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受験や就活、恋愛。「自分は選ばれなかった」という絶望の先にあるもの

『築地本願寺新報』で連載中のエッセイストの酒井順子さんの「あっち、こっち、どっち?」。毎号、酒井さんが二つの異なる言葉を取り上げて紹介していきます。今回のテーマは「受かる」と「落ちる」です(本記事は2023年2月に築地本願寺新報に掲載されたものを再掲載しています)。 

 今年は姪が受験ということで、年末年始に彼女の顔を見る機会がありませんでした。クリスマスプレゼントもお年玉も親に託し、「ありがとう」と姪からLINEが来るのみ。

 LINEの文面からは、姪が努力していることが伝わってきます。受験の記憶も遠のいて、気の利いた励ましの言葉をかけてやることができない私ですが、とにかく健康で頑張ってほしい、と日々願っているのでした。
 
 私が最後に受験的な経験をしたのは、就職活動の時ということになりましょうか。比較的内定が取りやすいバブルの時代ではあったというのに、運動ばかりしていたせいで大学の成績が極端に悪く、面接のコツも心得ていなかった私は、入社試験に落ちまくりました。何とか内定を得た時は、心底ほっとしたものでしたっけ。
 
 学校や会社等に入るための試験を受けて不合格となると、自分の存在価値を否定されたような気持ちになるものです。「我が校(とか、我が社)は、あなたを必要としていません」と言われたかのようで、それが続くと、「自分なんて……」と、絶望感に襲われる。
 
 それは、その昔に経験した合コンで全くモテなかった時の気持ちとも似ています。合コンにおいて、仲間内に可愛い女子がいると、男子達の視線や興味は彼女に集中。こちらには、誰も話しかけてさえくれません。それは、まるで自分が透明人間になったかのような感覚なのであり、やはり「あなたは必要とされていません」との通告を突きつけられた気持ちになったものでした。
 
 しかし受験に落ちたり、合コンで全くモテなかったりする経験も、人生においては必要なのだろうと、今になると思います。受けた試験にはすべて受かり、モテモテの人生を送るのも楽しいことでしょう。しかし、「必要とされること」が当たり前になってしまうと、そのありがたみを、なかなか理解することができないのではないか。
 
 対して、受験に落ちたり合コンでモテなかったりすることによって、
「あなたは必要とされていません」
 という事実を突きつけられる経験を持っていると、必要とされるようになるべく努力もしましょうし、その後、
「あなたのことが必要です」
 という状況になった時、心からその期待に応えたいと思うようになるでしょう。
 
 姪は今、人生で初めて誰かから「選ばれる」という試練に直面しています。受験勉強というのはすなわち、選ばれるために自分を磨くという行為なのだと思う。
 
 そして人生はその後も、誰かから選ばれたり選ばれなかったりすることの連続です。実はたいていの場合は、自分が気づくか気づかないかは別にして、選ばれていないことの方が多かったりするのかもしれない。
 
 そうしてみると、受験に受かったり、互いに選び選ばれて誰かとの恋愛や結婚が成就するというのは、奇跡のようなもの。「ありがたい」という言葉の語源は「有る」ことが「難い」、すなわち滅多にあるようなことではない、というものですが、まさにそれは「ありがたい」ことなのです。
 
 とはいえ姪の受験に目を移せば、まずは「どこでもいいから受かってほしい」となるのは、叔母心というものか。全ての受験生が、自身にとってもっとも良い場に着地できるよう、心から願ってやみません。
 
 
酒井 順子(さかい・じゅんこ)

エッセイスト。1966 年東京生まれ。大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。2003 年に刊行した『負け犬の遠吠え』がべストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。近著に『女人京都』(小学館)など。

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