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モンマルトルに恋して
本格的にパリに興味を持ちはじめた小学生の頃、買ってもらった パリ のガイドブックを2冊 と フランス のガイドブックを1冊 を毎日のように眺めた。
モンマルトル サクレ・クール寺院
どのガイドブックにも必ず載っていて、サクレ・クール寺院は「五大ランドマーク」として紹介されているのに、片面1ページで紹介が終わってしまうことがほとんどで、「モンマルトルはサクレ・クール寺院があるところなんだ」と思っていた。
「下町」「治安が悪い」とも言われるエリアで、パリの中心にある他の観光スポットたちからも少し離れている。だからもし、2〜3日しかパリにいられなかったら訪れることを諦めていたかもしれない。あるいは、サクレ・クールだけを見て終わっていたかもしれない。
だけど、どうしてもガイドブックで見たモンマルトルからの絶景を忘れられなかった。
1ヶ月パリにいて、ここを訪れない理由なんてなかった。
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はじめて訪れたのは8月28日。
パリに着いた翌日の月曜日で、語学学校の初回授業があった日だった。初回授業という名のオリエンテーションは1時間くらいで終わって、ルームメイトのエミ(日本人)を誘ってサクレクールに出かけた。語学学校からサクレ・クールまで徒歩30分の距離を、ギュスターヴ・モロー美術館やジュテームの壁に立ち寄ったり、写真を撮ったりしながら、3時間くらいかけてゆっくりと歩いた。
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気を抜いているとツーッと通り過ぎてしまうようなところにさりげなくドガのアトリエがあった。よく見るとひっそりとヒストリー看板が立っていた。
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ギュスターヴ・モロー美術館から道なりに沿って坂道を上っていくと、メトロ2番線のBlanche駅があって、その前には「ここからがモンマルトルだよ」というかのように、かの有名なムーラン・ルージュが立っていた。
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ムーラン・ルージュを横目にクリシー通りを歩き、Pigalle駅あたりでもう一度坂道を登ると、ジュテームの壁があった。
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”愛しています” の、愛し「て」が抜けていたりして、微笑ましい。
ジュテームの壁に背を向けて、1つしか選択肢のない坂道を歩いていくと、モンマルトルの象徴たる急階段があった。
「あああ、モンマルトルの階段だ…!これが数々の名作に登場してきたやつか…!」と感動したけれど、階段はここだけではなくて無数にあった。この後も数々の階段が登場して、そのたびに「私が知っていたモンマルトルの階段はこっちかもしれない」と心躍らせることになる。
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壁という壁には、よくわからないけれど無視できない芸術的な落書きがたくさんあった。
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坂と階段を登りに登った先に、やっと見えてきた道路。その先の階段には見覚えがあった。「ああ…!」とテンションが上がって思わず小走りで向かった先には、サクレクールが立っていた。
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丘から眺めるパリの美しさに思わず幸福なため息を漏れた。
聖堂内は涼しくて、少し暗くて、厳かな雰囲気が流れていた。
中央の礼拝堂に沿って囲むように立つ壁の穴から、礼拝堂がチラリと見えるのも、その景色が一歩足を踏み出すたびに光の加減が変わって違う表情になるのも美しくて、写真に収めた。
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次に訪れたのは、9月16日だった。
なぜこんなに間が空いたのかは自分でもわからない。一度目の訪問である程度 満足したからかもしれないし、二度目以降は父や彼が来るときでいいかと思ったからかもしれないし、治安が悪いから一人歩きは良くないと判断したからかもしれない。
いずれにしても、それは偶然のことだった。
この日、オルセー帰りの父と18:00頃に合流した。夜ご飯には少し早いし、観光し足りないな、という気分で、その時間からでもまだ行けるスポットがエッフェル塔と凱旋門とサクレクール寺院くらいしかなくて、そのうち、エッフェル塔と凱旋門は翌日にいく予定で予約していたから。ただそれだけだった。
「今から行けるところは、サクレ・クールかな。」と私が言うと、ピンときてないなりに父が「モンマルトルの丘の、あのモンマルトルか?せっかくやから行こか。」と言った。
Solferino駅 からメトロ12番線に乗って、Abbesses駅 で降りた。
前回は歩いてきてしまったから知らなかったけれど、Abbesses駅の階段はおろしい。思わず「まだあるんか!?」と声に出して言ってしまうほど、急勾配の螺旋階段が続く。その階段の先が駅の出口だから、前にも後ろにも人がたくさんいて途中で止まるわけにもいかない。その代わりその階段の壁には絵が描かれていて、それが癒しとなって最後まで登り切ることができた。(撮りたかったけれど、写真はない。なんと言っても足を止めるわけにはいかないのでね。)
駅を出て目の前にあるジュテームの壁を見て、父は「おお…!」とハイテンションで「写真撮ってくれ!」と私に頼んだ。父のiPhoneには、ちゃんと「愛しています」と書かれているところを指差した父の写真が眠っている。
その後、坂道を歩いていてモンマルトルらしい白壁のカフェやお店を見つけるたびに、父は「めっちゃ綺麗やな」「ただの建物でもこんなん写真撮って待受にできそうやんか」とたくさん写真を撮った。
一度目の訪問時の同行者だったエミは、パリが持つ美しい建物や街並みに一切興味や感動を示さず、どこにでもいる犬にテンションを上げるような人だった。
私と同じところで足を止め、同じポイントで感動し、”有名なものでなくてもなぜか美しいもの”や、なんの変哲もないパリの街並み自体を「綺麗」と言ってはしゃぐ、父のリアクションが嬉しかった。
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通るたびに「画になるな」と思う。
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一度目と違う階段を通って辿り着いた夕方のサクレ・クールは格別だった。
いわゆるマジックアワーという、青空の青、夕焼けのピンク、夜空の青が絵の具のように混ざり合って、短時間で空の色が変わる時間帯で、聖堂に入る前はまだ明るかったのに、中に入って出てくると一気に夜になっていた。
父の、何度目かわからない「綺麗やなぁ」「めっちゃ写真撮ってまうわ」「ちょっと写真撮って」をたくさん聞いた。
今、父のLINEのアイコンはこの日、モンマルトルで私が撮った父の後ろ姿だ。
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サクレクールを出た後、夜ご飯を食べるカフェを探した。
階段を降りてすぐところでひとつ、良さげなカフェを見つけた。入ろうか迷って一旦通り過ぎて数軒見てみたけれど、引き返してそのカフェに入って、白ワインとアラカルト2品を注文して、父とシェアして食べた。
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夜ご飯を食べながら、父は私にいろんな話をした。
「ありがとうね。(私)おらんかったら、なんもわからんと終わってた。(私)のおかげで楽しかったわ。」
「もう東京でひとり暮らしでも大丈夫やな。パリでここまでひとりで立派にできたんやから。」
「あんたは好きなものはっきりしてるし、なんでも頑張れるから、大丈夫や。」
と、繰り返し、言った。
普段、「あんたいけるか?」「大丈夫か?」が口癖で、新幹線の切符をみどりの窓口まで買いに行こうとする娘(齢21)に「かわいい子には旅をさせよやな」と500m前まで着いてきて手を振るような父が「大丈夫」と断定した夜だった。
カフェを出て、サクレクールに沿って坂を下り、父とはメトロ2号線のAnvers駅で解散した。その間も、翌日の凱旋門も、帰国後も、父は何度も「モンマルトル、ええところやったなぁ」と言った。
きっと私はこれから先ずっと、モンマルトルに行くたび父のことを思い出すのだと思う。
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父と訪れた日から日本に帰国するまでの間で、さらに3回、モンマルトルに足を運んだ。
翌々日には、彼と夜のモンマルトルに行った。カフェで夜ご飯を食べて、サクレクールに行った。滞在時間は短かったけれど、先日共有された写真の枚数をみると彼もモンマルトルを気に入ってくれたのだと思う。
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彼と訪れた翌日には、語学学校の合間にロマン主義博物館へ行った。
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最後にモンマルトルを訪れたのは9月20日だった。
この日訪れたのも偶然で、たまたまその前までメトロ2番線ラインにあるモンソー公園に行っていた。その帰りに "まだ寮に帰りたくないな" と思って、同じく2番線にあるモンマルトルを訪れることにした。それだけだった。
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はじめて訪れたときと同じようにBlanche駅の前でムーラン・ルージュを眺め、はじめて訪れたときとは違うルートでサクレクールを目指そうと坂を登ると、映画『アメリ』で主人公が働いていたカフェとして有名な Cafe des 2 Moulins が左手に見えた。
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訪れるたびに、一歩足を踏み出すたびに、モンマルトルの虜になってしまう。そこにはただ、道とお店が立ち並んでいるだけなのに、どうしても心惹かれずにはいられない。
最後にモンマルトルを訪れたこの日、心の赴くままにシャッターを押した。
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この日の目的地の1つはテルトル広場で、Calvaire Street Stairsと名前のついた階段を登ると、それは突然に現れた。
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「テルトル広場には ”絵描き” がたくさんいて、似顔絵を描いてくれる」と話には聞いていた。疑っていたわけではない、けれどそれが現実として目の前に現れると「ほんとうだったんだ…!」と感動せずにはいられなかった。
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絵描きさんたちがいるエリアの中央には、お花が吊るされているテラス席のカフェがあって、その周りを囲むようにして絵が飾られていたり、絵描きさんが座っていたりする。
ほんとうに、どこを切り取っても画になる美しい街だ。
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好奇心の赴くままに奥の方まで辿り着くと、建物と建物の間から美しい街並みが見える階段を見つけた。この場所はあまり知られていない穴場スポットなんじゃないか、という感動が胸を満たした。
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ほんとうはこの道の先も気になるし、左にも曲がってみたかった。
その気持ちにケリをつけて、引き返してサクレクールを目指して歩き始めると、サクレクールが顔を覗かせる道や、正面からではないサクレクールなど、また一段と美しい景色に出会うことができた。
この辺り一帯はどこにいてもサクレクールの一部が顔を覗かせ、いろんな表情を見せてくれる。見ているものは同じだし、同じものを何度も見ているはずなのに一向に飽きない。どんな君も見てみたい、という気持ちにさせられる。
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サクレクールの上に飾られている像だって、今まではあまり気にしていなかったのに急に大事なもののように思えてきて、思わずフォーカスしてシャッターを切った。
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サクレ・クールに辿り着くと、歌声が聞こえてきた。
特別 "うまい" わけではない。というよりも、パリの街にはたくさんの歌手や演奏家がいて、毎日道の端で至る所から歌声や演奏が聞こえてくる。もっと "うまい" 人はたくさんいた。周囲の人だって彼の歌声が聴きたくて階段に座っているのか、ただ座る場所が欲しくてそこにいるのか、わからない。
だけど、サウンドと歌詞に合う切実な歌声に、耳を、心を、奪われてしまった。思わず、階段を降りる途中で足を止めて少しの間、聴き入った。夕暮れのモンマルトル、「パリと離れたくない」と叫ぶ私の心にあまりにもピッタリすぎたから。
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彼が歌っていたのは、Ed Sheeran の『Perfect』。
あの歌声を聴いた日から、モンマルトルの記憶はこの曲とともにある。そして、それは永遠となった。
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Epilogue
帰りのフライトで、パリが舞台になっていることで有名な映画『アメリ』を観た。
音声はフランス語、字幕は英語だったので、途中何度も眠くなって巻き戻して同じシーンを見た。それでもなお、帰国して解説を検索するまで意味がわかっていないシーンもあった。(特に最初の方)
それでもこの作品は私が大好きなパリ、その中でも特にモンマルトルが主な舞台だから、最後まで見ずにはいられなかった。出てくる場所が全部、知っている場所なのだ。パリから帰ってきた今、調べずともロケ地がどこなのか、どのあたりなのか、手を取るようにわかる。『アメリ』が公開されたのは私が生まれた2001年。それから22年経っても、パリの街はいい意味で何一つ変わっていない。
「パリでいちばんどこが良かった?」という質問には「モンマルトル」と答えている。きっと、父や彼と過ごした思い出と最終日に聴いたあの歌声のせいだ。
正直、普通の人からすればモンマルトルはサクレ・クールがあるだけの場所なのだと思うし、サクレ・クールだって1回行けば十分なのだろう。
だけど、この場所の真の魅力はサクレ・クールではない。サクレ・クールに辿り着くまでの街並みであり、道の1つ1つであり、カフェであり、お店であり、そこに集う人々の様子なのだ。
次パリに行くときは「モンマルトル」だけで1日使いたい。
それほどまでに奥深く、美しい場所。
もしも、どこでもドアがあったら、
私はきっと、カメラ片手に毎朝この場所を散歩するだろう。
そして何度だって、この場所に恋をするんだ、きっと。
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