言って女性に謝った。変質者と疑われるのだけは避けたかったのだ。
何だったのだろう。マネキンと目が合っていたのはほんの一瞬だったが、ものすごく長い時間に感じた。
その後、旅客機は成田空港に無事に到着した。衝撃的なものを目にしたせいか、一睡もできなかったせいか、空港を歩く足取りはとても重かった。
その一件があって以来、デパートなどでマネキンの前を通る時は、目を背けるようなった。もう怖くて彼らの顔は見れない。
シベリア上空で会ったあのマネキンが、そこに立っているような気がするのだ。
(了)
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