マガジンのカバー画像

短編小説

122
TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
運営しているクリエイター

2019年5月の記事一覧

『コンテスト』(超短編小説)

これまでの人生、特に日の目を見たことはない。自分は取り柄のないどこにでもいる人間だと思って生きてきた。 そんな私が今、とある写真コンテストでグランプリを受賞してカメラフラッシュを浴びている。いろいろな人が入れ替わり立ち替わり私を褒めまくっている。すでに、一生分の「おめでとう」をもらっただろう。 日本で最も規模の大きなコンテストの一つらしい。歴代のグランプリ受賞者には錚々たる顔ぶれが並んでいて、誰もがその名を知っている大御所カメラマンがいれば、女優と浮き名

『パパのママレード』(超短編小説)

今でもはっきり覚えている。 病気で母が入院していたあの日、父がつくってくれたおやつのこと。私がまだ8歳で、父が30代後半だった頃の話だ。 母が入院している間は、父が家のことを全部やっていた。食事の用意も、洗濯も、掃除も、私の世話も。父は、小学校の下校時間あたりに、会社を早退して急いで家に帰ってくる毎日を送っていた。今思えばかなり大変だったに違いない。 母が入院してから3日ほど経った日の夜。皿洗いをしている父の前で、私は急に泣き出した。母がいないこ

『エロカフェ』(超短編小説)

閉店はいつだって何の前触れもなく起こる。 会社とアパートのあいだにある、私の第三の居場所「デテールカフェ◎◎駅前店」がなくなっていた。 開店もいつだって何の前触れもなく起こる。 そのテナントには、さっそく新しいカフェがオープンしていた。 「エロカフェ」 一瞬、自分の目を疑った。間違いなく看板にはそう書いてある。電柱の影からしばらく様子をうかがう。店は入口の階段を下りた地下1階にあるため、店内の様子はうかがい知れない。 この街に新しい

『無気力なトースト』(超短編小説)

朝目覚めると、たいへんがっかりした。 もう朝が来たのかと。早すぎやしないだろうか。昨夜からだいたい7時間くらいは寝ていたのに、感覚的には1時間くらいしか経っていない。 またいつもの今日が始まる。つまり仕事が始まるということだ。「今日」と「仕事」がイコールだなんて、なんて残念な人生だろう。 朝に部屋のカーテンを開ける行為は、さわやかな今日が始まる記号としてドラマや映画でよく用いられるけれど、カーテンを開けてもまぶしいだけである。 顔をさっと

『時の万華鏡店』(短編小説)

——— 失恋の記憶はね、一人の女性として持っておきなさい。 初夏の陽射しが、寂れた街の輪郭をくっきり映し出していた。水のない噴水。錆び付いた商店街入口の看板。色褪せたコイン式遊具。そこには、かつて新興住宅地として多くの人たちで賑わっていた面影が残像のように散らばっていた。 東京郊外にある「海ヶ丘ニュータウン」。私が18まで過ごした街だ。今、20年の時を経てその地に立っている。自分が育った街にもう一度行きたい、そう思い立ってはるばる北海道から一人でやってきたのだ

『脱落』(短編小説)

家に帰ると、妻の千夏が鼻歌を歌いながら、手際よくコロッケを揚げていた。妻が不自然に機嫌がいい時は決まって何かイヤなことがあった時である。 「ただいま」 「あら秀ちゃん、おかえりなさい」 「いいにおいするな」 「もうすぐ肉じゃがコロッケできあがるよ」 「了解。風呂入ってくるね」 「わかった」 風呂から出ると、タイミングよくお腹がなった。リビングの食卓はすでに妻の手料理で彩られていた。 「おいしそう。今日は豪勢だな」 「なんだか今日はちょっとはりきっちゃったの」

『叔父曰く 純情編』(超短編小説)

「要するに、お前は恋をしたんだよ」 「いやいや・・・」 「だって気になってるんだろう」 「そういう意味ではないので・・・」 「断言してやる。お前は恋をした」 「なんでそんなふうに言い切れるんですか?」 「んなもん、お前の顔みたらわかるよ」 「そんな顔してませんよ」 「それじゃあ、逆に質問するけどな、お前なんで今日ここに来た」 「ちょっとした相談で」 「恋の相談だろ」 「違う違う、自分は相手の態度の意味が知りたかっただけで・・・」 「俺のところに相談に来るという行動を起こしてい

『30年の旅人』(短編小説)

その旅人に会ったのは、インド洋を見下ろす安宿だった。 年齢不詳で、無口で、無愛想で、視線が鋭くて、坊主頭で、身にまとっている服も独特で、最初は話そうとも近づこうとも思わなかった。個人的な実感でいえば一人旅をしている人間には変わり者が多いのだけど、その旅人は変わり者の中にあっても異質だった。「バックパッカー」ではなく「旅人」という言葉の方が似合うと思った。 「あの人は日本人だよ。話してみると結構おもしろいんだよ」 同じ安宿に数週間滞在しているという、もう一人

『ロシコスの石碑』(超短編小説)

「ロシコス-ギ-アベヒ」 空に向かって突き出た石碑には、そう刻まれていた。 まるで夢を見ているかのようであった。ついに、幻の聖地にたどりついたのだ。気の遠くなるような長い旅を経て、私の体は痩せ細り、服はすりきれ、肌は日焼けでボロボロになっていた。 聖地ロシコス。この世界の誰もが死ぬまでに一度は訪れたいと願う土地だ。雪と氷河に覆われた3万メートル級の険しい山々を越えた先にある。 過去、多くの巡礼者たちが聖地ロシコスを目ざした。その道すがら、行き倒

『前触れ』(超短編小説)

「ゆうじ、あんたに手紙きてるわよ」 「ありがと。誰からだろ」 封筒に書かれていたのは宛先だけで、差出人の名前はどこにも書かれていなかった。書き忘れたのかな?なんて思いつつ封を切る。 中には丁寧に折りたたまれた便せんが一枚入っていた。開いてみたら何も書かれていなかった。ただ、人間の指紋と思われる跡が紙の隅っこにあった。ちょっと気味が悪かった。 まさかその手紙が、これから自分の身に起こる、常識では考えられないような、世の中の理屈では到底説明できないような奇

『ひるじまの本屋』(短編小説)

そこは、大海原のどこかにあるちっぽけな孤島。 その島に正式な名前はなく、いつの頃からか島の人たちは「ひるじま」と呼んでいる。英語の「hill」が語源になっているらしく、島の真ん中に大きな丘があるのだ。それ以外の特徴は特に何もない。丘のてっぺんには小さな本屋が1軒だけポツンとあって、むかしは島の人たちの集会所のような場所になっていたのだけど、丘をのぼるのがちょっと大変で、最近は本屋に訪れる人はめっきり減ってしまった。 ピンポーン。ピンポーン。 海風

『羊のロケット』(超短編小説)

夜は深まるのに、心は晴れる。 闇は濃くなるのに、目は冴える。 宇宙柄のパジャマを着て、力を抜いて仰向けになって、両手をパーにして、両足を八の字にして、両目をゆっくりつむれば、浮遊感が出てきて、布団ロケットの発射準備は万端だ。なのに、いつまでたってもロケットは飛ばない。早く飛び立たないと朝が迎えにやってくる。昨晩のデートを思い出すたびに幸せな気持ちになるから頭の中が少しショートしているのかもしれない。 まずは両手のパーが熱を帯びすぎているのかと考え、

『2125年』(超短編小説)

「ったく最近のジジイは・・・」 座席をもっと詰めたらあと一人座れるのは間違いないのに、大股広げて踏んぞりがえってスポーツ新聞を広げ不機嫌な顔で座る50代後半くらいの背広男に言ってやった、心の中で。皮肉にも新聞の見出しは「若者の日本離れ」であった。 それに比べて、その隣に座る髪がピンク色の若者は体を極力小さく折りたたみ大人しく夏目漱石を読んでいる。股も閉じて最小限のスペースで誰にも迷惑をかけないように気を遣っているのがみて取れる。 「最近の若者は・・」

『狐と狸』(超短編小説)

昼間の旅番組でキレイな女優さんが浴衣で温泉街をそぞろ歩きしていたのを見て以来ずっと憧れていた草津温泉にいる。高校時代からの大親友である美佳との二人旅だ。 旅館に着いてからすぐに温泉に浸かって旅を疲れを癒した。湯浴みを楽しんだ後、夕食までそれなりに時間があったので、「そぞりましょ」とか何とか言って温泉街へと繰り出した。あの女優さんと同じように涼やかに浴衣をまとって。 通りを行き交う人たちは、みんな顔が火照っていて背中のあたりから湯気が出ていそうだった。表情