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イルカになる日|掌編小説(#カバー小説)

椎名ピザさん主催の、参加者同士で作品をカバーし合う「カバー小説」という企画で、かずみんさんの「イルカになりたい」をカバーさせて頂きました。

かずみんさんの「イルカになりたい」はこちらです。


「イルカになる日」

 不思議なことに、その生き物がイルカだと、すぐに分かった。

 ――へぇ、イルカって実在するんだ。

 子供ながらに、ずいぶんと冷静だったと思う。
 海面からひょいっと顔を出して私を見ていたイルカは、キーだかキューだか、言葉で言い表せないような音を発して、海の中へと消えた。

 翌日、クラスのみんなに「イルカを見た」と言うと、みんなは私から目をそらし、私に聞こえないような小声でひそひそと何かを話し始めた。
 担任の先生に「イルカを見た」と言うと、先生は「うーん……」と眉間にしわを寄せて、「あのね、イルカはもういないの。ずいぶん前に絶滅したって、社会の授業で習ったでしょ?」と言った。

 ――どうして信じてくれないの?

 絶滅してようが何だろうが、見たものは見たのだ。

 それ以来、私は暇を見つけては海へ出かけ、小さなデジタルカメラをずっと海へ向けていた。

 ――証拠があれば、信じてもらえる。

 そう意気込んではみたものの、イルカは姿を現さなかった。

 そして、私はクラスで事あるごとに「嘘つき女」とか「イルカ女」とバカにされるようになり、ついに母まで「口数が少ない方が利口に見えるわよ?」などと言い出した。

 ――上等じゃないか。

 私は「なるべく喋らないように生きていこう」と心に決めた。

 そうして「無口なお利口さん」を演じて、どれくらいの年月が過ぎただろう。

 拍子抜けするくらいあっさりと就職が決まり、消化するだけの大学生活をどう過ごそうかと考えながら、久々に海に来た。

 ――あ。

 目の前で、イルカがあの時と同じように海面からひょいっと顔を出してこちらを見ている。

「遅いよ。あんたのおかげで、小さい頃にひどい目に遭ったんだから」

 言っても仕方ないと思いながらも、つい口から恨み言が出る。

 キュー……。

 ……え?

 私はなぜか靴を脱いだ。

「そっちに……行っていいの?」

 キュー!

 うん……分かった。

 ためらいはあったが、迷いはなかった。

 一歩一歩……足からゆっくりと海の中へと入る。

 思ったより海水は冷たくなかった。

 首元まで海水に浸かった時、「ああ、私はイルカになるんだ」と確信した。

 ――いいんじゃない?

 一瞬の息苦しさと、例えようのない幸福感で、私は今までの世界に別れを告げた。

(了)


この企画、めちゃくちゃいい!!
今回は締め切り直前での参加になってしまったので、また企画してほしい!

カバー小説企画の詳細は、椎名ピザさんのこちらの記事をご覧ください。

企画者の椎名ピザさん、「イルカになりたい」の作者のかずみんさん、ありがとうございました。

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