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これでいつでも死ねるという安心感
※諸注意
今から書くことは私の単なる体験談です。
本来ならお医者様のいうこときちんと聞き、治療に専念したほうが良いです。間違っても参考にはしないでください。
もし精神疾患当事者で、自分の症状について調べたり、似たような症状を持った人間について調べていないと不安で仕方がないという方がいらっしゃったら、「こんな奴もいるのだな」という例のひとつになれば良いなと思いながら書いております。
再三申し上げますが褒められたことは何一つしていないので参考にはなさらない様お気をつけください。
2024年2月時点で、精神科の主治医から入院を提案されていました。
理由は(先生の口ぶりから察するに)当時の希死念慮が過去最高レベルに酷く「具体的に自死の計画を立てていること」が最も大きかったのだと思います。お医者様としてはいつ自殺してもおかしくない人間を野放しにしておくわけにはいかないでしょうから。
最近、いつものように精神科に行ったところ、「まだ油断はできないため減薬は難しいが、入院を強く提案するほどではなくなった(意訳)」と言って頂けるくらいには回復しました。
正直めちゃくちゃ安心しました。
絶対に入院したくなかったから(理由は後述)。
一応ある程度落ち着いたこのタイミングで、以下のトピックについて記録しておこうかと思います。
・精神科への入院を提案される⇒入院を拒否する
・具体的な自死の計画について
・今の症状について
要するに
入院を推奨されるレベルの精神疾患の悪化(入院は回避)
↓
その内容について:主に希死念慮
↓
入院は提案されなくなった今現在の状態について
こんな流れでふわっと書いていきます。
【目次】
①持病について
プロフィールにも記載していますが、私は現時点で鬱病・不安障害(主としてパニック障害)の診断を受けています。
数年前まで休職しており、その後元の職場にいづらくなったために転職し現在に至る社会人です。
病気ではない特徴としてはASD特性を指摘されておりますが、今回は精神疾患に関する記事ですのでこの点については話題に出しません。
②精神科への入院を提案される⇒入院を拒否する
前述の通り、2024年2月時点で私は数年通っている精神科の主治医から初めて入院を提案されました。
当時の私の精神状態について説明いたします。
・希死念慮
脈絡もなく「あ、今死にたい」「私は死ななければならない」と思う日々でした。
毎日毎日、とにかく今日が始まることが嫌で。明日が来ることが嫌で。将来の事を思うと不安だから将来の事なんて考えたくないのに、どうしてか考えざるを得なくて。
頭の中がぐちゃぐちゃで、自分が何を考えているのか言語化することすら難しかった。文章を書くことが好きだと公言しているくせに。
私は、精神科の主治医に対して、上記の感情を告白しました。
(病状が悪化した具体的な切っ掛けについて思い当たる事はありますが、それはどうしても自分の口からは言えなかった。言ってしまったら頭がおかしくなりそうだったから)
去年までの私の話をします。
私は2023年時点で、調子の良い日が続いていました。
薬が増えることもなかったし、その月の頓服を使い切らなかったために翌月の処方薬の数が減ることだってありました。
診察時、まだ実際には出来ないまでも、頓服以外も今後徐々に減らせるようになったら良いね、みたいな雰囲気も出ておりまして。
このままなら、来年には寛解したと言えるかもしれない。
そんな希望を抱いていました。
年明け直ぐに、その希望は全て粉微塵と化しました。
前述の通り言葉にしたくない思い当たる切っ掛けがあり、急激に症状が悪化しました。
ここで具体的な理由を書いたほうが良いのでしょうが、申し訳ありません、まだ書きたくありません。ご容赦ください。
私は過去にも自殺未遂を起こしたことがあります。首吊り。
と言っても、あまりにも衝動的過ぎていずれも縄の結び方が甘かったり縄をひっかけた場所の強度が弱かったりで完全な失敗に終わっており、実質自殺未遂未満なのですが。
今思えば計画性が無くて馬鹿だったな、そりゃ失敗するよな、と思いますという感想は余談。
繰り返しになりますが、その時は衝動的だったので当然のように失敗しました。
そして今年の大きな希死念慮に支配されていた時期、過去のこの経験を思い出し、「今度こそ失敗しないようにしっかり計画しよう」と思って具体的な行動に起こす前に計画を練ったり縄の結び方を執拗に練習したりなどしていました。
・この時の感情
この時の感情について。
私の中には以下の感情がごちゃごちゃと混ざっていました。
一辺倒では語れない感情でした。
・虚無(もう何がどうなっても興味がないしどうでもいいという感情)
・希望(どうせいつか死ぬんだから何しても良いかという感情)
・恐怖(このままだと本当に自殺を決行してしまうという確信に近い抗えない感情)
中でも3つ目の「恐怖」、これが強かった。
具体性はありませんし、論理的とはとても言い難い。理性的なんてもってのほか。
でも、何故か私の心の底には「このままだと私は絶対に自殺を決行する」という確信めいたものがありました。
それが怖くて怖くて仕方がなかった。
だって希死念慮というのは健康的な考えではないでしょう。
それに、今までの人生で、ここまで強く抗うことすら諦めたくなる希死念慮を覚えたことが無くて、自分で自分の気分をコントロールできない感覚があって本当に怖かった。自分の意思を無視して自分が行動しているような嫌な感覚があった。
これをどうにかして抑えたくて、自傷行為は沢山したし酒や薬(念のために記載しますが合法的なやつです)にも頼りました。
しかしあいつらは一瞬しか頼りないので持続的には何の解決にもなりません。
一夜限りの快楽ってか。
そんなことを主治医に話しましたところ、一カ月を目途にした入院を提案されました。
主治医は無理強いをしませんでした。あくまで提案。可能ならそうした方が良いだろうと冷静に説明して頂けました。
でも私はどうしても入院したくなかった。
精神科や入院に偏見があるということは全くはありません。
そんなん今更過ぎるにもほどがあるし。
単に「一定期間仕事から離れる」ことが怖かったんです。
私のストレスの原因は仕事には殆どありません。
全く無いとは言えませんが、プライベートでのストレスと比べれば大したことがありません。
職場の方は皆良い人ですし、体調不良と言えば心配してくれるし欠勤しても回復してからまた仕事してくれればOKというスタイルで接してくださっています。
仕事内容も私が苦手とする分野ではなく、一定以上の成績を収めることが出来ています。
少なくとも現時点では、ストレスの原因どころか居場所としては心地良いとすら言えるでしょう。
そんな場所を一定以上の期間離れたくはなかったんです。
そんなことをすれば私の病状は悪化する可能性があります。万が一部署等を変えられたりこなすべき業務を極端に減らされたら猶更です。
そういう思いを主治医に素直に伝えました。
そうしたところ、それなら入院はひとまずやめて、薬の調整をしましょう、ということになりました。
こうして私は入院をすることがなくなりました。
まあ、再び病状が悪化するようなら入院を提案されるのでしょうけれど。
③具体的な自死の計画について
私が立てた自死計画について書きます。
※再三言いますがご参考には決してなさらないでください。いかなる責任も負いかねます。私は自殺を推奨しておりません。あくまで精神疾患者の一人の参考資料程度にとどめておいてください。
・どんな死に方が良いか考える
インターネットや本で自殺の方法として多いもの調べたり成功率が高い方法を調べたりしました。
一昔前だと『完全自殺マニュアル』という本がありましたね。
どの程度実際の参考になるのか分かりませんが、実行時の参考になるかどうかなんてどうでもいいのです。
ていうか死んじゃ駄目なので参考にならない方が良いでしょう。
自分で実験も出来ませんしね、最悪死ぬし。
話を戻しましょう。
私は当初、可能であれば服薬自殺が良いと思ったのですが、昨今の薬は非常に優秀で市販薬はおろか処方箋でもかなりの数を飲まないと死ぬことが難しいそうです。何百錠通り越して何千錠必要という記載も見かけてぞっとしました。
そんなの、飲み干す前に吐きます。粉砕したって無理です。
飲み干したら飲み干したで、薬の効果とは別の要因で死にそうです。
そこで、最終的に私が選択したのは二種類。
首吊りか飛び降りです。
自殺なんてどんな方法をとっても周りに迷惑をかけるに決まっているのだから、極力迷惑が少ない方法、且つ致死率が高そうな方法を選択しました。
ここまで来たらあとは簡単です。
首吊りの場合は縄を購入してハングマンズノットを練習すればいいし、飛び降りの場合は侵入できそうな高い建物(可能であれば10階以上)を探せば良いのです。
これらの計画を立てている時、正直に言いますと私はとても楽しいと感じていました。
この計画が完成したら私はこの世から消えることが出来る!
数秒から数分我慢するだけで、全部終わらせることが出来るんだ!
私は逃げることが出来るんだ!!
そんな、甘えた考えと同時に、前述の通り心からの恐怖も感じていました。
このままだと本当に私はこの計画を実行してしまいそうだと。
誰か止めて。
無理やり縛り付けてでも、怒鳴ってでも、殴ってでもいいからこの大馬鹿者を止めてくれ。
そんな思いも同居していました。
・自分が死んでからのことを考える
自分が死んだ時に周囲がどんな迷惑をこうむるのか。
真っ先に思いついたのは、会員登録しているサブスクサービスやファンクラブの解約についてでした。
他にもっとあるだろうと思いますよね。私も今ならそう思います。そうじゃねえだろと思います。
でも、人間頭がおかしくなると常識も狂うんです。
そんなわけで、サブスクの登録アドレスやID、パスワードを纏めたり、クレジットカードを纏めたりしました。
遺書も作成しました。
家族に対して、クレジットカードの場所や通帳の場所等を教える文章を。
それから今までの感謝を述べる文章を。
私が死んだ原因は全面的に私にあるので誰も気に病まないでほしいという自己満足で自分勝手な最低最悪の文章を。
友人になってくれた知人達にも似たようなカスの言葉を。
こう書き出してみると、本当に自己満足で恥ずかしくなります。
遺書って、寿命間近の人物が書く遺産相続の話などの例外を除けば単なる超我が儘なんですね。自己満足。自慰行為と言っても過言ではありません。
自分が死ぬ前に気持ち良くなるためだけの創作活動。
私が最もやりたくない創作ですよ。
でも、やらざるを得なかったんです。
それが私の精神を落ち着かせてくれたのです。
だからこそ、入院はしなくても良いよと言われる程度には回復した現在があると言えるくらいです。
どこにも発表していないから許してほしい。
④今の症状について
現在、繰り返しになりますが「まだ油断はできないため減薬は難しいが、入院を強く提案するほどではなくなった」と主治医から言われる程度には回復しました。
この件について、
・まだ油断はできない
・入院を強く提案するほどではない
上記2点について考えながら以下書いていきます。
私の病状が悪化したのが1月下旬で、そのことを主治医に説明したのが2月上旬。
現時点でまだ半年も経過しておりません。
私は精神疾患と診断されてからもう何年も経過しておりますので、数カ月で症状が劇的に改善するわけがないことは重々承知です。
悪化してからの期間が短い。
これが「油断はできない」と言われた理由のひとつかと考えています。
それからもうひとつ。
単純に、まだ精神状態をコントロール出来ているとは言えない状況である更なる理由ではないかと考えています。
私は頓服薬を2種類(雑に説明すると強いものと弱いもの)飲んでおります。
これら、毎回残さず飲み切っています。
私が頓服薬に頼るシーンは主に、
・パニック発作が出た時
・自傷行為欲求を抑えられなくなった時
上記二点です。
この頻度が1月下旬~2月上旬から変わっていないからこそ、私は頓服薬を減らすことが出来ていません。
それから、単純な話ですがやはり今でも感情の起伏が激しくコントロールが難しい日が度々あります。
嬉しいことがあると反動でがくっと気分が落ちる。
気分が落ちると浮上するのに時間がかかる。
そんな日々が続いているので、とても自分で自分の感情をコントロール出来ているとは言えません。
恐らく、今の私はつつけば割れるような精神状態と判断されているのだろうなあと思います。
2月頃までは割れていた状態が、薬と時間経過を頼って徐々に形だけは保てるようになっただけで、強度は三匹の子豚の一匹目です。
これが煉瓦造りにまで成長したら、もう少し主治医にも安心してもらえるのだろうな。
⑤何故死ぬ方法を調べる?
端的に言うと「これでいつでも死ねるという安心感が欲しいから」です。
私はあと何年、どうやって生きれば良いのか。
それに大きな恐怖を感じます。
これまでの人生を生き延びてきただけでもこんなにどうしようもねえ感じなのに、まだ人生折り返してもいない。
この事実に絶望を感じることもありました。
ですが、死に方を調べることによって、「ああこれでいつもでも死ねるじゃん、それならもう少し生きてみても良いか。どうせいつでも死ねるんだし」と思うことが可能となります。
やって見て気が付きましたが、私にとって、死ぬ方法を考えることは生きる希望でもありました。
良い意味でとは口が裂けても言えませんが、少なくとも今の私の希望にはなりました。”絶望を諦める”切っ掛けとなった感覚があります。
何かに失敗したら死ねばいいや。
どうしようもなくなってから死ねばいいや。
だから、もう少しだけ生きてのびてみても良いか。
だって、どうせいつでも死ねるんだから。
そんな発想が自分の中に芽生えました。
当然ながら、常にこの想いを抱いて健康的に生きることは出来ません。
簡単に絶望を完璧に諦めることが可能なら私の精神疾患はとっくに寛解していることでしょう。
ですから、ここまで長々と書いておいて、実のところ私は身になるような話は出来ておりません。
でも、私の将来への希望の投資になるのであれば、悪くはなかったのだろうと思いたいところです。