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雨のキリトリ線|掌編小説

 雨は嫌いだ。
 雨が切り取り線みたいになって、僕を切り取ってしまうような気がするから。

「ガチャッ」とドアが開く鈍い音がした。彼女がのそのそと部屋から出て来る。足元が少しふらついているのは、低血糖のせいだろう。いや、図書館への返却期限が迫っている本を、夜中まで読んでいたせいかもしれない。言わんこっちゃない。一旦返して、また借りればいいのに。追い詰められて読んだ本なんて、面白いわけがない。

 時計を見ると、午前9時を少し回ったところ。朝に弱くて、日曜日は11時前に起きたためしがない彼女が、この時間に起きるのは珍しい。

 ――ああ、雨だから、か。

 彼女はあくび混じりに「おはよう……」と言いながら、テーブルに置いたコーヒーには目もくれず、「雨……」とだけ呟いて、窓に張り付いた。

 僕はパジャマ姿の彼女を見ながら、ブラックコーヒーに口を付けた。相変わらずマズい。普段、砂糖とミルクが入ったコーヒーを飲んでいる僕には、ブラックコーヒーはただの苦いお湯だ。彼女にブラックコーヒーを飲めと言われたわけじゃないけど、何となく見栄を張りたくて。それと、お酒の味も分からない。お酒とブラックコーヒー、この2つを飲む人の気が知れない。
 僕はブラックコーヒーもお酒も雨も嫌いなのに、僕が好きな彼女は、ブラックコーヒーが好きで、お酒が好きで、雨が好きで……。

「なんで雨が好きなの?」

 彼女の後ろ姿に問いかける。

「雨が好きって言うより、窓に付いた雨粒を見てるのが好きなの。小さな雨粒同士がぶつかって、1つになって、すーっとガラスを滑って下に落ちていくのがね、なんかこう……好きなの」

 僕は納得も理解もできないまま「なるほど」とだけ言った。

 なんで雨が降るんだろう。

 水がなくなってしまうから。
 草木が枯れてしまうから。
 作物が育たないから。

 雨が降らないと、いろいろ困るから、雨が降る。

 でも、僕は雨が嫌いだ。雨のせいで、彼女は僕の横から切り取られてしまった。
 彼女はようやく窓から離れ、やっぱりふらふらとした足取りでこちらに来た。テーブルの向かいに座って、少し冷めたブラックコーヒーを飲む。「おいしい」とも「マズい」とも言わない。

「ねぇ、それってブラックコーヒー?」

 彼女は僕のマグカップを指さした。

「え? ああ……」
「砂糖とミルク、入れればいいのに。ブラックコーヒー、嫌いなんでしょ?」

「見栄を張って飲んでいた」なんて言えず、急に恥ずかしくなった。

 僕は「あとで買いに行かないとね。砂糖とミルク」と言うと、彼女は「雨が止んだらね」と笑った。

 雨は僕を――僕らを切り取って行く。

 切り取られた僕らがどこへ行くのかは分からないけど、それでいいかなって思う。

(了)


朗読を意識して書きました。
先日の「54字の物語」の掌編小説版です。

なんとなんと、小説は「転がる石ころたち」以来、実に3か月ぶりです。

最近はすっかりショートショートを書くのが面白くなってしまって、何だか普通の小説の書き方を忘れてしまったような…。
5か月前まで、ショートショートなんて全く書いたことがなかったのに…。
(;^_^A


テーマ「私のコーヒー時間」で「CONGRATULATIONS」を頂きました!


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