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総合誌、同人誌等で過去に掲載されたものを放り込んでいきます。
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夜の貨物列車

夜の貨物列車

小さい頃から貨物列車が好きだった。ブルートレインを引っ張る姿も、長い貨車を延々と運んで通過していく様も、良いなあ、カッコイイなあ、と思いながら写真集をめくったり、駅に停まっている列車を眺めたりしていた。

どうして好きになったのかは思い出せない。そもそも何かを好きになるということは、きちんとした筋道を辿って起こる現象ではないはずだ。不意にやってきて、熱を帯び、場合によっては急激に冷めてしまう。実際

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図書館と鼻血

図書館と鼻血

水戸駅北口から茨城県立図書館へ向かう坂道は、中高の6年間を通して何度も往復した道である。

慣れた道だから、茨城に住んでいる頃は特に何も思うことも無かったのだが、離れてしまってから思い返してみると、あの坂はちょっと危険なくらいに急な勾配を持っている。坂を上り切ったところはビルで云うとおよそ4階あたりの高さに相当する。普通の歩道として整備するのなんか諦めて、潔く階段にでもしてしまえば良かったのに、と

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「または、最善説」30首(「穀物」第2号)と、いくつかの異稿

「または、最善説」30首(「穀物」第2号)と、いくつかの異稿

はじめに2015年11月発行の「穀物」第2号が完売したので、掲載作「または、最善説」30首を公開します。この連作は、作者としてはあまり出来の良いものではなかったと感じていて、歌集が出る際には改作するか、全く載せないかのどちらかだろうと思いつつ、余裕が無くてずっと放置していたものです。

そうは言いつつも、この連作を作る段階でかなり苦しんだ記憶は今も鮮明に残っていて、これ以降「連作を作る」という行為

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Dead Stock(12首)

もうすこし美しくなるはずだつた器が誰の心にもある

この街を消費してゐる僕たちはイオンに寄つてから大学に行く

新設の書架のひかりを浴びながらレーニン全集、とほい呼吸よ

あくまでもそれはいたみで、みづうみにゆらぐ水面のやうに呪つた

君の死後を見事に生きて最近のコンビニはおにぎりが小さい

掛け持ちのバイトのやうにやめられるはずも無かつた まだ生きてゐる

暗闇を知つてゐるから見えるんだ点滅をく

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青春を弔うために――清原日出夫と岸上大作

青春を弔うために――清原日出夫と岸上大作

 冨士田元彦によると、中井英夫は決して岸上大作を認めなかったらしい。「かたくななまでの拒否反応を示しつづけ」、岸上の自死を冨士田が知らせても「いとも冷然と『清原でなくてよかったね』などという答えが返ってきて、くさらされた」という(『冨士田元彦短歌論集』国文社、1979年)。

 そんな角川「短歌」歴代編集長の間で評価の一致した稀有な例の一人が、清原日出夫(1937~2004)である。清原の第一歌集

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葦毛の時(20首)

葦毛の時(20首)

口笛に木犀の香のしたがへばわれに渋皮色の讃美歌

企みをもつ悦びに沈みつつ渦のつめたく身に兆せるや

あたたかい地図を拡げて包まつて、たぶん海岸線が変はつた

目を閉ぢよ ふかき鼓動のうらがはにこんなに海が囚はれてゐる

まどろみは僅かに致死を匂はして夜ごと逞しくなる幹たち

やめてしまふことの容易き生活の、ごらん青海苔まみれの箸を

読みさしの詩集のやうに街があり橋をわたると改行される

回想に

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越えられない壁

越えられない壁

 早くに両親をうしない、12歳まで父方の祖母の元で暮らした私は、祖父・浜松小源太について色々聞かされながら育った。祖母はよく、お前は絵描きのおじいちゃんと顔立ちが似ていると言って可愛がってくれた。その一方で、叱る時にはお前を置いて出て行った母親にそっくりだと罵った。私の血にまつわる呪縛は、思えばここから始まったのだ。

 その後、家庭の事情という大義名分の下で、私は何度も自分の夢を諦めさせられてき

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定刻(「かばん」2017年5月号・ゲストルーム)

思ひ出の芽吹く季節に出て行かう時をり花をうしろへ投げて

かつて見たすべての春が窓といふ窓を両手で散らかしてゐる

駅までのおよその距離を考へて途中にコンビニを思ひ出す

間に合つた順に扉のむかうへと流されながら流れを作る

記憶からこぼれた声を埋めながら 消えるね、たんぽぽの綿毛たち

定刻を告げて鳴り止む音楽の耳に沈んでゆく切れつ端

いつてしまつたものの気配をひき寄せて夜のホームに迷ふはなび

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【対談再録】依頼原稿で「おそ松さん」短歌をやらかした歌人2人で喋ってみた(田口綾子&濱松哲朗)

【対談再録】依頼原稿で「おそ松さん」短歌をやらかした歌人2人で喋ってみた(田口綾子&濱松哲朗)

※この対談は、2016年5月発行のおそ松さん短歌アンソロジー「UtaMatsu」に掲載されたものの再録です。アンソロ第1弾は既に頒布終了していること、5月に第2弾発行を控えていることを鑑みて、この度、note上で公開することになりました。再録を了承して下さった田口綾子さん、本当にありがとうございました! 歌人同士のゆる~い松トーク(時々短歌の話)、みたいなノリのこの対談がわりと好評で、対談参加者約

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溜め息交じりの強かさ――遠藤由季『鳥語の文法』書評

 「かりん」所属の作者による、約7年ぶりの第二歌集。2010年から2016年にかけての375首を収める。

ガムテープの芯の真ん中にいるようだ荷物がまとまらない真夜中は
いつもなにかを抱えておりぬカステラの底のざらめはさりさりとする
わたくしを薄めゆくのは言葉なり蜘蛛のひかりを纏う本選る

 読み始めると、こうした歌が溜め息交じりに響いてくる。職場や家族、更には年齢といった、個人の生活に関わる歌も

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感情が突沸する時――染野太朗『人魚』書評

 「まひる野」所属の作者による、5年10ヶ月ぶりの第二歌集。記載はないが、412首を収める。

父の揚げた茗荷の天麩羅さくさくと旨しも父よ長生きするな
教壇に黒板消しを拾い上げおまえも死ねと言ってしまいぬ
あなたへとことばを棄てたまっ白な壁に囲まれ唾を飛ばして

 読み進めていくと、こうした強い言葉や感情を伴った歌と頻繁に出会う。引用した歌ではそれぞれ、肉親や、生徒や、「あなた」に対する〈私〉の感

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言葉を信頼して「読む」こと――北村薫『うた合わせ 北村薫の百人一首』書評

 「小説新潮」誌上で五〇回に渡って連載された、小説家・北村薫による短歌鑑賞エッセイを纏めたもので、巻末には藤原龍一郎・穂村弘との鼎談も収録されている。
 とは言え、この本は普通のいわゆる「秀歌鑑賞」の本ではない。毎回、テーマに沿って、著者が古今東西の歌集から対となる歌を引いてくるわけだが、何よりその組み合わせが特異で、毎回驚かされる。例えば、「祈り」の章で斉藤斎藤の「シースルーエレベーターを借り切

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詩型が持つ錨について――川野里子『七十年の孤独 戦後短歌からの問い』書評

 総合誌等に発表された文章を集めた評論集で、「出発について」「源について」「今について」「未来について」という、時代の流れに即して配された四章から成る。版元はここ数年話題の書肆侃侃房である。
 戦後七十年であった昨年(2015年)は、現代短歌のこれまでの流れを改めて問う機会が雑誌等でも多かった。川野はまず、冒頭の「七十年の孤独――第二芸術論の今」において、「現代短歌とは、第二幻術論以後の短歌のこと

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家宝は寝て松(「うたつかい」第29号)

寝不足と在庫をひきずり家を出る今日も元気だ推しが可愛い

「無敗間に合ひました!」とふ誤字つぶやけばタイムラインにニケのほほゑみ

壁際に神がゐるからおづおづと買ひに行くんだギクゴス本を

少しづつ新刊は売れ手元にて百円硬貨じやらじやらと鳴る

薄い本売り合ひながら六月のインテックスに雨を聞きをり