【後編】「分断を越えて、対話を生むメディアをどうつくる?」イベントレポ

【後編】「分断を越えて、対話を生むメディアをどうつくる?」イベントレポ

UNLEASHさんのイベント「分断を越えて、対話を生むメディアをどうつくる?」に参加しました。イベントレポ前編はこちら。

後編では、inquireの代表取締役を務めるモリ ジュンヤさんと向さんとのディスカッションの様子を、私の感想を交えながらまとめていきます。イベント自体は2時間だったのですが、あまりにも濃い内容で帰りはぼーっとしながら駅までの道を歩きました。やっといま消化できてきた感じがします。

【おさらい】分断を防ぐ4つのカギ

前編でもまとめましたが、向さんが考える「分断」を防ぐカギは次の4つ。

・奥行きのあるストーリーテリングが大事
・読者をプロセスに巻き込む
・オンラインとオフラインの場の掛け合わせ
・ニュースを発信する人の多様化を進める

それぞれの観点から少しずれるトピックもありますが、以下

なぜニュースの語り手が多様化しないのか

「ニュースを発信する人の多様化を進める」ことが理想的であっても、実際ニュースを作るのは大学を卒業してずっとマスコミ一筋で働く記者・編集者が多く、なかなか発信が増えていかない現状もある。このことについて、モリさんから重要な指摘が。

「発信すること」が民主化された時代は、これまでなかった
そのため、発信するためのリテラシーについてあまり語られてこなかったのです。

テクノロジーによって突然発信が可能になったとしても、なにをどう伝えていいのかわからない、という問題。確かに、情報リテラシーというと、真っ先に情報の受け手としてどうあるべきかという方向に話が行きがちです。

発信者を多様にしていくためには、伝えることを仕事にしている人以外の人も、「これはみんなに伝えたほうがよい」と気づけるようになることに加えて、情報の整え方(モリさんは感情のバランスをとることや、ファクトに基づくことなどを挙げていました)を身に着けることが重要です。

学校教育でも、綴り方運動とか、自己内省のためのアウトプットが行われていた時期はあっても、人に発信するためのスキルを磨くという発想はあまりなかったのではないでしょうか。

私も記者として仕事を始めたとき、自分で情報を収集し、それを編集してみて、情報がどのように作られているのか初めて理解できました。自分と先生だけに見せるレポートや作文ではなく、もっと外に向かって表現する技術を磨く場面があってもいいような気がします。

サブスク問題

 様々な業種でサブスクがブームですが、メディアも例外ではありません。ただ、モリさんによると、サブスクは基本的には「着実に積み上げていくタイプ」のモデルなので、投資に使える費用を最初に集めることができない。最初から大きな資本を持っているならば、ターゲットを広くして大きなテーマでメディアを運営できますが、小さな資本で一気に広げていくのは難しいのです。

ちなみにモリさんたちが作っているメディア「soar」は、多様性に元から関心のある層をターゲットに設定し、ステップを踏みながら無関心層に広げていくという戦略で進めているそうです。

別の視点では、向さんが「月額の課金制にすることによって、良質な報道から締め出される人はいないだろうか」という指摘をしていて、もっともなことだと思いました。街角から1回ずつ買える新聞や雑誌が消えたり、テレビが契約している人しか観られなくなったら、それは大変なこと。そうした公共性の高いメディアが、どうやってビジネスモデルを組み立て直していくのか、もうとっくに考え直さないといけない時期にきています。

「コミュニティありきのメディアにモヤモヤする」と質問したところ…


私がずっと疑問に思っていたことも質問させていただきました(こちらのnoteにまとめています)。それは、

最近、コミュニティに対して情報を届けるメディアが成功しているのをよく見ます。ただ、メディアって違う価値観の人、日常で出会えないものに触れるための役割もあって、閉鎖性をもつ「コミュニティ」とは矛盾するのでは? 

という問いでした。これに対してモリさんは

「メディア」という言葉が、どういうものを指しているのかをまず考えることが必要。いま、メディアを分類しようと思ったときに、テレビ、新聞、雑誌、ラジオ、ネットのように分けているが、本来はネットだけ違うはずです。ネットの中でも、テレビ的なものを作りたいのか、雑誌・ラジオ的なものを作りたいのかということによって大きく変わってくるからです。

なるほど。あまりに性質の違うものをすべて「メディア」とひとくくりにしているから、私は混乱していたのです。

閉鎖的であることを是とするのか非とするのかは、メディアによって異なります。たとえば、テレビ的なネットメディアを作りたいなら、ターゲットは広くとらないといけないし、ラジオ・雑誌的なものであれば、コミュニティに向けて発信するという立て付けになるはずです。

ただ、ネットメディアをスケールさせる/ビジネスとして収益化することを考えると、まずターゲットをきちんと決めてそこに向けて発信し、土台ができてから広げていくというやり方がうまくいきやすいというのは事実だそうです。

「メディア×コミュニティ」問題については、参加者の方からもこんなご意見をいただきました。

「虐げられている、困難を抱えている人たちが回復するためのメディア」というのは存在すると思う。そうしたメディアが乱発したときに、その光景を分断と呼ぶのか、多様性のある景色だとみるのかは、捉え方次第
それとは別のところで、オーバーオールしたコミュニケーションをどうとっていくかというのは考えるべきだと思います。

一連のお話によって、自分の興味の輪郭が見え始めました。私はメディアがもつ「オーバーオールしたコミュニケーション」の機能にとても関心があって、そこに関わりたいと感じてきたのだなと気づきました。それは自分が、これまで関わったことのない人とつながることが好きで、そうした人と共通の話題があったら嬉しいな(まったくバックグラウンドの違う人でも、テレビを観ると、互いに「ある程度面白い」と感じて会話が促進される)という思いをもっているからだと思います。
ただ、それはメディアがもつ機能のあくまでひとつだということは、覚えておこうと思います。

また、モリさんからは

これまで「分断」はないように見えていただけで、実は元からあった。それが可視化したのが現在。

というお話も聞きました。分断が進んでいるのではなく、見えるようになった、ということです。

確かに、統合されていたように見えて、実は見えないところで苦しんでいた、虐げられていた人がいて、そこに思いを寄せる必要があります。一方、いま勉強している政治社会学では、大衆の意見が政党によってある程度集約・表出されている時代が存在していたとも言われています。私は、これまである程度機能していたはずのコミュニケーションの手段(大衆の意見が政治・政策に反映されるまでの過程)がうまく作用しなくなったということに、強い関心をもっているのですが、まだこの辺はもやっとしています。

コンテンツ制作でも進むマーケティング化


コンテンツを載せる場所が紙からWebに移行したことで、様々なデータが残るようになりました。これによって起こった変化を、モリさんは以下のようにお話しました。

データが存在するものしか、価値をジャッジすることができなくなってしまいます。受け手のリアクションが数字にはっきりと出てくるから、「受ける/受けない」でコンテンツが作られるようになってしまう。するとどうしても、わかりやすいものや人間の動物的な部分に訴えかけるものを作ればよい、というところに行きついてしまいますよね。

私は政治のマーケティング化というところに興味をもって調べているのですが、コンテンツ制作の世界でも、マーケティング的な考えに寄り過ぎてしまうという問題は起こっているようです。これに関して、モリさんはビジネスを生み出す側に高い倫理観が求められていることを指摘します。

「こうしたらエンゲージメントができる」という手法は、どんどん洗練されていく。そうなったときに、そうした手法・サイエンスをどう使うかが大事。北米圏では啓発が進みつつありますが、日本ではまだ、そういう話が本格的に展開されていないように思います。

キャリアに関するモリさんの指摘

キャリアに関しても、とても助けになる視点をいただきました。

アメリカでは新聞記者がコンテンツマーケティングの制作者に移行する流れがあるという話をしたところ、モリさんからこんな発言が。

日本では元新聞記者はいても、元〇〇で新聞記者になる人は少ない。学校先生も同じ。日本では、キャリアについて考えるとき、「抽象度をあげた時になにができるか」という視点が弱い

確かに、わかりやすい職種・肩書きありきになってしまい、キャリアをどのように横展開するという考え方が足りないかもと思いました。しかも、横展開に挑んだところで、キャリアの一貫性がないと見られかねない状況もある。

以前、イラン人について書かれた本を読んだときに「イラン人は究極のパラレルキャリアで多少スキルが未熟でもビジネスに参入していく」という話がありましたが、日本人は完璧主義過ぎるからこうなるのかな……。

モリさんは、抽象度を上げた考え方ができる人が増えると「キャリアに過度に振り回されることがなくなるかも」とお話されていました。

まとめ

後編は脈絡なく書き綴ってしまいましたが、イベントから時間が経っても心に残っている断片みたいなものがたくさんあります。イベントの最後に向さんが

メディアのことを本気で考えようと思ったら、「ラスコーの洞窟」からやらないといけない

ということをさらっとお話していましたが、まさにその通りで、根本的に向き合わなければならない問題や、人間について知らなければならないことがとても多くあることに気づきました。

きっと自分がこれからメディアの仕事をしていく上で、役に立ってくれると思います。参加できて本当によかった! そして、モリさんや向さんの考えていることが、多くの人に(特にメディアに携わっている人に)届くといいなと思いました。

この記事が参加している募集

イベントレポ

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
やったー!もっと頑張ります!
MarkeZine編集部。東北大学卒業後、テレビ報道記者を経てWebの世界に。マーケティングやPR、情報生態系、メディア運営、政治、政策に興味があります。放送大学大学院で修論執筆中。365日焼き肉食べたい。好きな場所は南半球。発言は個人の見解です。