月めくり|掌編小説(#シロクマ文芸部)
「月めくりっていう風習があってな……」
突然、ぼそっと喋り出したばあちゃんに、僕はお団子にかじりつきながら「あぁ?」と間抜けな声を出した。
今日はみんなでお月見をしたり、写真を撮ったりしているのに、ばあちゃんはずっと部屋の奥に引っ込んでいた。僕が何度も「一緒にお月見しようよー!」と声をかけても、黙って首を横に振るだけで、もうそろそろ寝ようと思っていた時に、ようやくのそのそと出て来た。
「満月ってのは、どうにも苦手でな」
「なんで? 綺麗じゃん」
「昔は月の光に当てられた人が体を壊したり、精神を病んだりしたもんさ。だから満月の夜は、窓に黒い布を張って光を遮ったんだ。死んだじいさんも、満月の夜は決まって悪夢を見るってんで、よくうなされてなぁ……」
何だか急に体中がむずむずしてきて、僕は手で体のいろいろなところをさすった。テレビでもインターネットでも、でかでかと満月を映し、みんな満月の光をがんがんに浴びている。もちろん、僕も……。
「悪夢って……どんな?」
「災害とか、事件とか、事故とか……周りの人や親しい人が亡くなる夢なんかも見るって言ってたわ」
「偶然なんじゃないの?」
「偶然……だったらよかったんだがなぁ」
僕は唾を飲み込んだ。そう。偶然に決まってる。
「月めくりの時に見た悪夢ってのは、ほとんどが現実になったんだわ」
意味が分からない。でも、少しずつ背筋がぞくぞくするのを感じた。
「覚えてるかい? 2年前の川の事故」
「覚えてるよ。友達、たくさん死んだから……」
2年前の夏休み、友達と一緒に近くの川にザリガニを釣りに行く約束をしていた。しかし、当日の朝になってじいちゃんは僕の自転車を隠し、鬼のような形相で「行っちゃならねぇ!」と言った。あまりの恐怖で仕方なく諦めたが、やっぱり諦めきれず、隙を見て家から抜け出そうとした瞬間、じいちゃんは僕の首根っこを掴み、物置に放り込んだ。
扉には鍵がかけられ、僕は泣きながら「出して!」とひたすら叫んだが、ばあちゃんは扉の外から「今日だけはダメだ! 辛抱しろ!」と言いながら扉を押さえていた。夕方になってようやく外に出してもらい、「じいちゃんもばあちゃんも死んじゃえ!」と言い、お父さんとお母さんにひどく叱られても、じいちゃんとばあちゃんは何も言わなかった。
そのすぐあとだった。ザリガニを釣りに行っていた友達が4人、水難事故で亡くなったと聞いたのは。
――まさか。
「じいちゃんは僕が死ぬことを分かっていたから……あの時行かせなかったの?」
「……そうだ」
「分かってたんなら、友達も助けてくれればよかったのに!」
「それはやっちゃいけねぇことだ!」
ぴしゃりと言われ、僕は思わず黙った。
「死んだ奴がいたとして、それはそいつの寿命だ。他人がどうにかすることじゃねぇんだよ」
ばあちゃんはゆっくり立ち上がると、小さな声で「じいさんを責めないでやってくれ……」と呟き、背中を丸めて廊下を歩いて行った。
僕はカーテンの隙間から、そっと満月を見た。
――こんなに優しい光なのに……。
今、この世界のどこかに、じいちゃんと同じように悪夢にうなされている人がいるのだろうか。
そう思うと、胸がちくちくするような気がした。
(了)
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